理化学研究所(理研)開拓研究所 鈴木糖鎖代謝生化学研究室のシェンタオ・リ研究員、鈴木 匡 主任研究員、岩崎RNAシステム生化学研究室の岩崎 信太郎 主任研究員、環境資源科学研究センター 生物分子解析ユニットの堂前 直 ユニットリーダー、東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻の野田 陽一 特任准教授(同大学 微生物科学イノベーション連携研究機構 酵母発酵学社会連携研究部門(CRIIM)特任准教授)、トロント大学 ドネリーセンターのチャールズ・ブーン教授らの国際共同研究グループは、ドリコール結合糖鎖(DLO)[1]の分解に関わる酵素、DLO-ピロフォスファターゼ(PP'ase)[2]の遺伝子を同定しました。
本成果は脂質結合糖鎖の新しい分解機構を明らかにし、糖鎖代謝制御機構の解明に多大な貢献をすると期待されます。
DLOはタンパク質アスパラギン結合型(N型)糖鎖の前駆体で、その中間体が蓄積すると、DLO-PP'aseによってその中間体が分解する現象が1974年から知られていました。その存在が示されて以来、半世紀以上が経った現在においても、DLO-PP'aseをコードする遺伝子はどの生物種においても不明でした。
今回、国際共同研究グループはパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)におけるDLO-PP'aseの遺伝子を同定し、「LLP1」と命名しました。LLP1タンパク質はカビや酵母の他、一部のバクテリアに保存されており、その相同遺伝子(一次構造上共通の祖先に由来し、類似の機能を持つと予測される遺伝子)はバンコマイシン[3]耐性に関わる機能未知のVanZという遺伝子でした。LLP1タンパク質はゴルジ体に局在し、LLP1を欠損した株では異常な糖鎖構造を持つDLOが蓄積したことで、本酵素がDLOの量や質の制御に重要であることが明確に示されました。
本研究は、科学雑誌『Journal of Cell Biology』オンライン版(9月29日付:日本時間9月29日)に掲載されます。

DLO-PP'ase、LLP1の機能
背景
タンパク質のN型糖鎖修飾は真核細胞にとどまらず古細菌や一部のバクテリアにも保存されたタンパク質修飾反応で、さまざまな機能を有することが知られています。N型糖鎖修飾のドナー基質はドリコールという脂質にピロリン酸を介して結合したドリコール結合糖鎖(DLO)です(図1)。DLOの生合成はこれまで解明が進んでいますが、DLOがいろいろなストレスや環境の変化に応じてどのような分解制御を受けるのかについては不明なままでした。DLOの分解に関わるDLO-PP'aseは1970年代からその存在が知られていましたが、その酵素をコードする遺伝子はこれまでどの生物種でも見つかっておらず、そのためDLO-PP'aseの機能の詳細は分かっていませんでした。

図1 真核細胞のドリコール結合糖鎖(DLO)とバクテリアの脂質IIの構造
DLOも脂質IIも脂質側の構造、およびピロリン酸と糖(N-アセチルグルコサミン)の結合部分の構造はいずれも非常に似通っている。
鈴木糖鎖代謝生化学研究室では、N型糖鎖およびその前駆体の代謝謝機構について研究を続けてきました注1~3)。例えば鈴木主任研究員は、哺乳動物において、NGLY1、ENGASE、MAN2C1など"非リソソーム糖鎖代謝機構"に関わる酵素群の遺伝子を世界に先駆けて同定してきており、同研究室ではDLO-PP'aseの遺伝子に関してもその同定に挑戦してきました(図2)。

図2 パン酵母におけるさまざまな遊離糖鎖の代謝機構
パン酵母において、タンパク質や脂質に結合しない"遊離糖鎖"は①オリゴ糖転移酵素(OST)による加水分解、②細胞質における、NGLY1による糖タンパク質からの糖鎖の脱離によるものが知られている。いずれも鈴木主任研究員らによってその分子機構が明らかにされてきた。今回、それに加えて③ゴルジ体におけるLLP1によるリン酸化糖鎖の遊離反応が明らかにされた。
- 注1)Harada, et al., (2013) J Biol Chem 288, 32673
- 注2)Suzuki, et al., (2000) J Cell Biol 149, 1039
- 注3)Hirayama, et al., (2010) J Biol Chem 285, 12390
研究手法と成果
本研究では、まずDLO-PP'aseの遺伝子を同定するために、酵素の精製を行いました。パン酵母、および分裂によって増殖する分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)の抽出液中に性質の似通った酵素が存在することを確かめた後、より酵素活性が強く、安定だった分裂酵母の抽出液を用いて酵素の部分精製を行い、画分に含まれるタンパク質を同定しました。そのうち(1)パン酵母に相同遺伝子が存在し、(2)膜貫通ドメイン(領域)を持っていると予測されるタンパク質を選び出し、その中で遺伝子破壊株ライブラリー中に破壊株が存在した33個の株についてDLO-PP'aseアッセイ、およびその反応産物であるリン酸化糖鎖(POS)解析を行いました。その結果、これまで未解析である遺伝子YJR112W-Aの破壊株において、酵素活性およびPOSが見られなくなりました。
そこで、本遺伝子をLLP1(lipid-linked oligosaccharide: pyrophosphatase 1)と命名し、さらに解析を進めました。
パン酵母のLLP1遺伝子はこれまでデータベース上イントロン(DNAの翻訳されない塩基配列)を持つ109アミノ酸であると予測されていましたが、実際には125アミノ酸でできた4回膜貫通型のタンパク質でした。相同遺伝子を検索したところ、カビや酵母の菌類に広く保存され、一部のバクテリアにも相同遺伝子が保存されていることが分かりました。それらのタンパク質を大腸菌に発現させると、いずれもDLO-PP'ase活性を検出でき、125アミノ酸でできた4回膜貫通型タンパク質は酵素の補因子などではなく、酵素本体そのものであることが確かめられました。
バクテリアでは、LLP1の相同遺伝子はVanZと名付けられた遺伝子であることが明らかになりました。VanZはvan遺伝子クラスターと呼ばれる、保有菌に強力な抗生物質であるバンコマイシンに対して耐性を付与する遺伝子群に含まれます。この遺伝子クラスターには七つの遺伝子が含まれますが、そのうち、VanZだけが、これまで具体的な機能は不明でした。バクテリアにはDLOはありませんが、それと似た構造として脂質Ⅱという脂質が存在します(図1)。VanZ遺伝子産物の酵素活性から考え合わせると、その機能として、蓄積する脂質Ⅱを除去することで、バンコマイシンによる毒性を緩和する、あるいは単にバンコマイシンの結合部位(サイト)を除去することで、バンコマイシン耐性を獲得することが予想されました。すなわち、今回LLP1遺伝子を同定することで、これまで未解明だったバンコマイシン耐性を付与するVanZタンパク質の機能を推定することが可能になりました。
パン酵母において、LLP1タンパク質はゴルジ体に局在し(図3A)、活性が細胞小器官のルーメン(内腔)側に存在することが示唆されました。また、llp1の欠損株に含まれるDLOの解析を行ったところ、その量は有意に増加し、またゴルジ体における糖転移酵素群に糖鎖が異常な修飾を受けたものが観察されました(図3B)。これらの結果から、LLP1の機能としてDLOの量的(ホメオスタシス)、あるいは質的(品質管理)調節に関わることが明確に示されました。

図3 LLP1の細胞内局在解析とllp1欠損株のDLO上の糖鎖解析
- (A)LLP1は小胞体マーカー(Sec61)でなく、ゴルジ体マーカー(Van1)と共局在する。
- (B)llp1の欠損下で、異常な糖鎖構造を持つDLOが蓄積し(左)、その量もコントロール(対照群)に比べて有意に増加していた(右)。このことからLLP1はDLOの質的(品質管理)、および量的(ホメオスタシス)の制御に関わることが明確に示された。「***」有意水準5%での有意差あり。alg3欠損株(alg3Δ)はN型糖鎖の生合成に変異を持つ株で、Man5GlcNAc2の糖鎖を主に蓄積する(HPLC上から2番目のチャート)。
今後の期待
昨今のCRISPR/Cas9[4]技術の確立により、これまでの研究の積み重ねがなくとも既知の遺伝子であれば全て研究の対象にできるようになってきました。しかしながら、遺伝子が同定されていない場合はその限りではありません。今回N型糖鎖のドナー基質(DLO)を分解する酵素、DLO-PP'aseの遺伝子が同定されたことで、DLO、ひいてはN型糖鎖の制御機構の包括的理解に一歩近づいたといえます。
今回同定されたLLP1遺伝子はカビと一部のバクテリアには保存されていますが、ヒトを含めた哺乳動物には相同遺伝子は見つかりませんでした。哺乳動物に存在するDLO-PP'aseは、その酵素学的性質が出芽酵母のそれと大きく異なることも今回明らかになっており、いわゆる収斂(しゅうれん)進化[5]によって哺乳動物では全く別の遺伝子が同様の酵素活性を持つに至ったと想像されます。ヒトにおける本酵素の重要性を明らかにするにはやはり遺伝子の同定が必須であり、現在ヒトのDLO-PP'ase遺伝子の同定についても精力的に研究を進めているところです。
補足説明
- 1.ドリコール結合糖鎖(DLO)
真核細胞の小胞体において、ドリコールという脂質上にピロリン酸を介して形成される糖鎖結合脂質。タンパク質のアスパラギン結合(N)型糖鎖修飾のドナー基質となることが知られている。DLOはdolichol-linked oligosaccharideの略。 - 2.DLO-ピロフォスファターゼ(PP'ase)
ドリコール結合糖鎖に働くピロフォスファターゼ。DLO中のピロリン酸を加水分解し、反応産物として、ドリコールリン酸と、モノリン酸化糖鎖(POS)を生成する。 - 3.バンコマイシン
グリコペプチド系の抗生物質の一つ。バクテリアの細胞壁合成酵素の基質であるD-アラニル-D-アラニンに結合し、細胞壁合成を阻害する。ほとんどのグラム陽性菌に対して薬効を示す。 - 4.CRISPR/Cas9
ゲノム編集技術の一つで、標的ゲノム領域を認識する配列とCas9と複合体を形成する配列から成るgRNA(ガイドRNA)、およびヌクレアーゼ活性によりDNAを切断するCas9タンパク質から成る。これらを細胞や受精卵に導入すると、複合体を形成して標的ゲノムを切断する。細胞がこれを修復する際の複製エラーにより、ゲノムに欠失や挿入が起きる。これらの技術を用いることで、さまざまな生物や細胞において狙った遺伝子を破壊したり、狙った部位に外来遺伝子を導入したりすることが比較的簡便かつ安価にできるようになった。また、切断部位に相同組換えなどにより外来遺伝子をノックインできる。 - 5.収斂(しゅうれん)進化
進化の起源が異なる生物が、環境に適応する形で似たような機能を独立に獲得することを収斂進化と呼ぶ。ここでは遺伝的な起源を同一にしない(配列上の相同性がない)タンパク質が、進化で同一の機能を獲得したことを示す。
国際共同研究グループ
理化学研究所
開拓研究所
鈴木糖鎖代謝生化学研究室
研究員 シェンタオ・リ(Sheng-Tao Li)
専任研究員 鎌田 勝彦(カマダ・カツヒコ)
基礎科学特別研究員 本田 晃伸(ホンダ・アキノブ)
テクニカルスタッフⅠ 清野 淳一(セイノ・ジュンイチ)
研究パートタイマーⅡ 松田 次代(マツダ・ツギヨ)
主任研究員 鈴木 匡(スズキ・タダシ)
岩崎RNAシステム生化学研究室
上級研究員(研究当時、現 客員研究員)七野 悠一(シチノ・ユウイチ)
主任研究員 岩崎 信太郎(イワサキ・シンタロウ)
環境資源科学研究センター 生命分子解析ユニット
ユニットリーダー 堂前 直(ドウマエ・ナオシ)
専任技師 鈴木 健裕(スズキ・タケヒロ)
東京大学
大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
特任准教授 野田 陽一(ノダ・ヨウイチ)
(同大学 微生物科学イノベーション連携研究機構 酵母発酵学社会連携研究部門(CRIIM)特任准教授)
トロント大学(カナダ)
ドネリーセンター
教授 チャールズ・ブーン(Charles Boone)
(理研 環境資源科学研究センター 分子リガンド標的研究チーム チームディレクター)
研究員 マイケル・コスタンツォ(Michael Costanzo)
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)AMED-CRESTプロテオスタシスの理解と革新的医療の創出「細胞質における糖鎖生物学―細胞恒常性維持の包括的理解を目指して(研究代表者:鈴木匡、JP23gm1410004)」「神経変性疾患におけるアグリゲーションと翻訳の陰陽(研究代表者:岩崎信太郎、JP23gm1410001)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「出芽酵母の遊離糖鎖解析がもたらす新規糖鎖代謝機構の解明とヒト稀少疾患への応用(研究代表者:鈴木匡、JP18H03990)」、同学術変革領域研究(A)「時間タンパク質学:翻訳速度の大規模並列網羅解析(研究代表者:岩崎信太郎、JP24H02307)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Sheng-Tao Li, Katsuhiko Kamada, Akinobu Honda, Junichi Seino, Tsugiyo Matsuda, Takehiko Suzuki, Naoshi Dohmae, Yuichi Shichino, Shintaro Iwasaki, Yoichi Noda, Michael Costanzo, Charles Boone, and Tadashi Suzuki, "LLP1 is a pyrophosphatase involved in homeostasis/quality control of dolichol-linked oligosaccharide", Journal of Cell Biology, 10.1083/jcb.202501239
発表者
理化学研究所
開拓研究所 鈴木糖鎖代謝生化学研究室
研究員 シェンタオ・リ(Sheng-Tao Li)
主任研究員 鈴木 匡(スズキ・タダシ)
岩崎RNAシステム生化学研究室
主任研究員 岩崎 信太郎(イワサキ・シンタロウ)
環境資源科学研究センター 生命分子解析ユニット
ユニットリーダー 堂前 直(ドウマエ・ナオシ)
東京大学
大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
特任准教授 野田 陽一(ノダ・ヨウイチ)
(同大学 微生物科学イノベーション連携研究機構 酵母発酵学社会連携研究部門(CRIIM)特任准教授)
トロント大学(カナダ)ドネリーセンター
教授 チャールズ・ブーン(Charles Boone)

発表者のコメント
When I unexpectedly discovered that LLP1 translation is mediated by +1 frame shifting; when I found that LLP1 has homologous genes in some Gram-positive bacteria and confers vancomycin resistance; or when I discovered the existence of DLO in the Golgi in llp1 knockout cells, I realized that basic scientific research always brings you surprises. Everything is so incredible and yet seems natural. Perhaps only after revealing the essence of nature can we recognize the beauty of nature.(シェンタオ・リ)
DLO-PP'aseの遺伝子同定に向けた研究は2009年にスタートしました。およそ15年の月日がかかりましたが、ようやくリさんの頑張りと共同研究者のサポートのおかげで無事遺伝子を同定することが出来てホッとしております。今後も引き続き哺乳動物のDLO-PP'ase遺伝子同定の報告に向けて、不断の努力を続けてまいります。(鈴木 匡)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 広報情報担当
Email: koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp