理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター 加速器基盤研究部の西 隆博 研究員、渡邉 環 特別嘱託技師、足立 泰平 上級技師らの共同研究チームは、目に見えないイオンビームの「位置」と「広がり」を非接触で同時に測定できるシステムを開発しました。これにより、加速器内を通過するイオンビームをリアルタイムでモニターすることが可能となります。
ニホニウムに続く新元素の探索をはじめ、希少イベントを対象とする基礎物理実験や、短寿命のRI(放射性同位元素)を用いた治療薬の研究開発など、多くの研究において安定した大強度ビームを継続的に供給することが不可欠です。今回開発した技術は、イオンビームの高強度化・安定化に大きく寄与し、これら最先端研究を支える重要な基盤となることが期待されます。
イオンビーム加速において、ビームの「位置」や「広がり」を測定しコントロールすることは非常に重要です。検出器を破壊するほどの大強度のビームや、検出器とビームの接触によって発生する粒子やガスに弱い超伝導加速空洞[1]を用いる場合、ビームに"触れず"に測定する必要があります。これまで非接触検出器としてBPM(ビーム位置モニター)[2]が「位置」の測定に使われてきましたが、「位置」と「広がり」を同時に測定することは困難でした。
そこで今回、共同研究チームは超伝導加速空洞内のビームの測定を行うために、位置と広がりの両方に高感度で応答する新しい形状のBPMを開発しました。さらに、BPM信号を補正する独自の解析手法を確立し、位置と広がりを高精度かつリアルタイムで測定することに成功しました。従来、一般的に用いられてきたQスキャン法(超伝導加速空洞から離れた位置にある接触型検出器とシミュレーションを組み合わせて推定する手法。リアルタイム計測は不可)と比較しても、非常に近い高精度な結果が得られました。これは非接触によるイオンビーム計測として初の成果であり、世界中の加速器施設において応用可能な技術です。
本研究は、科学雑誌『Physical Review Accelerator and Beams』オンライン版(9月29日付:日本時間9月30日)に掲載されました。

新型のcos 2θ型BPMにより非接触かつリアルタイムなビーム広がりのモニタリングを実現
背景
BPM(ビーム位置モニター)を用いたビーム位置の非接触測定は古くから行われているものの、ビームの広がりの非接触測定手法は1980年代になってようやく米国フェルミ研究所で提案され注1)、その後、世界各地の研究機関で研究されてきています。これまで電子ビームでは一定の成果が報告されていますが注2)、残念ながらイオンビームでは実用化が難しいとされてきました。理由は、電子ビームに比べて強度が弱く、またビームの広がりが理想的な正規分布[3]からずれやすいため、精度の高い測定が困難だからです。CERN(スイス)やFRIB(米国)といった大規模研究施設でも挑戦が続けられてきましたが注3、4)、これまでのところ実用化に至った例はありませんでした。
一方で近年、非接触でのビームの広がり測定の重要性は、超伝導加速空洞という装置の実用化に伴い急速に高まっています。理研仁科加速器科学研究センターでも、理研超伝導重イオン線形加速器「SRILAC」[4]を建設し、2020年から運用を開始しました注5)。超伝導加速空洞ではビームが内壁に衝突すると性能が大きく低下するため、ビームの挙動(位置、広がり)を精密かつリアルタイムに監視することが不可欠です。従来の加速器で一般的に用いられてきた検出器ワイヤースキャナの利用は、ビームと接触して位置と広がりを測定する手法であり、粒子やガスの発生によって超伝導加速空洞を汚染するリスクがありました。また、代替手法として上流下流[5]に設置したワイヤースキャナのデータとシミュレーションを組み合わせてビームの広がりを推定する方法(Qスキャン法)もありますが、複数回にわたる電磁石[6]設定の変更が必要で、リアルタイム測定には適しません。
こうした課題を解決するため、共同研究チームはビームの位置と広がりを同時に高感度で測定できる新しい形状のBPMを開発し、リアルタイムでの非接触診断に挑戦しました。
- 注1)R. H. Miller, J. E. Clendenin, M. B. James, and J. C. Sheppard, "Nonintercepting Emittance Monitor", in Proc. HEACC'83, Fermilab, IL, USA, pp. 603-605,1983.
- 注2)T. Suwada, "Multipole Analysis of Electromagnetic Field Generated by Single-Bunch Electron Beams", Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 40, no. 2, pp. 890-897, 2001.
- 注3)A. Sounas et al., "Beam Size Measurements Based on Movable Quadrupolar Pick-ups" in Proc. IPAC'18, Vancouver, BC, Canada, pp. 2028-2031, 2018.
- 注4)K. Hwang et al., "MACHINE-LEARNING-ASSISTED BEAM TUNING AT FRIB", in Proc. LINAC2024, Chicago, IL, USA, paper THXA004, pp. 562-565, 2024.
- 注5)K. Yamada et al., "Successful Beam Commissioning of Heavy-Ion Superconducting Linac at RIKEN", in Proc. SRF'21, East Lansing, MI, USA, Jun.-Jul. 2021, paper MOOFAV01, pp.167-174, 2021.
研究手法と成果
本研究で開発したBPMは四つの電極から構成され(図1)、「cos2θ型」と呼ばれる形状をしています。これを一般的なストリップライン型やボタン型と呼ばれるBPMと比べるとカバー範囲が大きくなっています。このため、信号が比較的小さなビームに対しても十分な感度を持っています。さらに、この特殊な形状によりビームの水平広がりと垂直広がりの差(四重極モーメント)を左右からの信号と上下からの信号の差という形で、高精度で測定することができます。さらに、cos2θ型の電極をそれぞれ二つに分割することで位置にも感度のあるBPMを実現しています。

図1 新型BPMおよびその電極の展開図
「Up」と「Down」もしくは「Left」と「Right」の電極を組み合わせると、cos2θの関数に従った形状となる。
当初は、開発したBPMを複数台使用し、ビーム輸送シミュレーションを組み合わせれば、ビームが輸送される過程で水平・垂直方向の広がりがどのように変化するかを推定できるはずでした。
しかし、新開発のBPMを用いて「ほぼ円形」に広がったビームを測定したところ、垂直方向と水平方向の信号に差が生じました(図2左)。シミュレーションの結果、この原因はビームそのものではなく、BPMの形状に起因することが明らかになりました。BPMは進行方向に対して非対称な構造を持っており、垂直方向の電極はビームの「上流側」を広く覆う一方、水平方向の電極は「下流側」を覆う構造になっています。そのため、円形のビームであっても、両方向の信号に時間的な違いが生じ、測定結果に"ひずみ"が現れてしまうのです。シミュレーションにこの電極形状を取り入れると、実測データを正確に再現できることも確認されました。
共同研究チームはこの課題を克服するため、BPMから得られる信号を「時間方向に積分する」新しい解析手法を導入しました。さらに、この操作を2度繰り返す「2階積分」を行うことで、上下・左右の電極応答の差を取り除けることを発見しました。実際に円形ビームのデータに適用したところ、積分後の信号では水平方向と垂直方向の強度が一致することが確認されました(図2右)。これにより、BPMの構造由来のひずみを排除し、ビーム広がりを高精度に測定できる基盤が整いました。

図2 測定されたBPMからの信号とその2階積分信号
(左)cos2θ型BPMで測定された信号。上流側の上下電極と、下流側の左右電極から得られた波形を示している。ビームが「円形」に広がっているため両者の信号強度はほぼ同じになるはずだが、BPM本体の形状に起因して強度差が生じている。(右)左の信号を時間で2階積分したもの。上下電極と左右電極の波形で強度差がなくなり、円形のビームに正しく対応するようになっている。ナノ秒は10億分の1秒。
共同研究チームは、この新しい測定手法をSRILACに適用し、実際のビーム広がりを推定することにしました。SRILACには8台のBPMが設置されており、それぞれの場所でビームが水平方向・垂直方向にどこにいて、どのように広がっているかの情報を得ることができます(図3)。

図3 超伝導加速器SRILACとBPM
CMはクライオモジュール(超伝導加速空洞を取り囲むシステム)を表し、加速器を超伝導状態とするために液体ヘリウム(He)によって4K(-269℃)まで冷やされている。これらをつなぐ真空パイプにはビームの広がりを抑える目的で収束用の電磁石が配置され、それらの内部などに合計8台のBPMが設置されている。CM3から十分離れた位置にワイヤースキャナ(PFe00)が設置されているが、CMの間にある検出器はBPMのみである。
今回、共同研究チームはこの8台のBPMのデータと、下流に配置された3台のワイヤースキャナのデータを組み合わせ、ビーム軌道のシミュレーション結果と比較しながらSRILAC全体におけるビームの広がりを可視化しました(図4)。

図4 従来の手法と本研究で推定されたビーム広がりの比較
ビームの水平方向、垂直方向の広がりが超伝導加速器の中でどう変化するかを推定したもの。水平方向、垂直方向で、それぞれどこでビームが広がってしまっているかが一目で分かる。黒い線は従来のワイヤースキャナによる推定結果(Qスキャン法)、赤い線は今回開発した新手法による結果を示しており、両者はよく一致している。
従来のワイヤースキャナによる推定(Qスキャン法)結果と、今回開発した新手法による結果はよく一致しています。この可視化により、ビームがどの位置で真空パイプの壁に近づいているかを一目で把握でき、特に新手法では即時的に結果が得られるため、加速器の調整を迅速かつ効率的に行えるようになります。
今後の期待
本研究では、1980年代から試みられながらもイオンビームに対して実用化には至っていなかった「非接触型」のビーム広がり測定手法に対し、新たにcos2θ型のBPMと2階積分による信号処理を導入することで、実用的なシステムの構築に成功しました。本技術は、超伝導加速器内部のビーム位置と広がりをリアルタイムにモニタリングし、これまで「見えなかったビームの姿」を即座に可視化できる画期的なものです。これによりSRILACによるビーム強度の向上に貢献し、新元素探索などの希少イベントの探索やRI治療薬の大量生成を促進することができます。さらに本研究は世界中の加速器施設において応用可能な技術であり、超伝導加速空洞や大強度ビームを扱う加速器施設において幅広い応用が期待されます。
また、現在計画されている理研仁科加速器科学研究センターの高度化計画においても、多数のBPMを設置することで精緻なビームコントロールを行う予定となっています。今後は、BPM以外の検出器との複合解析によってより高度なビーム制御の実現を目指していきます。
補足説明
- 1.超伝導加速空洞
加速空洞とは荷電粒子に電場をかけて加速する装置で、ニオブ製の加速空洞を液体ヘリウム温度まで冷やし、超伝導状態で使用するものを超伝導加速空洞という。電気抵抗がほぼゼロになるため、極めて低い電力で高電圧を発生させることができ、通常の常伝導加速空洞では難しい長時間の連続運転や強力な加速が可能となる。例えば、銅製の常伝導加速空洞1台では150kW(15万W)の電力を消費しても650kVの電圧しか発生させることができないが、SRILACの超伝導加速空洞1台では、わずか8Wの電力で2,400kVという高い電圧を発生させて効率よくビームを加速することができる。また、超伝導状態を維持するためには、加速空洞表面を非常にクリーンな状態に保つ必要があり、ビーム運用時における重要なポイントとなる。 - 2.BPM(ビーム位置モニター)
加速器内部を通過する荷電粒子ビームの位置を非接触で測定する装置である。最も一般的な静電誘導型では、真空パイプ内壁に配置した電極にビーム通過時に誘起される電荷を検出することでビーム位置を算出する。ビームを乱さずに測定できるため、安定した加速器運転に不可欠な計測器である。BPMはBeam Position Monitorの略。 - 3.正規分布
平均値を中心に左右対称の釣り鐘型の形状を持つ確率分布である。自然界や社会現象における多くのデータは、この分布に近い形で現れる。平均と分散の二つのパラメータで特徴付けられる。統計学や物理学、工学など幅広い分野で基礎的に利用されている。 - 4.理研超伝導重イオン線形加速器「SRILAC」
超伝導技術を用いた重イオン線形加速器である。超伝導加速空洞を用いることで従来よりも高い加速効率を実現している。2020年より運用され、ニホニウムに続く新元素の探索実験の他、医療用RI(放射性同位元素)の製造試験や他の加速器用の入射器として今後活用されていく予定である。 - 5.上流下流
加速器では、ビームラインを川になぞらえビームがやってくる方向を上流、ビームが進んでいく方向を下流と呼ぶ。 - 6.電磁石
コイルに電流を流して磁場を発生させる装置である。加速器ではビームの軌道を曲げたり集束させたりするために用いられる。電流を制御することで磁場の強さを精密に調整できる。
共同研究チーム
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
加速器基盤研究部
研究員 西 隆博(ニシ・タカヒロ)
特別嘱託技師 渡邉 環(ワタナベ・タマキ)
上級技師 足立 泰平(アダチ・タイヘイ)
チームリーダー 坂本 成彦(サカモト・ナルヒコ)
専任技師 山田 一成(ヤマダ・カズナリ)
部長 上垣外 修一(カミガイト・オサム)
住重加速器サービス株式会社
サイトエンジニア 小山 亮(コヤマ・リョウ)
原論文情報
- Takahiro Nishi, Tamaki Watanabe, Taihei Adachi, Ryo Koyama, Naruhiko Sakamoto, Kazunari Yamada, and Osamu Kamigaito, "Nondestructive beam envelope measurements using beam position monitors for low-beta heavy ion beams in superconducting linear accelerator", Physical Review Accelerator and Beams, 10.1103/8ct7-x1xf
発表者
理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 加速器基盤研究部
研究員 西 隆博(ニシ・タカヒロ)
特別嘱託技師 渡邉 環(ワタナベ・タマキ)
上級技師 足立 泰平(アダチ・タイヘイ)



発表者のコメント
目に見えないイオンビームをリアルタイムで可視化できる技術を実現できたことにとてもワクワクしています。これからも新技術を開発し、究極のイオンビームのコントロールを目指します。(西 隆博)
見えないものを測る挑戦は困難の連続でしたが、その成果ががん治療に必要な放射性同位体の製造に役立つことを期待しています。私自身、家族が放射線治療に救われた経験があり、この研究が今も病と闘う多くの方々の希望になることを強く願っています。(渡邉 環)
ビームに触れることなく測れることで、触れるものを破壊するほどの強いビームでも安全に測れるので、これからの利用に期待が膨らんでいます。(足立 泰平)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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