理化学研究所(理研)放射光科学研究センター 法科学研究グループの渡邊 慎平 研究員、瀬戸 康雄 グループディレクターらの研究チームは、「大麻グミ」「大麻リキッド」などの危険ドラッグ製品に含まれる規制薬物とそれらの類似薬物が、ヒトの肝臓由来の酵素の働きによりどのような代謝物に変化するかを解明しました。
今回、研究チームは、ヒト肝ミクロソーム(ヒトの肝臓由来の酵素を含む顆粒体)を用いて、近年の危険ドラッグ製品に含まれる一連の包括規制薬物(わずかな化学構造のみが異なる同一の基本骨格を有する規制薬物)と類似薬物計18種類に対して、それぞれの主要な代謝物を特定するとともに、それらの化学構造の違いに応じた代謝パターンを明らかにしました。また、協力機関により得られた「大麻リキッド」製品使用者の尿サンプルデータとの比較から、ドラッグ自体は未検出であったところ、ヒト肝ミクロソームにより生成されたものと同一の代謝物3種類を検出することができました。
科学捜査や救命救急の場で行われる尿薬物検査において、規制薬物自体は検出できなくてもこれらの主要な代謝物を検出することで摂取を証明することが可能になると期待されます。
本研究は、科学雑誌『Clinical Chemistry』オンライン版(8月25日付:日本時間8月25日)に掲載されました。

危険ドラッグの代謝物分析の流れ
背景
麻薬や覚醒剤に代表される規制薬物の脱法的代替品として流通している危険ドラッグ製品は、ここ10年以上、社会の治安や国民の健康に大きなリスクをもたらしています。危険ドラッグ製品中には、法規制薬物の化学構造をわずかに改変させた類縁体[1]が含まれていることが多く、それら類縁体が指定薬物として法規制されると、また新たに構造を変えた薬物が含まれた危険ドラッグ製品が販売されるようになるといった"いたちごっこ"の状態が続いています。
10年ほど前は「脱法ハーブ」と呼ばれる製品がまん延しましたが、最近では「大麻グミ」や「大麻リキッド」といった製品に形を変えて広がっています。これらの製品には、大麻の主要成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)の類縁体が含有されていることが報告されています。THCやその類縁体は、摂取すると直ちに体内で代謝作用を受けるため、他の規制薬物と比較して、尿検査を行っても摂取薬物そのものを検出することは極めて困難です。そのため、それら薬物の摂取(使用)を証明するためには、代謝物の検出が有効となります。
医薬品と違い、規制薬物をヒトに投与することは倫理面でも安全面でも難しいため、本研究では、ヒト肝ミクロソームを用いた試験管内(in vitro)の実験系で生成された代謝物を網羅的に分析して主要な代謝物の解明に挑みました。また、ヒト肝ミクロソーム由来のデータの有効性を確認するために、協力機関により得られた「大麻リキッド」製品使用者の尿サンプルデータと比較しました。
研究手法と成果
本研究では規制薬物およびその類縁体として、ヘキサヒドロカンナビノール(HHC)とその類縁体(HHCV、HHCB、HHCH、HHCP、HHC-O、HHCP-O、HHCM、HHCPM)で、9(R)体と9(S)体を2種類ずつ、合わせて18種類を調査しました(図1)。

図1 本研究で調査した18種類のHHCおよびその類縁体の構造
これら18種類の薬物は構造の大部分が同一であり、右図のR1とR2の位置に左表の構造を入れたものがそれぞれの薬物の構造である。
ヒト肝ミクロソーム溶液に18種類の薬物をそれぞれ試験管内で混合し、37℃で1時間静置しました。ヒト肝ミクロソームには薬物代謝酵素が含まれているため、試験管内には対象薬物の代謝物が生成されます。この生成された代謝物を液体クロマトグラフィー高分解能質量分析法で分析しました。その結果、それぞれの薬物につき6~16種類の代謝物が検出されました。
これらの薬物のうち、HHCV、HHCB、HHC、HHCH、HHCPは、化学構造の基本骨格は同一ですが側鎖の炭素数が3~7(図1のR1の部位)と異なっています。これらの代謝物を比較することで、化学構造と代謝パターンにどのような相関があるかを調べました。生成量を測定して、多かった上位三つの代謝物を比較すると、9(R)体ではジヒドロキシ代謝物[2]またはヒドロキシ代謝物[3]が多く、9(S)体ではヒドロキシ代謝物が最も多く、代謝物全体の30~40%を占めるほど顕著でした(図2)。

図2 HHCV、HHCB、HHC、HHCH、HHCPの代謝物上位三つ
ヒドロキシ代謝物はオレンジ色で、他の代謝物は青色で示す。エラーバーは、最大・最小値を示す。
- 左上)9(R)体においては、ジヒドロキシ代謝物とヒドロキシ代謝物が多い傾向にあるが、明確なパターンは見られなかった。
- 左下)9(S)体においては、全ての薬物において最も多い代謝物がヒドロキシ代謝物であり、30%以上を占めた。
- 右)ヒドロキシ代謝物とジヒドロキシ代謝物の構造例。
また、ヒドロキシ代謝物とジヒドロキシ代謝物のそれぞれの合計の割合を比較したところ(図3)、9(R)体では、側鎖が長くなるにつれて、ヒドロキシ代謝物は増加し、ジヒドロキシ代謝物は減少(HHCBを除く)する傾向でした。9(S)体では、HHCV、HHCBおよびHHC間で同様の挙動を示し、また、HHCHおよびHHCP間においても同様の挙動を示しました。

図3 側鎖長と代謝の関係
HHCV、HHCB、HHC、HHCH、HHCP(図中の凡例に側鎖長(炭素数)を示す)において、それぞれ全てのヒドロキシ代謝物を足したものと、全てのジヒドロキシ代謝物を足したものの割合。エラーバーは、最大・最小値を示す。
- 上)9(R)体においては、側鎖が長くなるにつれて(図中では右に進むにつれ)ヒドロキシ代謝物の割合が増え、ジヒドロキシ代謝物はHHCBが例外的に多かったのを除いて全体的に減っていく傾向にあった。
- 下)9(S)体においては、HHCV、HHCB、HHC(左から三つ)とHHCH、HHCP(右から二つ)がそれぞれ似た挙動を示す結果となった。
アセチル基[4](図1のR2の部位)が付加されたHHC-OやHHCP-Oは、まずそれぞれがHHCとHHCPに代謝され、その後HHCやHHCPとほぼ同様の代謝物が生成されることが分かりました。
HHCMとHHCPMに関しては、他の薬物の代謝との類似性は見られず、特徴的な代謝のパターンも見受けられませんでした。
生体中での代謝との比較検討として、ラベルにHHCPと書かれた「大麻リキッド」製品の実際の使用者の尿サンプルの調査結果を確認したところ、HHCP自体は検出されなかった一方で、ヒト肝ミクロソームにより生成されたものと同一のHHCP代謝物(ヒドロキシ代謝物が2種類とジヒドロキシ代謝物が1種類)が検出されていることが分かりました。
今後の期待
本研究では、「大麻グミ」「大麻リキッド」などの危険ドラッグ製品中に含まれる規制薬物とそれらの類似薬物、計18種類の薬物の主要な代謝物を特定しました。このうち12種類の薬物については代謝に関する初めての研究報告であり、さらに、9(S)体の代謝物を解明したことも本研究が初となる成果です。特定された主要な代謝物を尿薬物検査の分析対象とすることで危険ドラッグの取り締まりに大きく貢献するものと期待されます。
また、これらの18種類の代謝のパターンを網羅的に比較したことにより、9(R)体や9(S)体、側鎖の長さなど、構造の違いによる代謝パターンの変化を明らかにすることができました。これらの成果は、今後類似の薬物が登場した際にも、どのような代謝物が生成されるかを予測する一助になると期待されます。
補足説明
- 1.類縁体
化学構造が類似した化合物。 - 2.ジヒドロキシ代謝物
元の化合物(今回の場合は薬物)に水酸基(-OH)が2個付いた代謝物。 - 3.ヒドロキシ代謝物
元の化合物(今回の場合は薬物)に水酸基(-OH)が1個付いた代謝物。 - 4.アセチル基
化学構造の(-CH3CO)のこと。
研究チーム
理化学研究所 放射光科学研究センター 法科学研究グループ
研究員 渡邊 慎平(ワタナベ・シンペイ)
嘱託職員 村津 晴司(ムラツ・セイジ)
グループディレクター 瀬戸 康雄(セト・ヤスオ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「超高感度NMRと放射光X線を用いた新規危険ドラッグの代謝物の構造決定(研究代表者:渡邊慎平、JP21K17329)」「放射光X線による結晶スポンジ法と超高感度NMRを用いた危険ドラッグ代謝物の構造決定(研究代表者:渡邊慎平、JP24K20263)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Shimpei Watanabe, Takaya Murakami, Seiji Muratsu, Takeshi Saito, Yasuo Seto, "In vitro metabolic profiling of eighteen semi-synthetic cannabinoids-hexahydrocannabinol (HHC) and its analogs- with identification in an authentic hexahydrocannabiphorol (HHCP) urine sample", Clinical Chemistry, 10.1093/clinchem/hvaf087
発表者
理化学研究所
放射光科学研究センター 法科学研究グループ
研究員 渡邊 慎平(ワタナベ・シンペイ)
グループディレクター 瀬戸 康雄(セト・ヤスオ)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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