2026年10月2日
理化学研究所
大阪公立大学
慶應義塾大学先端生命科学研究所
肝疾患の重症化に伴う腸内細菌叢の「シフト」を解明
-エネルギー地形解析で見える肝臓と腸内微生物群集のつながり-
理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター 統合情報開発室の鈴木 健大 研究員、桝屋 啓志 室長、大阪公立大学 大学院医学研究科の大谷 直子 教授、同大学院生活科学研究科の藤井 英樹 教授、慶應義塾大学 先端生命科学研究所の福田 真嗣 特任教授らの共同研究グループは、脂肪肝に伴う炎症の重症度の変化に伴い腸内細菌叢(さいきんそう)がどのように再編されるか(腸内細菌叢の「シフト」)を、環境因子を扱う拡張型のエネルギー地形解析[1]を用いて明らかにしました。
この解析に基づいた評価方法は、肝疾患に関わる微生物バイオマーカー[2]の探索や、病態に応じた予防・介入法の開発に貢献すると期待されます。
今回、共同研究グループは、成人104人の腸内細菌叢データと、脂肪肝炎の活動度を評価する非侵襲的指標の一つであるFASTスコア[3]の統合解析を行いました。その結果、FASTスコアの高低に対応する特徴的な腸内細菌叢の状態が存在し、重症化とともに腸内細菌の多様性が単純に減るのではなく、複数の細菌の組み合わせが入れ替わる「群集の再編」として現れることを明らかにしました。さらに、個々の細菌が特定の群集状態とどの程度強く結び付くかを示す群集形成指数(CSI)[4]という指標を新たに開発し、肝疾患の状態と腸内細菌叢の群集組成をつなぐ細菌の候補を特定することに成功しました。
本研究成果は、腸内細菌叢を単一の細菌の増減や多様性の増減といった単純な特徴で捉えるのではなく、細菌同士の関係を含む「群集の状態」という新たな枠組みで評価することで、肝疾患に関連する群集の特徴をより的確に抽出できることを示しました。
本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(9月25日付)に掲載されました。
本研究で特定した細菌叢シフトの概要
背景
代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)[5]は、世界の成人のおよそ4人に1人以上がかかるとされる代表的な慢性肝疾患です注1)。病態は脂肪肝から肝炎、線維化、肝硬変、肝がんへと広がり得るため、体への負担が少ない方法で早期に病態を把握し、重症化リスクを評価することが重要です。そうした方法の一つとして、FASTスコアは、超音波を利用した肝臓の硬さの測定と脂肪量、肝臓障害のマーカーとなる血液中のAST値を組み合わせることで、脂肪肝炎の活動性や線維化を迅速かつ非侵襲的に評価できます。
一方、腸と肝臓は門脈という太い血管や胆汁酸の循環などを通じて密接につながっており、この「腸肝軸[6]」を介して腸内細菌叢がMASLDを起点とした、肝線維化、肝硬変の進行に関わると考えられています注2)。これまでの研究では、疾患群と健康群の間で、増減する細菌や、細菌叢の多様性の違いが主に調べられてきました。しかし、このようなグループ間の比較では、病態の進行に伴って群集全体がどのように変化していくかを十分に捉えられません。
そこで共同研究グループは、細菌の組み合わせを一つの「群集状態」として扱うエネルギー地形解析を用い、FASTスコアの連続的な変化に伴って腸内細菌叢の状態がどのように変わるかを調べました。さらに、群集の応答をより詳しく理解するため、病態に直接反応する細菌と、病態そのものより、他の細菌の変化に反応する細菌を区別して評価することを目指しました。
- 注1)Zobair M. Younossi et al. Global epidemiology of nonalcoholic fatty liver disease-Meta-analytic assessment of prevalence, incidence, and outcomes. Hepatology. Volume 64, Issue 1 pp. 73-84, 28 December 2015.
- 注2)Foucher J, Chanteloup E, Vergniol J, et alDiagnosis of cirrhosis by transient elastography (FibroScan): a prospective studyGut 2006;55:403-408.
研究手法と成果
研究には大阪公立大学で取得された171人のデータを利用し、腸内細菌叢に影響を与える薬剤を使っていないこと、便試料の16S rRNA遺伝子解析[7]の品質が近いことなどを条件に、最終的に104人のデータを解析の対象としました。腸内細菌の状態(群集組成)を表すために、16S rRNA遺伝子解析で各参加者に共通して出現する58分類群を利用しました。
エネルギー地形解析では、各細菌の存在・不在の組み合わせを群集状態として表し、各状態のエネルギーを数理モデルで推定します。モデルはFASTスコアと各細菌の関係および細菌同士の関係を含み、この関係による制約の下、低いエネルギーを持つ状態ほど、出現確率が高く観測されやすい群集状態となります。つまり、この解析で得られる「エネルギー地形」では、群集状態の安定性があたかも地形のように表現されます。
データ提供参加者のFASTスコアは、一般的な高低の範囲を網羅しているため、データから推定されるエネルギー地形は腸内細菌叢の群集組成の安定性がFASTスコアによってどう変化するかを表します。この地形を、FASTスコアの低い側から高い側へ調べ、代表的な群集状態に対応するエネルギー極小状態(エネルギーが局所的に低くなる状態)を探索しました(図1)。
図1 本研究で得られたエネルギー地形と代表的な群集組成
- (上)研究参加者のFASTスコアから推定したエネルギー地形。FASTスコアに対して、群集状態の安定性を表現した「地形」が連続的に与えられ、低FAST型、中間FAST型、高FAST型の状態群に整理できる。群集の状態は、そのエネルギーと組成の連続性に従ってC1(C1.1、C1.2、C1.3)、C2(C2.1、C2.2)のようにグループ化されている。各グループを異なる色で区別した。
- (下)低FAST型の状態(C1(C1.1、C1.2、C1.3))はAnaerostipes hadrus、Bacteroides massiliensis、Subdoligranulum属細菌などが特徴的。中間から高FAST型の状態(C5(C5.1、C5.2、C5.3、C5.4、C5.5))はRuminococcus gnavusグループに含まれる細菌が広く出現し、最高FASTスコアの状態(C8(C8.1))ではStreptococcus salivariusの存在が特徴的だった。
FASTスコアに沿って代表的な群集状態を調べたところ、組成の類似性に基づいて、低FAST型、中間FAST型、高FAST型の状態群に整理できました。低FAST型の状態(図1のC1)では、Anaerostipes hadrus、Bacteroides massiliensis、未分類のSubdoligranulum属細菌(以下Subdoligranulum)などの存在が特徴的でした。これに対して、中間から高FAST型の状態(図1のC5)では、未分類のRuminococcus gnavusグループに含まれる細菌(以下R. gnavus)が広く現れ、最も高いFASTスコアに対応する状態(図1のC8)ではStreptococcus salivarius(以下S. salivarius)の存在が特徴的でした。
一方、種数、Shannon指数[8]、Simpson指数[8]といった一般的な多様性指標は、FASTスコアと有意な相関を示しませんでした。従って、肝疾患の重症度に伴う変化は、「細菌の種類が一様に減る」といった単純な多様性の変化ではなく、特定の細菌の組み合わせが別の組み合わせへ置き換わる群集構造の再編として捉える必要があることが示唆されます。
さらに、共同研究グループは群集構造の再編と細菌の関係をより詳しく明らかにするため、個々の細菌が特定の群集状態とどれほど強く結び付くかを定量化する群集形成指数(CSI)を開発し、探索型因果構造解析(FASK)[9]と組み合わせた解析を行いました(図2)。
図2 本研究で得られた群集組成、分類群、肝機能の関係
群集形成指数(CSI)について、低FAST型群集状態ではSubdoligranulumが、中間・高FAST型群集状態ではR. gnavusが高い値を示した。また、この2種には強い排他的関係が示唆された。肝機能の障害との関連が報告されているS. salivariusは、その出現がFASTスコアに依存する傾向が最も強く、CSIも高い値を示した。
低FAST型の群集状態では、Subdoligranulumが高いCSIを示しました。因果解析では、この細菌がFASTスコアと群集構造の両方の上流に位置する関係が推定されました。Subdoligranulum属には酪酸産生菌が含まれ、腸管バリアや抗炎症作用との関係が報告されています。この結果は、同細菌が健康な肝機能の維持と低FAST型群集の形成の双方に積極的な役割を果たす可能性を示します。
中間から高FAST型の群集状態では、R. gnavusが高いCSIを示し、Subdoligranulumとは強い排他的関係が示されました。この結果は、この二つの分類群が、低FAST型と中間・高FAST型の群集状態を分ける対照的な位置を占める可能性を示唆します。ただし、因果解析ではR. gnavusとFASTスコアまたは群集構造の間に一貫した因果関係は検出されませんでした。
S. salivariusは、その出現がFASTスコアに依存する傾向が最も強く、またCSIも高い値を示しました。因果解析では、S. salivariusがFASTスコアと群集構造の両方の上流に位置する関係が推定されました。S. salivariusは、肝硬変、進行した肝線維化、代謝機能障害関連脂肪肝炎などとの関連が過去に報告されています。本研究は、この細菌が重い肝疾患だけでなく、脂肪肝炎が進行した状態を反映する高FAST型の腸内細菌叢の形成にも結び付く可能性を示しました。
今後の期待
本研究は、腸内細菌叢と臨床指標の関係を、予測、群集状態の分類、細菌ごとの病態との関連、細菌間ネットワークという複数の側面から、一つの数理モデルで統合して評価しました。これにより、単に疾患群で増えている細菌を探すだけでなく、病態環境を反映する細菌と、群集構造の形成に深く関わる細菌を区別して探索できます。
また、中間から高FAST型に特徴的な群集状態の一部は、臨床的に低FASTとされる範囲内から現れ始めました。臨床的な意義を判断するには、より大規模な集団での直接的な検証が必要ですが、これは腸内細菌叢の再編が既存の臨床閾値(いきち)を超える前から捉えられる可能性を示す興味深い結果です。
今後、同じ人を長期間追跡する縦断研究、腸内細菌叢や代謝物質への介入実験、ショットガンメタゲノム解析(微生物DNAの網羅的解析)、メタボローム解析(代謝物の網羅的解析)、食事・生活習慣・他の臨床指標を組み合わせることで、候補細菌が肝疾患と腸内細菌叢の変化をどのように結び付けるかを検証できます。将来的には、それぞれの腸内細菌叢の群集状態に基づく肝疾患の早期リスク評価や予防、治療につながることが期待されます。
補足説明
- 1.エネルギー地形解析
解析対象が取り得るさまざまな状態について、それらがどれほど起こりやすいか、どのように変化しやすいかを地形図のように可視化する手法。谷のように低い場所は起こりやすい状態、山のように高い場所は起こりにくい状態を示し、複雑な状態変化を直感的に表現する。本研究では、状態は、細菌種の存在・不在の組み合わせ(群集組成)として表される。それぞれの状態にエネルギーが付与され、環境や生物の関係性のもとで出現しやすい群集組成ほど低いエネルギーを持つ。エネルギー地形の谷底に当たる群集組成は、周囲の状態より安定性が高いと考えられ、安定な共存状態など、特徴的な群集組成であると考えられる。 - 2.微生物バイオマーカー
疾患の有無、重症度、治療反応などを評価するための指標となる微生物または微生物群集の特徴。 - 3.FASTスコア
超音波を用いた肝硬度、肝脂肪量の指標、および血液中のAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)値を組み合わせ、活動性の高い脂肪肝炎と線維化の可能性を非侵襲的に評価する指標。値は0から1の範囲を取る。FASTはFibroScan-ASTの略。 - 4.群集形成指数(CSI)
ある細菌が、同じ群集状態に含まれる細菌との共存しやすさ、別の状態に特徴的な細菌との共存しにくさの程度を統合し、特定の群集構造との結び付きを数値化した指標。因果効果そのものを示す指標ではない。CSIはcommunity shaping indexの略。 - 5.代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)
肥満、糖尿病などの代謝異常と関連して肝臓に脂肪が蓄積する疾患群。従来、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と呼ばれていた疾患群に対応する。炎症や線維化が進む病態はMASHと呼ばれる。MASLDはmetabolic dysfunction-associated steatotic liver diseaseの略。 - 6.腸肝軸
腸と肝臓が、門脈、胆汁酸、免疫系、微生物由来代謝物などを介して相互に影響し合う関係。 - 7.16S rRNA遺伝子解析
細菌が共通して持つ16S rRNA遺伝子の配列を読み、試料中に含まれる細菌の構成を推定する方法。 - 8.Shannon指数、Simpson指数
生態系などの生物多様性(種の豊富さと均等度)を評価するために使われる多様度指数。Shannon指数は群集の「不確実性(情報の多様さ)」を情報理論に基づいて測る指標で、種の数(豊富さ)が多く、個体数が均等に分かれているほど値が大きくなる。Simpson指数は、サンプルからランダムに二つの個体を選んだとき、それらが「異なる種である確率(または優占度)」に注目した指数で、特定の種が優占している環境では値が小さくなり、全体が均等な場合は値が大きくなる。 - 9.探索型因果構造解析(FASK)
複数の変数の統計的関係から、因果的な影響の方向を探索する解析手法。本研究ではFASK法を用いた。横断的観測データから得られる結果であり、直接的な因果関係の証明には縦断研究や介入実験が必要である。FASKはfast adjacency skewnessの略。
共同研究グループ
理化学研究所 バイオリソース研究センター 統合情報開発室
室長 桝屋 啓志(マスヤ・ヒロシ)
研究員 鈴木 健大(スズキ・ケンタ)
研究員 高野 壮太朗(タカノ・ソウタロウ)
大阪公立大学
大学院医学研究科
病態生理学
教授 大谷 直子(オオタニ・ナオコ)
講師 神谷 知憲(カミヤ・トモノリ)
研究員 武藤 芳美(ムトウ・ヨシミ)
生体恒常性調節学・肝癌治療学寄附講座
特任教授 河田 則文(カワダ・ノリフミ)
大学院生活科学研究科 生活科学専攻 食栄養学分野
教授 藤井 英樹(フジイ・ヒデキ)
慶應義塾大学 先端生命科学研究所
特任教授 福田 真嗣(フクダ・シンジ)
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業ステップタイプ(FORCE)「腸内細菌叢由来因子による肝がん微小環境の形成メカニズムの解明と予後予測・予防・治療への応用(研究開発代表者:大谷直子、JP24gm4010026)」、同革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「腸肝軸を介した腸内細菌叢が関わる肝疾患発症メカニズムの解明とその制御(研究開発代表者:大谷直子、JP22gm1010009)」、同革新的がん医療実用化研究事業「がん微小環境における細胞間ネットワークの制御による新規がん予防・治療法の開発(研究開発代表者:大谷直子、JP19ck0106260)」、同ムーンショット型研究開発事業・目標7「ミトコンドリア先制医療(プロジェクトマネージャー:阿部高明、JP21zf0127001)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「多種生命システムの安定化と機能最適化を実現する融合科学の創生(研究代表者:東樹宏和、JPMJCR23N5)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「エネルギー地形にもとづく生物多様性変化の広域予測に関する研究(研究代表者:角谷拓、JP25K02036)」「シミュレーションと深層学習の融合による生態系レジームシフト予兆シグナルの開発(研究代表者:瀧本岳、JP24K03127)」「検出誤差に対して頑健な環境DNAメタバーコーディングの進展(研究代表者:深谷肇一、JP23K26933)」、同基盤研究(A)「食がもたらす腸内細菌叢を介した健康維持基盤技術の創出(研究代表者:福田真嗣、JP26H02318)」の助成を受けて行われました。
原論文情報
- Kenta Suzuki, Tomonori Kamiya, Hideki Fujii, Sotaro Takano, Yoshimi Yukawa-Muto, Norifumi Kawada, Shinji Fukuda, Hiroshi Masuya, Naoko Ohtani, "Major microbiota transitions across liver disease progression are mediated by key taxa linking host environments and microbial communities", Scientific Reports, 10.1038/s41598-026-71455-9
発表者
理化学研究所
バイオリソース研究センター 統合情報開発室
研究員 鈴木 健大(スズキ・ケンタ)
室長 桝屋 啓志(マスヤ・ヒロシ)
大阪公立大学
大学院医学研究科
教授 大谷 直子(オオタニ・ナオコ)
大学院生活科学研究科
教授 藤井 英樹(フジイ・ヒデキ)
慶應義塾大学 先端生命科学研究所
特任教授 福田 真嗣(フクダ・シンジ)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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