理化学研究所(理研)開拓研究所 眞貝細胞記憶研究室の島津 忠広 専任研究員、眞貝 洋一 主任研究員らの研究チームは、ミトコンドリアに局在できる人工アセチル化酵素分子を設計し、細胞に導入することで、細胞の老化が促進することを発見しました。
本研究成果を基に今後は、細胞で自然に起こるミトコンドリアタンパク質のアセチル化も同様に細胞の老化や個体の寿命に関連するかについて、さらなる研究が期待されます。
ミトコンドリアタンパク質のリシン残基アセチル化[1]は、エネルギー代謝制御や酸化ストレス制御に関わることが以前から知られていましたが、それをつかさどる有力なアセチル化酵素分子は今日まで発見されていません。
今回、研究チームが設計した人工アセチル化酵素分子eMATを細胞に導入すると、ミトコンドリアタンパク質を自然な状態と比較して10倍以上に高アセチル化することができました。このような自然のアセチル化を超えるレベルの高アセチル化、すなわち超アセチル化状態の細胞は増殖が低下し、エネルギー代謝が抑制され、老化関連因子(SASP因子)[2]の発現が上昇するなど、細胞老化[3]に見られる多くの特徴を示しました。さらに、酵母からヒトまで保存された脱アセチル化酵素分子であるSIRT3[4]は、eMATの働きを打ち消し、代謝を回復し、老化から細胞を保護する機能を果たすことが分かりました。
本研究は、科学雑誌『iScience』オンライン版(7月29日付)に掲載されました。

人工アセチル化酵素分子eMATによる細胞老化の仕組み
背景
タンパク質の翻訳後修飾の一種であるリシン残基のアセチル化修飾は、ヒトでは11,000種類以上のタンパク質に生じ、遺伝子発現や細胞内シグナル伝達をはじめとする多様な生命現象を制御しています。このうち、ミトコンドリアタンパク質のアセチル化は、エネルギー代謝に関連する代謝酵素や酸化ストレス防御に働くタンパク質などに広く存在します。これらのアセチル化は通常、生理的な環境要因によって変動し、例えば高脂肪食、絶食、カロリー制限などの栄養状態に応じて変動することが知られています。
ミトコンドリア内アセチル化を負に制御する分子として、酵母からヒトまで高度に保存された脱アセチル化酵素(HDAC)[1]であるSIRT3があります。その一方で、ミトコンドリアに局在するアセチル基転移酵素(HAT)[1]は、その存在がよく分かっておらず、通常ミトコンドリアタンパク質のアセチル化は、ミトコンドリア内で産生され、高濃度に存在するアセチル基のドナーであるアセチルCoA(acetyl-CoA)[5]によって酵素の関与なしに引き起こされると考えられてきました。そのため、SIRT3の活性を下げることがミトコンドリアのアセチル化レベルを上昇させる主要な手段となっています。しかし、これは脱アセチル化酵素の活性を阻害するという消極的な方法であり、ミトコンドリアタンパク質全体のアセチル化を積極的に導入する方法ではありませんでした。
そこで本研究では、人工アセチル化酵素分子eMATを設計し、ミトコンドリア内のタンパク質のリシン残基アセチル化を任意のタイミングで人為的に誘導できるようにしました。このeMATを用いて、ミトコンドリアのアセチル化とエネルギー代謝、さらには細胞老化との関連について解析しました。
研究手法と成果
人工アセチル化酵素分子を設計するに当たり、はじめにミトコンドリア局在配列とアセチル化酵素活性ドメイン(領域)を融合した人工分子を10種類以上作製して、それぞれの人工分子の細胞内局在と酵素活性を検討しました。その結果、ミトコンドリア局在配列にヒストンアセチル化酵素p300[6]のアセチル化酵素ドメインを融合させたeMAT(図1A)が、ミトコンドリアに特異的な局在を示し(図1B)、Tet-Onシステム[7]で樹立したeMAT発現細胞では、ドキシサイクリン(dox)の量に依存してミトコンドリアタンパク質のアセチル化レベルを上昇させました。このとき強力にeMATを発現させた場合、細胞内のミトコンドリアのアセチル化は最大で10倍以上の超アセチル化状態に達しました(図1C上)。さらに質量分析によって、eMATの標的を探索したところ、eMATによるミトコンドリアタンパク質のアセチル化は、413種類のタンパク質中の1,119カ所のリシン残基(K)が標的となることが分かりました。eMATは標的とするKの周辺アミノ酸配列には特異性を示さず、ミトコンドリアタンパク質を広範にアセチル化しました(図1C下)。

図1 人工アセチル化酵素分子eMATによるミトコンドリアタンパク質のアセチル化
(A)eMATの模式図。機能部位以外にFLAGタグ配列を検出用として付加している。(B)培養細胞にeMATを発現させ、局在を蛍光顕微鏡で観察した。ミトコンドリアマーカータンパク質(ETFB)との共局在(重なると白色を呈する)を示したことから、eMATはミトコンドリアに存在することが分かった。スケールバーは10マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。(C)上: Tet-Onシステムで樹立したeMAT発現細胞にdoxを24時間投与し、eMATの発現後にミトコンドリアを分離し、ミトコンドリアタンパク質のアセチル化量を測定し、定量化した(測定は、抗体を使ってタンパク質を解析するウエスタンブロット法で実施した)。下: 質量分析により、eMATの標的リシン残基(K)を同定し、その周辺配列を分析した。K以外には目立った特徴を示すアミノ酸がないことから、周辺のアミノ酸配列には依存せずに、広範な基質をアセチル化することが分かった。
ミトコンドリアタンパク質のアセチル化は、エネルギー代謝の抑制や活性酸素種(ROS)[8]の増加に関わることが知られています。
そこで、eMATによるアセチル化が、細胞で自然に起こるアセチル化と同様に、細胞のエネルギー代謝やROSを変化させることができるのか、さらにその変化をSIRT3が打ち消すことができるのかを実験して確かめました。その結果、eMATによるアセチル化レベルの上昇に伴って、ミトコンドリアの酸素消費量を指標としたエネルギー代謝が低下しました(図2A)。また、eMATが発現している細胞ではROSが増加する一方で、SIRT3を共発現している細胞ではROSの産生が抑えられました(図2B、C)。このことは、eMATによるアセチル化がミトコンドリアの働きを制御可能であること、さらに自然界の生物に広く備わっている脱アセチル化酵素SIRT3がeMAT発現細胞を保護し、ROSの産生を抑えるように機能していることを示すものです。

図2 eMATによるミトコンドリア代謝活性、活性酸素種(ROS)の調節
(A)eMAT発現細胞のアセチル化状態をdox投与量やSIRT3の共発現を組み合わせることで、さまざまに変化させたときのミトコンドリアタンパク質アセチル化状態と酸素消費量を測定し、図にプロットした。ミトコンドリアタンパク質のアセチル化状態と酸素消費量は逆相関(相関係数=-0.9437)を示すことが分かった。(B、C)コントロール(control)細胞、eMAT発現細胞、eMAT+SIRT3共発現細胞を、ミトコンドリアの活性酸素種(ROS)に反応する蛍光色素で標識した。(B)染色画像。緑色は活性酸素種を示す。スケールバーは100μm。(C)染色細胞の蛍光強度を定量した結果。*は有意差があることを示す。
ミトコンドリアのエネルギー代謝やROSは、細胞の老化に関わることが知られています。そこで、eMAT発現細胞が老化細胞の特徴を示すようになるのか、実験で検証しました。eMAT発現細胞を7日間培養した後に、老化細胞を青色に染色する方法(SA-β-Gal染色[9])で染色すると、eMAT発現細胞では青色に染まる細胞の増加が見られる一方で、eMATをSIRT3と共発現した細胞ではこのような老化細胞の増加は観察されませんでした(図3A、B)。さらにこのとき、老化関連因子(SASP因子、IL1、IL6、IL8、CXCL1)や細胞増殖抑制遺伝子(P16、P21)の発現上昇、ミトコンドリアDNA(mtDNA)のコピー数の低下がeMAT発現細胞でのみ観察されました(図3C)。

図3 eMATによる細胞老化の促進作用
(A)eMAT発現細胞を7日間培養し、老化細胞をSA-β-Gal染色法によって検出した。老化細胞は青色を呈する。スケールバーは100μm。(B)老化細胞の割合をカウントした結果。*は有意差があることを示す。(C)eMAT発現細胞に見られた、老化細胞の特徴。老化関連因子(SASP因子)や細胞増殖抑制遺伝子の発現上昇、mtDNAコピー数の減少がeMAT発現細胞で観察された。これらの特徴はSIRT3の共発現によって抑えられた。
以上のように、eMAT発現細胞では老化細胞の特徴が観察されたことから、eMATによるミトコンドリアの超アセチル化は細胞の老化につながることが分かりました。
今後の期待
今回の研究では、ミトコンドリアタンパク質を自然界で起こる状態を超えるレベルでアセチル化を人為的に引き起こすと、細胞の増殖やエネルギー代謝が抑制され、老化が促進することが分かりました。核や細胞質では、タンパク質のアセチル化修飾はアセチル化酵素と脱アセチル化酵素の協調的な働きで制御されています。それとは対照的に、ミトコンドリアには脱アセチル化酵素SIRT3が存在する一方で、有力なアセチル化酵素分子は発見されていません。今回の研究でミトコンドリアタンパク質のアセチル化を酵素化学的に引き起こすことが細胞の老化につながることが分かりました。生物はミトコンドリア保護機能を持つ脱アセチル化酵素を持つ一方で、細胞増殖停止や老化につながるアセチル化酵素は持たない方向に進化してきた、という可能性が考えられるかもしれません。
前述したように、自然に起こるミトコンドリアタンパク質のアセチル化は、主にアセチル基ドナーであるアセチルCoAなどによる非酵素的な反応で行われています。このアセチル化は、細胞の栄養状態などの環境要因で変動することが知られています。今回の研究から、自然に起こるアセチル化状態を超えるレベルでのアセチル化は老化を促進することが分かりました。今後は、栄養状態などの環境要因に起因するアセチル化が同様に、細胞や個体の老化と関連するのかについても明らかになることが期待されます。さらに、今回設計したeMATは、がん細胞などの増殖を停止する分子装置としての応用にも期待が持たれます。
補足説明
- 1.ミトコンドリアタンパク質のリシン残基アセチル化、脱アセチル化酵素(HDAC)、アセチル基転移酵素(HAT)
タンパク質のリシン残基アセチル化修飾とは、生体内でタンパク質が翻訳合成された後に起こる翻訳後修飾の一種であり、タンパク質アミノ酸のうち、リシン残基の側鎖のアミノ基に起こる。一般に、アセチル化と脱アセチル化は、それぞれアセチル基転移酵素(HAT)と脱アセチル化酵素(HDAC)による可逆的な反応で調節される。一方で、ミトコンドリアタンパク質は、有力なHATが存在せず、主に非酵素的なアセチル化が起こる。HDACはHistone Deacetylaseの略。HATはHistone Acetyltransferaseの略。 - 2.老化関連因子(SASP因子)
老化細胞に特徴的に起こる、細胞老化随伴分泌現象に関わる因子のこと。SASP因子には、炎症反応を活性化し、老化細胞の周囲の組織に影響を与える炎症性サイトカイン(IL1α/β、IL6、IL8、TNF-αなど)や免疫細胞を呼び寄せたり、他の細胞の移動を促進したりするケモカイン(CXCL1/2など)がある。SASPはSenescence-Associated Secretory Phenotypeの略。 - 3.細胞老化
細胞老化とは、細胞が老化した状態になることを指す。老化した細胞では永続的な増殖の停止が起こる一方で、死ぬことはなく、代謝が維持されている。細胞老化は、がんの発生を抑制する一方で、加齢に伴うさまざまな疾患の原因となることが知られている。 - 4.SIRT3
ヒトに存在する18種類のHDACは、アミノ酸配列の類似性から四つのクラスに分類される。クラスI(HDAC1、2、3、8)、クラスII(HDAC4、5、6、7、9、10)、クラスIV(HDAC11)は活性中心に亜鉛(Zn)イオンを持ち、主に核、細胞質に局在し、ヒストンおよびその他のタンパク質の脱アセチル化を行う。その一方でクラスIIIサブファミリーはサーチュイン(Sirtuin)とも呼ばれるNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)依存性の脱アセチル化酵素であり、ヒトではSIRT1からSIRT7の7種類が存在する。このうち、SIRT3はミトコンドリアタンパク質の脱アセチル化に中心的な役割を果たす。 - 5.アセチルCoA(acetyl-CoA)
アセチルCoAは、補酵素A(CoA)と酢酸がチオエステル結合した高エネルギー化合物。アセチルCoAは、糖質、脂質、タンパク質が分解された後に生成され、ミトコンドリアのTCA回路(糖や脂肪酸などの有機物が呼吸により完全酸化される回路)で酸化されてエネルギーを生産する。また、アセチルCoAはタンパク質のアセチル化反応におけるアセチル基の供与体としても機能する。ミトコンドリア内では高濃度のアセチルCoAが産生されるため、アセチル化酵素の関与がなくともタンパク質アセチル化が起こると考えられている。 - 6.ヒストンアセチル化酵素p300
ヒストンタンパク質のアセチル化のみならず、細胞内の非ヒストンタンパク質のアセチル化にも関わるHATの一種である。 - 7.Tet-Onシステム
Tet-on/offシステムとは抗生物質テトラサイクリン誘導体であるドキシサイクリン(dox)を投与することで細胞あるいは動物個体において可逆的に目的遺伝子の発現を調節できる実験系である。ドキシサイクリン存在下で目的遺伝子を発現するものをTet-Onシステムと呼ぶ。 - 8.活性酸素種(ROS)
活性酸素種は、酸素から生じる反応性の高い分子で、細胞内での代謝や外部ストレスによって産生される。ROSはReactive Oxygen Speciesの略。 - 9.SA-β-Gal染色
SA-β-Gal染色は、細胞老化の指標として広く使われる組織染色法であり、老化細胞で特異的に活性化するβ-ガラクトシダーゼ活性(pH 6.0)を検出する。SA-β-GalはSenescence-Associated β-Galactosidaseの略。
研究チーム
理化学研究所
開拓研究所
眞貝細胞記憶研究室
専任研究員 島津 忠広(シマヅ・タダヒロ)
テクニカルスタッフⅡ 片岡 礼音(カタオカ・アヤネ)
主任研究員 眞貝 洋一(シンカイ・ヨウイチ)
環境資源科学研究センター
技術基盤部門 生命分子解析ユニット
専任技師 鈴木 健裕(スズキ・タケヒロ)
ユニットリーダー 堂前 直(ドウマエ・ナオシ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(B)「neo-PTMsの生命機能解析(研究代表者:島津忠広、22H05020)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Tadahiro Shimazu, Ayane Kataoka, Takehiro Suzuki, Naoshi Dohmae, and Yoichi Shinkai, "Mitochondrial Hyper-Acetylation Induced by an Engineered Acetyltransferase Promotes Cellular Senescence", iScience, 10.1016/j.isci.2025.113233
発表者
理化学研究所
開拓研究所 眞貝細胞記憶研究室
専任研究員 島津 忠広(シマヅ・タダヒロ)
主任研究員 眞貝 洋一(シンカイ・ヨウイチ)


発表者のコメント
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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