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2025年9月26日

理化学研究所

ゲノム構造は“多重の守り”で維持される

-発生や疾患における構造変化の理解に新たな手がかり-

理化学研究所(理研)開拓研究所 眞貝細胞記憶研究室の福田 渓 客員研究員、志村 知古 テクニカルスタッフⅠ、眞貝 洋一 主任研究員の研究チームは、空間的ゲノム構造(3Dゲノム)[1]が複数のクロマチン修飾[2]によって安定的に維持されていることを明らかにしました。

この成果は、発生や疾患で見られる3Dゲノムの変化や異常のメカニズムの解明に貢献すると期待されます。

研究チームは、独自に作製したクロマチン修飾欠乏細胞を用いて、遺伝子発現と3Dゲノムの変化を解析しました。その結果、複数のクロマチン修飾が代替的に作用し、一方が失われても他方が機能することで、細胞内の3Dゲノム構造と遺伝子発現が安定して維持されることが判明しました。さらに、哺乳類の発生初期には、抑制性クロマチン修飾による構造制御が一時的に緩むことで、初期胚特有の3Dゲノムが形成されることも示されました。

このことから、発生過程ではクロマチン修飾の状態を変化させることで段階に応じた3Dゲノムをつくり出す一方、初期胚様の構造が他の細胞で再形成されないよう、多重のメカニズムで防御しているという、巧妙なゲノム制御戦略の存在が明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Genome Research』オンライン版(9月12日付)に掲載されました。

抑制性クロマチン修飾によるクロマチンタンパク質CTCFの結合および3Dゲノムの制御の図

抑制性クロマチン修飾によるクロマチンタンパク質CTCFの結合および3Dゲノムの制御

背景

空間的ゲノム構造(3Dゲノム)は、遺伝子発現や多様なゲノム機能の制御に不可欠であり、その異常はがんや発達障害など多くの疾患と関連しています。クロマチンタンパク質CTCF[3]は、メガドメイン構造であるTAD[4]の形成に必須で、適切な遺伝子発現制御を介して細胞分化や発生に寄与します。CTCFの結合プロファイルは細胞種ごとに大きく異なり、この違いが細胞種特異的な3Dゲノム構造や発現パターン、ひいては表現型を形成します。しかし、細胞種間で結合プロファイルが異なる分子機構は十分に解明されていません。

既知の知見として、抑制性クロマチン修飾であるH3K9メチル化[5]がCTCFの結合を阻害することが報告されていますが、哺乳類には複数のH3K9メチル化酵素が存在し、冗長的に機能するため、H3K9メチル化を完全に除去することは困難でした。そのため、CTCFの結合プロファイルにおけるH3K9メチル化の機能を完全に解明することはできていませんでした。

研究チームはこれまで、H3K9メチル化酵素を全て欠損させた細胞株の樹立に成功し、さらに、もう一つの代表的な抑制性クロマチン修飾であるH3K27メチル化[6]についても、薬剤処理により効果的に欠乏させる実験系を確立しました注)。本研究では、これらの実験系を用いてCTCFの結合パターン、3Dゲノム構造、遺伝子発現を網羅的に解析し、抑制性クロマチン修飾がCTCFの結合制御に果たす役割を明らかにすることを目指しました。

研究手法と成果

哺乳類にはSETDB1SUV39H1SUV39H2EHMT1EHMT2の五つのH3K9メチル化酵素をコードする遺伝子があります。最近、研究チームは、不死化マウス胎児由来線維芽細胞(iMEF)を用いて、全てのH3K9メチル化酵素遺伝子を欠損させた細胞(5KO)を作製し、さらに、5KOにH3K27メチル化酵素の酵素活性を阻害する薬剤DS3201を投与することで、H3K9メチル化とH3K27メチル化の両方を欠損させる状態の作製に成功しました。

本研究では、H3K9メチル化酵素を完全に欠損した細胞に、H3K27メチル化酵素阻害剤DS3201を投与し、H3K9メチル化が欠如し、かつH3K27メチル化も大きく低下した状態の細胞において、RNA-seq[7]ChIP-seq[8]Hi-C[9]を用いて遺伝子を発現させて、CTCF結合プロファイル、クロマチン修飾、3Dゲノム構造を解析しました。また、クロマチン修飾のChIP-seq解析から、H3K9メチル化が失われると、H3K27メチル化が、元々H3K9メチル化が存在したゲノム領域に広がり、CTCFの結合を阻害することが明らかになりました。さらに、そのような領域は転写不活性なメガベース(Mb:ゲノムサイズの単位で100万ヌクレオチド)ドメインに多く存在していました。以上の結果から、H3K9メチル化が失われた場合にはH3K27メチル化が代替的に作用してCTCFの結合を防ぐ、多重の制御機構が存在することが示されました(図1)。

H3K27メチル化の再分布によるCTCF結合の抑制の図

図1 H3K27メチル化の再分布によるCTCF結合の抑制

H3K9/K27メチル化を欠損した際に生じるCTCF結合領域の代表的な領域。この領域は、野生型ではH3K9メチル化(緑色)が蓄積し、H3K27メチル化が乏しいメガベースレベルのゲノム領域であるが、H3K9メチル化欠損によりH3K27メチル化(赤色)が再分布して蓄積する。H3K9/K27メチル化の両方を欠損させると、多数の新規CTCF結合部位(青色)が形成されることから、H3K9メチル化が失われた後にH3K27メチル化が代替的に機能し、メガベース単位でCTCF結合を抑制していることが示される。

H3K9メチル化とH3K27メチル化がゲノム上のどの領域でCTCF結合を阻害しているのかを調べたところ、H3K9メチル化はSINEと呼ばれるトランスポゾン[10]上のCTCF結合を阻害することが分かりました。一方、H3K27メチル化を野生型iMEFから除いた場合にはトランスポゾン上のCTCFは増加しませんでしたが、H3K9メチル化を欠損させた状態でH3K27メチル化を欠乏させると、さまざまな種類のトランスポゾン上にCTCF結合が形成されることが明らかになりました。さらに、各細胞状態で新たに形成されたCTCF結合部位はTAD境界として機能し、3Dゲノム構造の変化や周辺の遺伝子発現変化と関連していました。これらの結果から、抑制性クロマチン修飾はトランスポゾン上で異なる部位でのCTCF結合を抑え、異常な3Dゲノム形成を防ぐ機能があることが分かりました(図2)。

H3K9/27メチル化欠損による3Dゲノム・遺伝子発現の変化の図

図2 H3K9/27メチル化欠損による3Dゲノム・遺伝子発現の変化

H3K9/K27メチル化欠損により生じる3Dゲノム構造と遺伝子発現の変化の代表例。コンタクト:クロマチン領域同士の近接度合いを表す。この領域では、新たに形成されたCTCF結合部位がTAD境界として機能し、新規TAD(黒い三角形)を形成する。インシュレーション(境界強度):赤くなっている領域は、その前後のゲノム領域同士が空間的に隔離されている度合いが高いことを表す。CTCF:CTCFが結合している領域。RNA:転写が起きている領域。これらから、TAD内部および境界付近で遺伝子発現の上昇が観察される。こうした結果は、H3K9/K27メチル化がCTCF結合を抑制し、異常なTAD形成や遺伝子発現変化を防いでいることを示す。

哺乳類の初期胚発生過程では抑制性クロマチン修飾がダイナミックに変化することが知られています。そこで、これらのCTCF結合抑制領域の意義を明らかにするため、哺乳類初期胚における抑制性クロマチン修飾の動態に着目しました。公的データベースの初期胚に関するヒストン修飾、CTCF ChIP-seq、Hi-Cデータを再解析した結果、iMEFでH3K9メチル化により抑制されるCTCF結合領域は、初期胚ではCTCFが結合し初期胚特有の3Dゲノム形成に関与することが分かりました。これらの領域はiMEFではH3K9メチル化が存在しますが、初期胚ではH3K9メチル化が失われていました。一方、H3K9メチル化とH3K27メチル化の両方で抑制される領域では、初期胚においてもCTCF結合が抑えられており、この領域では初期胚特有のH3K27メチル化ドメインが形成されていました(図3)。

3Dゲノム構造・ヒストン修飾におけるH3K9メチル化欠損細胞と初期胚間の類似性の図

図3 3Dゲノム構造・ヒストン修飾におけるH3K9メチル化欠損細胞と初期胚間の類似性

  • (A)iMEFにおけるCTCF結合領域周辺の初期胚でのインシュレーションスコア解析。スコアが低いほど強いTAD境界を示す。H3K9メチル化欠損で生じるCTCF結合領域は、初期胚でTAD境界として機能する。一方、H3K9/K27メチル化欠損で生じるCTCF結合領域はTAD境界としては機能しない。
  • (B)iMEFでH3K9/K27メチル化欠損によりCTCF結合が上昇する領域のヒストン修飾プロファイル。H3K9メチル化欠損によりH3K27メチル化が上昇しH3K27メチル化メガドメインが形成される。このドメインは初期胚でも観察され、CTCF結合も抑制されている(赤枠)。初期胚のこの領域では、H3K9メチル化だけでなくH3K27メチル化がメガドメインを形成することによりCTCFの結合をより強固に抑えている可能性を示唆する。kb、Mb:ゲノムサイズの単位。1kb(キロベース)は1,000ヌクレオチド、1Mb(メガベース)は100万ヌクレオチド。

以上のことから、哺乳類ではH3K9メチル化状態を発生段階に応じて変動させ、段階特異的なCTCF結合プロファイルを形成することで、3Dゲノム構造や遺伝子発現を制御していることが示されました。H3K9メチル化が弱まる場合でも、転写が不活性なゲノム領域ではH3K27メチル化が代替的に機能し、異常な3Dゲノム形成を防いでいました。さらに、抑制性クロマチン修飾は、トランスポゾンによってゲノム中に散在する異なる部位におけるCTCF結合部位を潜在化させ、不要なTAD境界や3Dゲノムの変化を抑制していました。これらの修飾状態の変化は、細胞種特異的なCTCF結合プロファイルや、それに伴う3Dゲノム構造・遺伝子発現パターンの多様性を生み出す可能性があります。

今後の期待

本研究により、抑制性クロマチン修飾がCTCFの結合を阻害することで、ゲノム上の潜在的なCTCF結合部位を覆い、CTCFが結合しないように防いでいることが明らかになりました。また、抑制性修飾の状態を変えることで、発生段階や細胞種特有のCTCF結合パターンが新たに形成されることも示されました。H3K9メチル化の低下は、老化やがんなどさまざまな病態で報告されており、その一因としてH3K9メチル化低下に伴う異常なCTCF結合が関与している可能性があります。さらに、H3K9メチル化が低下した細胞では、H3K27メチル化がバックアップ機構として働く可能性が示唆されますが、この状態でH3K27メチル化も低下すると、より深刻な3Dゲノム異常や疾患の発症につながるかもしれません。本研究の知見は、そのような病態における分子機序の理解に貢献すると期待されます。

また、CTCF以外にも、抑制性クロマチン修飾によって結合が抑えられている転写因子が存在する可能性があります。研究チームが作製したH3K9およびH3K27メチル化欠損細胞は、こうした未知の因子や調節機構の解明に有用なツールとなる可能性があります。

補足説明

  • 1.空間的ゲノム構造(3Dゲノム)
    細胞核内でのゲノムの立体的な配置や折り畳み構造であり、遺伝子発現やクロマチン制御に重要な役割を果たす。
  • 2.クロマチン修飾
    ヒストン(タンパク質)やDNAへの化学修飾によりクロマチン(染色体)構造や遺伝子発現状態を制御する仕組みであり、転写因子結合や3Dゲノム構造の形成にも影響する。
  • 3.クロマチンタンパク質CTCF
    インスレーター因子としてゲノム上の特定配列に結合し、ループ形成やTAD境界の維持を介して3Dゲノム構造と遺伝子発現の制御に重要な役割を果たす。
  • 4.TAD
    ゲノム上で物理的に近接し、内部で相互作用が頻繁に起こる領域であり、TAD境界はCTCFやコヒーシン(染色体接着因子)などによって形成・維持される。TAD構造は遺伝子発現制御やエンハンサー-プロモーター相互作用の特異性に重要である。TADはTopologically Associated Domainの略。
  • 5.H3K9メチル化
    ヒストンH3の9番目のリジン残基に付加されるメチル基修飾で、ヘテロクロマチン形成や転写抑制に関与する代表的な抑制性クロマチン修飾である。H3K9メチル化は特に反復配列やトランスポゾン(補足説明[10]参照)のサイレンシング(抑制)に重要で、ゲノム安定性維持に寄与する。
  • 6.H3K27メチル化
    H3K27は、ヒストンH3の27番目のリジン残基に付加されるメチル基修飾で、主にポリコーム(Polycomb)群タンパク質複合体(PRC2)によって触媒される抑制性クロマチン修飾である。H3K27メチル化は発生過程や細胞分化における発現制御遺伝子を長期的に抑制し、細胞の運命決定やエピジェネティックな記憶に重要な役割を果たす。
  • 7.RNA-seq
    次世代シーケンサーを用いて細胞や組織の全転写産物を網羅的に解析する手法であり、遺伝子発現量の定量や転写産物の構造解析、新規転写産物の同定などに利用される。
  • 8.ChIP-seq
    特定のタンパク質やヒストン修飾が結合しているゲノム領域を特異的に回収し、次世代シーケンサーで解析する手法で、転写因子結合部位やクロマチン修飾パターンを網羅的に同定するのに用いられる。
  • 9.Hi-C
    ゲノム全体の3次元構造を解析する技術で、クロマチンの接触頻度を網羅的に測定することで、染色体間や染色体内の相互作用やループ構造、TADなどの空間的配置を明らかにする。
  • 10.トランスポゾン
    ゲノム中を動くことができるDNA配列のこと。コピーして別の場所に挿入されたり、自らを切り取って移動したりすることで、ゲノムの進化や遺伝子の調節に影響を与える。マウス・ヒトのゲノムの半分近くはトランスポゾン由来の配列から成る。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「細胞分化にともなうクロマチンポテンシャルの変化とその分子基盤(研究代表者:眞貝洋一、18H05530)」、同基盤研究(A)「ヘテロクロマチン形成・維持の分子機構の解明(研究代表者:眞貝洋一、22H00413)」、同学術変革領域研究(A)「機動性ゲノムの認識機構の実体と種特異的応答の解明(研究代表者:眞貝洋一、25H01302)」、同若手研究「高次クロマチンのマクロ構造の制御機構の解明(研究代表者:福田渓、22K15044)」、理研・新領域開拓課題「Genome building from TADs /ゲノム構築原理の理解に向けて」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Kei Fukuda, Chikako Shimura, Yoichi Shinkai, "H3K27 and H3K9 methylation mask potential CTCF binding sites to maintain 3D genome integrity", Genome Research, 10.1101/gr.280732.125

発表者

理化学研究所
開拓研究所 眞貝細胞記憶研究室
主任研究員 眞貝 洋一(シンカイ・ヨウイチ)
客員研究員 福田 渓(フクダ・ケイ)
テクニカルスタッフⅠ 志村 知古(シムラ・チカコ)

福田 渓 客員研究員の写真 福田 渓
眞貝 洋一 主任研究員の写真 眞貝 洋一

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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