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2025年11月3日

理化学研究所

電場と温度勾配が駆動する新しいホール効果の発見

-キラル物質における特異な非線形熱電効果を実証-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 動的創発物性研究チームの野本 哲也 特別研究員、賀川 史敬 チームディレクター、強相関物質研究グループの吉川 明子 上級技師、量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス理論研究チームの仲澤 一輝 研究員、神戸大学 大学院理学研究科物理学専攻の山口 皓史 特命助教(理研 創発物性科学研究センター スピン物性理論研究チーム 客員研究員)の共同研究グループは、キラル物質[1]において電場と温度勾配の共存によって生じる新しいホール効果(電流の向きが曲がる現象)を発見しました。

本研究成果は、熱の流れの制御や廃熱を使った発電などに役立つ新たな熱電効果の開拓に貢献すると期待されます。

今回、共同研究グループは、キラルな結晶構造を持つ半導体テルルを対象に、結晶に温度勾配と電場を同時にかけると、それぞれの大きさに比例したホール電圧が発生する"非線形キラル熱電ホール効果"と呼ばれる現象が起こることを実験的に示しました。また、結晶キラリティ(結晶掌性)に応じて符号が変化するなど、通常の磁場によるホール効果にはないユニークな特徴があることも明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(11月3日付:日本時間11月3日)に掲載されます。

キラル熱電ホール効果の模式図の画像

キラル熱電ホール効果の模式図(▽T:温度勾配、E:電場、JNCTE:ホール電流)

背景

金属や半導体などの物質に温度勾配を与えると起電力が生じたり、逆に物質に電場を与えると温度勾配が発生したりする現象を、一般に熱電効果と呼びます。熱電効果は温度センサーや冷却器、発電モジュールなど、さまざまな電子デバイスで応用されており、新しい熱電効果の発見はより高性能で多機能な熱電デバイス開発に役立つと期待されています。

最近、新しい熱電効果の探索の舞台として"キラル物質"と呼ばれる物質に注目が集まっています。キラル物質では、与えた温度勾配や電場に対して熱電信号が単純な比例をせず、複雑な振る舞いをする非線形熱電効果[2]と呼ばれる特殊な輸送現象が起こることが理論研究によって予測されています。このような非線形熱電効果は、物質中の電子の波の隠れた性質(量子幾何[3])を探るための手段として興味深いだけでなく、熱を一方向に流す熱ダイオード効果など、多様な応用が可能であることから近年精力的に研究されています。しかしながら、キラル物質においてこのような特異な熱電効果が実験的に実証された例はなく、その実在性については明らかになっていませんでした。

本研究では、理論的に提案された非線形熱電効果の一つである、"非線形キラル熱電ホール効果"と呼ばれる現象に注目しました。この効果は、物質に電場と温度勾配という外場を同時に与えた際、二つの外場に垂直な方向に電圧が発生する現象です。共同研究グループはキラル物質特有の非線形熱電効果が存在することを確かめるため、この効果の実験観測に挑戦しました。

研究手法と成果

共同研究グループは、非線形キラル熱電ホール効果の観測のため、単体テルル(Te)結晶に注目しました。Teはらせん状の結晶構造を持った典型的な半導体であり(図1a)、トポロジカル材料[4]として以前から研究されてきた物質です。Teはキラル物質の代表例であり、らせんの巻き方の違いで右手系と左手系の二つのペアを持ちます(図1b)。最近の理論予測注)により、室温付近でも比較的大きな熱電応答を示すことが予測されており、非線形キラル熱電ホール効果の検証舞台として期待できます。

テルルの結晶構造の図

図1 テルルの結晶構造

(a)テルルの結晶構造の側面図。(b)テルルの左手系と右手系の結晶概念図。らせんの巻き方が異なる二つの結晶が存在する。

本効果の測定のため、非線形キラル熱電ホール効果を測定する新しい測定装置を開発しました(図2a)。この装置を用いることで、単結晶試料に垂直な温度勾配を与えながら横方向の電圧(ホール電圧)を測定することができます。

温度勾配の向きを周期的に反転させながらTeのホール電圧を測定したところ、温度勾配を与えたときにマイクロボルト(μV、1μVは100万分の1ボルト)程度の電圧信号が観測されました(図2b)。この電圧信号は、温度勾配の向きが反転するとその符号が反転し、また勾配を大きくすると信号強度が増大することが分かりました。また、試料に流している電流の大きさを増やすことでもホール電圧は増大しました。温度勾配と電流に対する信号強度の振る舞いは、理論的に予測された非線形キラル熱電ホール効果の特徴とよく合致していました。

キラル熱電ホール効果の観測の図

図2 キラル熱電ホール効果の観測

(a)開発した測定装置の概略図。試料に垂直な温度勾配を与えながらホール電圧を測定できる。(b)ホール電圧の測定結果。結晶の上下に温度差が存在する(上図青線)と、μV程度のホール電圧が発生する(下図赤線)。温度差の向きが反転するとホール電圧の符号も反転する。

このホール効果は、磁場がない状態でも観測が可能であり、ローレンツ力(磁場から受ける力)などで発生する通常のホール効果などとは明確に異なる特徴を有しています。観測された信号を第一原理計算[5]などで予測された値と比較したところ、実験値と理論値は良い一致を見せることが分かりました。

次に共同研究グループは、結晶キラリティと観測信号の関係を調べるために、結晶キラリティの異なる二つの結晶を用いて測定を行いました。その結果、異なるキラリティを持つ結晶間では、観測される信号の符号が逆転することが分かりました(図3)。これは今回観測されたホール信号が、結晶のキラリティと関連した現象であることを強く示唆する結果です。これらの観測結果により、キラル物質中で特殊な熱電効果が実現することが実験的に実証されたことになります。

  • 注)K. Nakazawa et al., Phys. Rev. Materials 8, L091601 (2024)
ホール信号のキラリティ依存性の図

図3 ホール信号のキラリティ依存性

結晶のキラリティを逆転させると、温度勾配によって生じるホール信号の符号(左下の赤の線、右下の青の線)が逆転することが分かる。

今後の期待

本研究では、理論的に提唱されてきたキラル物質における非線形熱電効果が、観測可能な現象であることを明らかにしました。これは新しい熱電効果の発見であり、基礎物理学的に重要な成果です。さらに、この成果は応用面でも大きな可能性を秘めています。非線形熱電効果の理解が進めば、電子デバイス内部の熱の制御や、廃熱を利用したエネルギー変換といった新しい技術につながります。具体的には、スマートフォンやCPU(中央演算処理装置)での発熱抑制、廃熱を電力に変える発電モジュールの開発などが期待されます。キラル物質を舞台とした本研究は、今後の熱電科学の発展を後押しし、エネルギー利用や熱管理技術の革新に大きく貢献すると見込まれます。

補足説明

  • 1.キラル物質
    分子や結晶の形が"右手"と"左手"のように鏡に映した姿と重ならない物質のこと。結晶が右手系か左手系かどちらに属するのかをキラリティ自由度、または掌性と呼ぶ。同じ元素・組成でも、右手系と左手系とで性質の向きや符号が変化する場合がある。本研究で扱うテルルの結晶はらせん状で、巻き方向の違いによって右手系/左手系が存在し、観測される信号の符号にも影響する。
  • 2.非線形熱電効果
    与えた温度勾配や電場に対して、出てくる信号が単純な"比例"にならず、強さの2乗や組み合わせ(例:電場Eと温度勾配∇Tの積や外積(ベクトルの積))で決まるような効果の総称。特に反転対称性を持たない物質ではこうした非線形応答が現れやすい。本研究の「非線形キラル熱電ホール効果」は、電場と温度勾配を同時に与えたとき、二つの外場に垂直な方向に電圧が生じるという非線形応答を指す。
  • 3.量子幾何
    物質中の電子は単なる粒子ではなく「波」としての性質を持つ。その波の形(波動関数)の「曲がり方」や「広がり方」を幾何学的に捉えたものを、量子幾何と呼ぶ。本研究で観測された「キラル熱電ホール効果」も、電子の波の量子幾何的な性質によって生じる現象と考えられている。
  • 4.トポロジカル材料
    電子の振る舞い(バンド構造)が"トポロジー(位相幾何学)"で特徴付けられる材料の総称。散乱に強い表面・端状態や、ベリー曲率(電子状態のトポロジーに由来する物理量)に起因する独特の輸送現象など、通常の材料とは異なる特異的な性質を示す。
  • 5.第一原理計算
    実験に合わせた経験的なパラメータを用いず、原子の種類と配置だけを入力し、量子力学の方程式を数値的に解くことにより結晶や分子などの物質特性を予測する方法。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「トポロジカル磁気構造が誘起する量子輸送現象(研究代表者:仲澤一輝、21K13875)」「有機トポロジカル絶縁体の物質探索と強相関性がもたらす次元変化現象の解明(研究代表者:野本哲也、23K13054)」「『拡張スピン流』の輸送特性とそれに起因する多極子のダイナミクス(研究代表者:山口皓史、21K14526)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Tetsuya Nomoto, Akiko Kikkawa, Kazuki Nakazawa, Terufumi Yamaguchi, Fumitaka Kagawa, "Observation of the chiral thermoelectric Hall effect in tellurium", Nature Physics, 10.1038/s41567-025-03073-7

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター
動的創発物性研究チーム
特別研究員 野本 哲也(ノモト・テツヤ)
チームディレクター 賀川 史敬(カガワ・フミタカ)
強相関物質研究グループ
上級技師 吉川 明子(キッカワ・アキコ)
量子コンピュータ研究センター
半導体量子情報デバイス理論研究チーム
研究員 仲澤 一輝(ナカザワ・カズキ)

神戸大学 大学院理学研究科物理学専攻
特命助教 山口 皓史(ヤマグチ・テルフミ)
(理研 創発物性科学研究センター スピン物性理論研究チーム 客員研究員)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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