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2026年8月7日

理化学研究所
科学技術振興機構(JST)

自己修復性超分子ヒドロゲルの開発に成功

-新しい分子設計がもたらす超精密ナノ構造-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チームの上田 彩果 研究員(開拓研究所 伊丹分子創造研究室 研究員)、伊丹 健一郎 チームディレクター(同主任研究員)らの国際共同研究グループは、π(パイ)拡張芳香族分子[1]を組み込んだ短いペプチドが、水中で自発的に集合し、壊れても元に戻る自己修復性超分子ヒドロゲル[2]を形成することを発見しました。

本研究成果は、水やイオンを選択的に通すナノチャネル材料、外部電場に応答する材料、圧電性を有するソフトマテリアル、細胞や生体分子と相互作用するバイオマテリアルなどの開発への貢献が期待されます。

国際共同研究グループは、水中で高秩序なナノ構造を形成可能な新たな分子設計により自己修復性超分子ヒドロゲルの開発に成功しました。また、このヒドロゲルを構成するナノファイバーの内部構造を原子レベルに迫る分解能で明らかにしました。その結果、ペプチド分子が極めて規則正しく積み重なり、ナノファイバーの内部に水分子を含むチャネル構造[3]が形成されていることを発見しました。分子の向きがそろって配列することで、ファイバー全体に分極(電気的な偏り)[4]が生じることも明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(8月1日付)に掲載されました。

本研究で開発した自己修復性ヒドロゲルの超分子構造の図

本研究で開発した自己修復性ヒドロゲルの超分子構造(created by Dr. Issey Takahashi)

背景

分子は、適切に設計すると、水中で自ら規則正しく並び、ナノサイズ(10億分の1メートルサイズ)の繊維やチューブなどの構造をつくることがあります。このような「自己組織化」は、生物の体内でも見られる基本的な現象であり、近年では医療材料や電子材料など、新しい機能性材料をつくるための重要な設計原理として注目されています。中でも、アミノ酸がつながったペプチドは、生体を構成する分子に近く、水となじみやすいため、ヒドロゲルなどの柔らかい材料をつくる分子として広く研究されています。

ペプチドが集合する際には、水素結合に加え、芳香環同士が引き合うπ相互作用[5]が重要な役割を果たします。ペプチドの末端に大きな芳香族分子を導入する方法により、π相互作用を強めて丈夫なヒドロゲルをつくることができます。一方で、ペプチドの末端構造がふさがれてしまうため、末端が本来持つ電荷や水分子との相互作用を十分に利用できないという課題がありました。

国際共同研究グループは、ペプチドの末端構造を残せば、ペプチド末端が持つ水との相互作用と、π拡張芳香族分子が有する強い集合力を同時に生かし、水中で高秩序なナノ構造を形成できるのではないかと考え、新たな分子設計に挑みました(図1)。

自己集合ペプチドの設計戦略と今回のジペプチドの図

図1 自己集合ペプチドの設計戦略と今回のジペプチド

π拡張された芳香族分子とペプチド末端の性質を併せ持つ構造設計を行い、本研究のジペプチドが合成された。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、フェニルアラニンとグルタミンから成る短いペプチド(ジペプチド)に、強いπ相互作用を示す拡張芳香族分子ピレン[6]を側鎖として導入した新しいジペプチドFQ(Pyr)を設計・合成しました(図2a上右)。また、比較対象として、小さな芳香族分子ベンゼン[7]を導入したジペプチドFQ(Ph)も合成しました(図2a上左)。

ジペプチドゲルの性質の図

図2 ジペプチドゲルの性質

  • (a)ジペプチドゲルの特徴。左は小さな芳香族(ベンゼン)のみから成るFQ(Ph)でつくられたゲル、右は拡張芳香族分子ピレンを含むFQ(Pyr)からつくられたゲル。
  • (b)ゲル内部の電子顕微鏡画像。上図はFQ(Ph)のゲルのファイバー画像。ファイバーの太さはバラついており、ファイバー自体も高剛性である。下図はFQ(Pyr)のゲルのファイバー画像。均一な太さで、かつファイバー全体も柔軟な性質を持っている。μm:マイクロメートル(1μmは100万分の1メートル)、nm:ナノメートル(1nmは10億分の1メートル)。

FQ(Pyr)を水溶液中に入れ、水溶液の水素イオン指数(pH)を変化させると、分子は自発的に集まり、均一ならせん状ナノファイバーを形成しました(図2b下)。これらのナノファイバーが3次元的に絡み合うことで、透明なヒドロゲルが形成されました(図2a中右)。FQ(Ph)と比べると、FQ(Pyr)ははるかに低い濃度でゲルを形成し、より均一なナノファイバー構造をつくることが分かりました。また、FQ(Pyr)ヒドロゲルは、外から力を加えて一度壊しても、時間が経つと再び均一なゲル状態に戻る自己修復性を示しました(図2a下右)。これは、π拡張芳香族分子による強いπ相互作用と、ペプチド末端や水分子を介した可逆的な相互作用が協調して働くためと考えられます。

クライオ電子顕微鏡(低温電子顕微鏡)[8]を用いて、FQ(Pyr)ナノファイバーの立体構造を1.7オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)という原子レベルに迫る分解能で決定しました(図3)。これは、合成超分子材料の構造解析としては世界最高水準の精度です。得られた構造から、ナノファイバーは直径約100Å(10nm)のらせん状構造を持ち、その内部には中央の直径約15Å(1.5nm)の1本のチャネルと、周囲の直径約8Å(0.8nm)の4本のチャネルから成る、合計5本の水チャネル構造が存在することが明らかになりました。特に注目すべき点は、これらのチャネル内に水分子が無秩序に存在しているのではなく、ペプチド末端との相互作用によって規則正しく配置されていたことです。つまり、このヒドロゲルのナノファイバーは、単なる分子の集合体ではなく、内部に水の通り道を持つ、精密に組み上げられた分子ナノ構造体であることが分かりました。

クライオ電子顕微鏡で見たFQ(Pyr)ゲルのファイバー構造の図

図3 クライオ電子顕微鏡で見たFQ(Pyr)ゲルのファイバー構造

  • (a)ナノファイバーを側面から見た構造。白、緑、オレンジで示すのはジペプチド部分。赤色の丸は水分子の酸素を示す。
  • (b)ナノファイバーの縦断面図構造。構造が層状に積み重なっている様子が分かる。
  • (c)密度マップ中に観察されたFQ(Pyr)、構造モデルに組み込まれたFQ(Pyr)、およびその化学構造式。

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構造解析の結果、FQ(Pyr)分子は、ピレン部分同士およびベンゼン部分同士の強いπ相互作用によって縦方向に積み重なっていました(図4左)。さらに、ペプチド骨格や側鎖のアミド基[9]による水素結合、ペプチド末端構造と水分子を介した水素結合ネットワークが組み合わさることで、らせん状ナノファイバー全体が安定化されていました(図4右)。これら三つの相互作用が協調して働くことで、原子レベルで整ったらせん状ナノファイバー構造と、高強度かつ自己修復性を備えたヒドロゲルが実現したと考えられます。

ファイバー構造をつくる相互作用の図

図4 ファイバー構造をつくる相互作用

広範なπ相互作用(赤)に加え、アミド基部分の水素結合(緑)および水分子を介した水素結合(青)によって安定化されている。

また、ペプチド分子の極性基が同じ方向にそろって配列しているため、ナノファイバー全体に一方向の分極が生じていることも明らかになりました。これは、分子一つ一つの向きが、材料全体の電気的性質につながり得ることを示す重要な発見です。

今後の期待

本研究で開発したヒドロゲルは、ペプチド末端が持つ極性を残したまま、π拡張芳香族分子によって分子同士の相互作用を強めることで、高い秩序と機能を持つため、生体材料のような柔らかさと、電子的機能を兼ね備えており、新しいソフトマテリアルの創製につながる可能性があります。この設計戦略は、今回のFQ(Pyr)に限らず、さまざまなペプチドや芳香族分子へ応用できる可能性があります。

また、本研究で明らかになった水分子を含むチャネル構造や一方向の分極構造[4]は、これまでの柔らかい材料では実現が難しかった機能につながる可能性があります。例えば、水やイオンを選択的に通すナノチャネル材料、外部電場に応答する材料、圧電性を有するソフトマテリアル、細胞や生体分子と相互作用するバイオマテリアルなどへの展開が期待されます。

さらに、本研究は、クライオ電子顕微鏡がタンパク質などの生体分子だけでなく、合成された超分子材料の構造を原子レベルで明らかにする強力な手法となることも示しました。今後、分子設計、構造解析、機能評価を組み合わせることで、生体材料の柔らかさと合成分子材料の精密性を併せ持つ、新しい機能性ソフトマテリアルの開発が加速すると期待されます。

補足説明

  • 1.π(パイ)拡張芳香族分子
    ベンゼン([7]参照)環などの芳香族環を広くつなげ、大きな平面構造を持つ有機分子。
  • 2.ヒドロゲル
    水を含む柔らかい高分子材料。水によくなじむ物質がナノサイズの3次元網目構造を形成すると、網目の中に閉じ込められた水分子は流動性を失い、系全体は固体状になる。身近な例として、寒天・ゼリー・豆腐・こんにゃくなどが挙げられる。医療材料、細胞培養基材、体内で薬を目的の場所まで運ぶドラッグデリバリー材料などへの応用が期待されている。
  • 3.チャネル構造
    物質内部に形成されたトンネル状または筒状の空間構造。分子やイオンが内部を通過したり取り込まれたりする経路として機能し、分離材料や触媒、イオン伝導材料などに利用される。
  • 4.分極(電気的な偏り)、分極構造
    分子内または物質中で電子や電荷が一方向に偏ることを分極と呼ぶ。その結果、正電荷と負電荷が空間的に偏って配置された状態を分極構造という。また、分極した分子を極性分子という。
  • 5.π相互作用
    芳香環などが持つπ電子同士、あるいはπ電子とイオン・極性分子との間に働く非共有結合性相互作用。
  • 6.ピレン
    四つのベンゼン環が縮合した多環芳香族炭化水素。平面性が高く、電子が広い範囲を自由に動ける構造である強いπ共役系を持つ。
  • 7.ベンゼン
    分子式C6H6で表される、炭素6原子が正六角形に結合した芳香族炭化水素。
  • 8.クライオ電子顕微鏡(低温電子顕微鏡)
    試料を急速に凍結して極低温で観察する電子顕微鏡法。試料本来の構造を保ったまま高い分解能で観察できるため、タンパク質やウイルスなどの生体分子やナノ材料の構造解析に広く用いられている。
  • 9.アミド基
    カルボン酸(-COOH)のヒドロキシ基(-OH)がアミノ基(-NH2など)に置き換わった構造、またはその官能基(-CONH-など)を持つ化合物。タンパク質中のペプチド結合もアミド結合の一種であり、医薬品や高分子材料にも広く含まれる。

国際共同研究グループ

理化学研究所
環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム
チームディレクター 伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)
(開拓研究所 伊丹分子創造研究室 主任研究員)
研究員 上田 彩果(ウエダ・アヤカ)
(開拓研究所 伊丹分子創造研究室 研究員)
開拓研究所 伊丹分子創造研究室
研究員 天池 一真(アマイケ・カズマ)
(環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム 研究員)
特別研究員 河野 英也(コウノ・ヒデヤ)
(環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム 特別研究員)

ミュンスター大学(ドイツ)ソフトナノサイエンス研究所
教授・共同所長 バート・ヤン・ラボー(Bart Jan Ravoo)
教授・共同所長 クリストス・ガソギアニス(Christos Gatsogiannis)
大学院生(研究当時)ジョージ・ブルツァキス(George Broutzakis)
研究員 アレクサンダー・ノイハウス(Alexander Neuhaus)
大学院生 デイヴィッド・エンス(David Ens)
大学院生 ドミニク・メールマン(Dominik Mählmann)
大学院生(研究当時)リーザ・シュリヒター(Lisa Schlichter)

名古屋大学 大学院理学研究科
教授 八木 亜樹子(ヤギ・アキコ)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業ASPIRE「カーボンを基盤とした材料・生体インターフェイス科学(研究代表者:伊丹健一郎、JPMJAP2508)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「分子ナノカーボンバイオロジーの開拓(研究代表者:伊丹健一郎、JP25H00429)」、同国際共同研究加速基金(国際先導研究)「動的元素効果デザインによる未踏分子機能の探究(研究代表者:山口茂弘、研究分担者:八木亜樹子、JP22K21346)」による助成を受けて行われました。
特に、科学技術振興機構(JST)ASPIREプログラムの支援がラボ-教授およびガソギアニス教授のチームとの研究協力関係をより深め、研究進捗を加速させました。

原論文情報

  • Ayaka Ueda, George Broutzakis, Alexander Neuhaus, David Ens, Dominik Mählmann, Lisa Schlichter, Hideya Kono, Akiko Yagi, Kazuma Amaike, Christos Gatsogiannis, Bart Jan Ravoo, and Kenichiro Itami, "Atomic-precision π-driven peptide hydrogel nanofibers with ordered water channels", Nature Communications, 10.1038/s41467-026-75984-9

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム
チームディレクター 伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)
(開拓研究所 伊丹分子創造研究室 主任研究員)
研究員 上田 彩果(ウエダ・アヤカ)
(開拓研究所 伊丹分子創造研究室 研究員)

JST事業に関する問い合わせ

科学技術振興機構 国際部 先端国際共同研究推進室
荒川敦史(アラカワ・アツシ)
Tel: 03-6261-1994
Email: aspire@jst.go.jp

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理化学研究所 広報部 報道担当
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