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メッセージ

五神真理事長がこれまで発信したメッセージをご紹介します。

年頭所感(2024年1月4日)

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

このたびの令和6年能登半島地震で亡くなられた方々に哀悼の意を表するとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、被災地の全ての方々に、一日も早く安寧な日々が戻ることを心よりお祈りしております。

さて、昨年は⼤変な猛暑で、地球温暖化が進んでいると実感された⽅も多かったと思います。新型コロナウイルス感染症の分類は5類に変わりましたが、その後もインフルエンザとのダブル感染が広がるなど、⽣活への影響がなくなったわけではありません。何より、最近の国際秩序の悪化は極めて深刻で、今も⽇々報じられる、市⺠の甚⼤な被害や座視できない困窮を⽣みだし続ける紛争のニュースには⼼が痛みます。このように、残念ながら世界を取り巻く状況は明るさを増しているとは⾔えません。
人類は、自然のもつ限界や、もたらす災害などを乗り越えるために、知恵をしぼり新しい技術を生みだしてきました。しかし一方で、そうした技術そのものが人類にとって脅威を拡大してしまったという例も枚挙にいとまがありません。私たちが今直面している地球課題も、結局はわれわれ人類が自ら生み出したものです。しかもその影響は末代まで及ぶということを、今だからこそ認識しなければなりません。したがって、その解決は現代を生きるわれわれの責務なのです。その解決には人類全体の連帯と協力が不可欠です。激しい紛争や深刻な対立の状態のなかで、この複雑で巨大な課題に解を見いだすことはむずかしいでしょう。しかし科学研究の原動力である、知的な好奇心と発見の喜びを感じる心には国境はありません。だからこそ、この科学が備える共感性を原動力として「新しい知恵」を生み出し、この困難を乗り越えていかねばならないと思うのです。

2025年から理化学研究所は第五期の中長期計画期間を迎えます。次の7年間に何を目指しどのように活動すべきか、現在計画策定の最終段階に入っています。
そこで、この機会にわれわれの理研のはじまりを確認しておきたいと思います。
理研の原点は100年余り前、高峰譲吉博士が渋沢栄一氏に「これからの世界は必ずや機械工業よりも寧ろ理化学工業の時代になる」と説いたことにあります。明治維新以来の日本の殖産興業政策は重工業中心の産業振興モデルでした。理研が設立された1917年は、明治維新から半世紀が経ち、1914年に始まった第一次世界大戦中です。当時、日本では西欧からの医薬品や工業原料の輸入が途絶し、それまでの先進国からの技術導入だけによる振興モデルの限界が意識されはじめます。資源の乏しい日本は、模倣ではなく、独創力をもって自ら産業を興すべきであり、その駆動力として科学技術の重要性が認識されたのです。重工業から理化学工業へと産業構造を転換し、新たなかたちで国の発展を支える役割が求められていたのです。こうして、物理学と化学の基礎研究を行い、同時にその応用研究をする「純正理化学」の研究所として理化学研究所が設立されたのです。
それから1世紀あまりが過ぎ、経済的な価値はモノからコトへシフトし、社会経済は20世紀の高度経済成長を支えた資本集約型から知識集約型へと、振興の次の段階へとパラダイムシフトしています。
新たなパラダイムの中で求められるのは、「新しい知恵」を生みだし続ける力です。
新たな知を生みだす原動力は、好奇心と発見の喜びです。これは私自身の研究者生活を通じた実感でもあります。理化学研究所は研究者のそうした活動をしっかり支えること、同時に特定国立研究開発法人として社会に貢献すること、それらを両立させる仕組みを備えなければなりません。すなわち、研究者が安心して、おもしろい、やってみたいと思うことに没頭できる環境をつくり、そしてそれを、地球規模の課題解決の突破口となるような、未来の人類が求める知恵にしっかりつなげていくのです。それにより、社会から信頼され、社会との好循環が生まれ、それを未来に向けた社会全体の成長の糧とするのです。
2022年8月に公表した新しい行動指針「RIKEN's Vision on the 2030 Horizon」はそのような思いを込めてまとめました。昨年は早速それを実行に移しました。その中心が、理研のもつ各分野最先端プラットフォーム群を有機的に連携させるTRIP(Transformative Research Innovation Platform of Riken Platforms)構想です。
本年は7年間の中長期計画期間の最終年度です。この計画のもとで、理研は強みを活かし、多くの優れた成果を上げて来ました。しかし、社会は冒頭に触れたように不安定化の様相を呈し、科学技術の環境も激変しています。これまでの取り組みの総まとめをするとともに、次の中長期期間でのさらなる飛躍向けて新たな挑戦を仕込んでおかなければなりません。
私たちは、科学の創造力と共感力を信じ、常にポジティブな気持ちで歩んで行きたいと思います。より良い未来をつかみとるための原動力となる「新しい知恵」を理研が次々と生み出す場となるよう、邁進してまいります。
本年もどうぞよろしくご支援ご協力いただきますようお願い申し上げます。

2024年1月4日
理化学研究所理事長
五神 真

五神 真 理事長の写真

年頭所感(2023年1月4日)

新年、明けましておめでとうございます。

この3年余り、新型コロナウイルスの変異と感染拡大が繰り返されるなかで、私たちは新しいライフスタイルを探りながら、社会経済をなんとか維持してきました。オンライン会議などの新しいツールに助けられ、またワクチンの迅速な開発など、先端科学の威力を感じる場面もあります。一方で、世界が懸念する地球の温暖化は着実に進行し、庭や街路樹の様子にもその影響を感じます。もはや「不都合な真実」から目を背けるわけにはいかないことは明らかです。さらに、歴史上のできごとと思われていた理不尽な武力紛争が、成熟した科学技術と文化を有する国家間で起きています。そこでは、最新の科学成果が詰め込まれた武器が使用され、宇宙空間を介した通信システムで報じられるコンテンツには虚実が入り乱れ、戦場はサイバー空間にも及んでいます。
これらすべての困難は、人類の行動を起点とするがゆえに、その解決の責任は私たちにあります。この混乱や矛盾を後世に転嫁しない、それは現代を生きる私たちの責務です。20世紀は科学の世紀と言われ、科学技術の発展と革新は今も続いています。しかし、その力をしっかり管理し、活用できているのでしょうか。未来に目を向け、手元の知識を俯瞰的に分析して再編し、進むべき新たな領域を見極め、知恵をいっそう豊かにする努力を続けなければなりません。
理化学研究所は我が国唯一の、また世界有数の、総合的な基礎科学の研究所です。創設以来、科学者の好奇心と野心を原動力として、既存の領域に囚われずに未踏の知を求め、さらにそれを社会で人々の暮らしを豊かにすることに役立てることを目指して活動してきました。
昨年4月、私が理事長に就任した際に、理研のあるべき姿は「科学者自身が究めたいと願う研究が、人類の未来のために必要となる学知の創造と重なり、科学と社会との相互の信頼が深まることで、互いに“つながっていく”場」なのではないかと問いかけ、その実現のために、「理研精神」の伝統を改めて見つめ直してみたいという抱負を述べました。そうした思いから、新たな旗印となる行動の指針をみなさんに示すべきであると考え、昨年8月に「RIKEN’s Vision on the 2030 Horizon」を公表しました。本年はこの指針に沿って、実際の行動を起こしたいと思います。
その要点を以下に述べさせていただきます。

産業革命以後の気温上昇を1.5度以内にする目標が、国際合意として示されたのは、一昨年11月グラスゴーのCOP26でした。戦争とコロナ感染に伴うエネルギー危機や食糧危機など事態がいっそう深刻化するなかで、昨年11月のエジプトのシャルムエルシェイクでCOP27が開かれました。地球環境よりも今の生活が危ういなかで、大変厳しい議論となったものの、なんとか1.5度の目標は堅持されました。しかし、この議論の紆余曲折は、地球が人類全体にとって唯一無二のもっとも重要なコモンズであることは自明でありながら、それを守るためにすべての構成員が協力することがいかに難しいかを物語っています。
共有地はスケールが小さければ、関与するメンバーも限られ、フリーライダーも生じにくく、コモンズとして守ることができる。しかし規模が大きくなると、早い者勝ちやただ乗りなどのルール破りの統制が極めて困難になり、最小の努力で最大の利益をあげようとする「経済合理主義」のなかでコモンズは荒れていく。これが経済学で言う「コモンズの悲劇」です。それなら、大きな地球をグローバルコモンズとして守るということはそもそも不可能なのか。私は、守ることは可能であり、その鍵はサイバー空間とリアルな世界の融合が進むなかでのデジタル革新の潜在力だと考えています。科学によって支えられた信頼のもとで、リアルタイムのデータを活用し、個々の行動が他者や地球全体へどのように影響するかを感知できるならば、行動変容を促す仕組みを創ることができるからです。
いま、実世界のさまざまな事象は競ってデジタル化され、データとしてサイバー空間に蓄積され続けています。インターネットを通じてこれらをリアルタイムで活用する場面が日常生活の中でも増えてきています。信頼できる良質なデータが常に参照され、それを先進的な計算予測科学を使って分析し、その結果を誰もがサイバー空間とリアルな世界を自由に行き来しながら活用できるならば、いつも他者を感じながら行動することを通じて「コモンズの悲劇」を克服する可能性が生まれるのではないでしょうか。

こうした環境は、最先端の研究開発を加速することにも役立ちます。まず、信頼性の高い良質なデータをきちんと揃えることが重要です。理研が保有する、唯一無二のデータを生み出す世界最高の施設や計測装置をいっそう高度化していくとともに、そのデータを広く活用できる共有の仕組みを整えていきたいと思います。データを帰納的に解析するAIやそれを支える数理科学を進化させることも大切になります。理研が誇る世界最高の計算科学のプラットフォーム「富岳」によって、これまで不可能であった計算や、より大規模で複雑な問題を扱うことが可能になっています。次世代の富岳NEXTに向けて、計算可能な領域をさらに拡張するための挑戦も始まり、近年注目を集めている「量子コンピュータ」の開発でも理研は中心的な役割を担っていて、初の国産量子コンピュータが完成間近です。さらに、量子コンピュータとスーパーコンピュータをさまざまなレベルで連携させる、量子古典ハイブリッド計算という新しい領域の研究も急速に発展し、理研も率先して取り組むことにしました。計算科学の高度化によって、ビッグデータをリアルタイムで解析し予測し、さらに現在にフィードバックすることで、未来を制御するという新しい境地が開かれるかもしれません。
こうした新たな水準での研究を、理研の総合力を活かして理研全体で推進していくために掲げたのが、Transformative Research Innovation Platform of RIKEN platforms(TRIP)構想です。
理研が世界に誇る最先端の研究プラットフォーム群を、高度なデータの生成、最先端のAIや数理科学によるあらたな解析法の開拓、スーパーコンピュータと量子コンピュータを軸とした先端の計算科学において連環させて、既存の分野やパラダイムを越えて科学をつなぎ、新たな知恵を創造する理研ならではの「プラットフォーム・オブ・プラットフォームズ」をつくり上げていくという計画です。

基礎科学研究を持続的に発展させていくためには、それを担う若手研究者の育成はもっとも重視すべき課題です。理研は、学部学生、大学院生、ポスドク研究員、若手PIと、研究者のキャリアを育む一貫した支援を行っています。なかでも若手PIを支援する理研白眉制度は、国内外から優れた人材を登用するとともに国際頭脳循環の一翼を担ってきました。これらの制度をいっそう充実させながら、理研が世界の頭脳循環の中核となるよう仕組みを整えていきます。研究者が理研で安心して研究に打ち込めるようにすると共に、理研から出て行く研究者とのつながりも大切にし、理研が世界中の研究者と繋がるハブとして機能するようにして行きたいと思います。そのため、人事制度や研究者の支援制度を整備強化します。「研究する人生」に輝きを与え、次代を担う若者をひきつけたいと思っています。

DXを活用し、地球をグローバルコモンズとして守ることが、人々の闊達な活動の原動力となり、結果として新たな成長の機会を生み出す。そうした仕組みを理研は支えて行きたいと思います。本年3月に、国産のゲート型超伝導量子コンピュータの公開を予定しています。先頃、日米連携による半導体産業政策のもと、日本の半導体復興を標榜し、次世代半導体(Beyond 2nm)の量産製造と研究開発の拠点が立ち上がりました。理研は研究開発拠点に参画し、次世代半導体に求められる最先端の知見を提供し、貢献していきます。

理研だからこそできる、理研でなければできない、科学と技術を生み出す卓越した研究をしっかりと推進し、地球と人類の未来をより良くすることに貢献していきたいとの思いを、年頭にあたり新たにしております。国際社会においてわが国が、堅実で信頼できる役割を果たせるよう、国立研究開発法人として貢献していく所存です。
本年もどうぞよろしくご支援いただきますようお願い申し上げます。

2023年1月4日
理化学研究所理事長
五神真

五神真理事長の写真

理化学研究所理事長就任にあたって(2022年4月1日)

五神理事長の写真

20世紀に入り、科学技術こそが産業振興の基礎であり、また国力の源泉であるという認識が世界的に高まるなかで、渋沢栄一翁や高峰譲吉博士らが提唱した「国民科学研究所」構想を受け、1917年、理化学研究所(理研)は発足しました。鈴木梅太郎博士らによる高純度のビタミンAの製造法の発明などがもたらした潤沢な資金を背景として、誰もが自由に遠慮なく討論し合える空気を醸成し「科学者の自由な楽園」と評される理想的な研究環境が創り出されたことは、よく知られています。もちろん、この1世紀のあいだに理研が歩んだ道のりは決して平坦ではなく、時に社会の変化に翻弄され、逆境と呼べる時期があったことも忘れてはなりません。そうしたなかにおいても「理研精神」は研究者たちに着実に受け継がれ、「世界のRIKEN」としての今日を築く礎となってきたのです。

私は1976年に大学に入学し、以来46年間、もっぱら大学という場で研究教育活動を行ってきました。専門は実験物理ですが、研究費の乏しかった若手研究者の時代には、捨てられた機材を再利用して実験装置を自作せざるを得ず、理研の恵まれた研究環境をまぶしく感じたことを思い出します。このたび、その研究所の理事長として、新たな知の創造に向けて、卓越した研究者のみなさんの仲間となり、力を合わせて活動できることをたいへん誇りに感じるとともに、伝統ある研究所を率いることの責任の大きさに身が引き締まる思いでおります。

人類は、この1万年余り、完新世とよばれる、地球史の中でも例外的に温暖で安定した気候に恵まれています。その安定を基盤に、狩猟社会、農耕社会、工業社会、そして情報社会へと文明を発展させてきました。しかし、人類社会はいま、新型コロナウイルスの感染拡大や地球温暖化による気候変動など、私たちの日常と未来とを脅かす地球規模の課題に直面し、かつてない大きな曲がり角を迎えています。これらに共通することは、科学技術によって拡張された人類の活動が、問題発生の切り離せない要因となっている事実です。その解決には、国境を越えた地球規模の連携協力が不可欠です。にもかかわらず、昨年11月にグラスゴーで開催されたCOP26でも再認識されたように、国際協調の道筋は険しく、さらに今世界では、武力による他国への介入という極めて深刻で憂慮すべき事態も起きています。この理不尽な事象は、私たちに人類の文明がまだ未成熟で安定的でないという現実を暴露しました。とりわけ科学者にとって深刻なのは、こうした紛争と混乱の最前線で、最新のテクノロジーが用いられ、耐えがたい破壊や不幸を広範に生みだしていることです。私たち科学者はこの事実から目を背けるわけにはいきません。

それでも私は、普遍の真理を求め探究を続ける科学の力を信じています。その最大の理由は、これまでの研究者としての人生において、自然を見つめ本質と出会う発見の喜びを実感してきたからです。新しい知恵は困難を乗り越えるための技(art)を生み出しますが、それが生まれる瞬間の感動と共感は国境を越えた連携の力となりうると考えています。発見の喜びを原動力とする新しい知の創造は、困難を乗り越え、地球と人類を持続的な発展へと導く糧となるはずです。しかしながら、ただ待っているだけでは、その成果を得ることはできません。その研究が、地球や人類にどのような影響を与えるのか、より広い視点でそれを意識できるかどうかで、その結果は大きく変わるのです。
私は理研において、そのような研究者の真摯な活動をしっかり支えていきます。この研究所の原点にある、従来の学問領域を越えた連携があらためて重要になっていると思います。連携は自然科学や工学にとどまりません。人とは何か、社会とは何かといった人類への根源的な問いにも及びます。最先端の研究は、高度で先鋭化していますが、真に卓越した研究者同士は、研究分野が違っていても互いに刺激し共感しあうことができるのです。そのような場面を私は何度も見てきました。卓越した最先端の科学者同士がもたらす化学反応により、地球と人類の未来に貢献する新しい知が次々に生み出される、そういった環境を理化学研究の最前線で実現したいのです。理研でなければできないこと、理研だからできることを究めていくのです。

科学者自身が究めたいと感じる研究が、みんなの未来のためにいつか必要となる研究と自然に重なり、科学と社会の相互の信頼が深まり、互いに繋がるという姿こそが望ましいと考えています。無から有を生み出す知の創造が、地球と人類の未来の成長をもたらす光であることを、この研究所の活動を通じて、世界に発信していきたいと思います。そうした発見の喜びを推進力とする運動を促す新たな仕組みを、みなさんと一緒に創っていきたいのです。そして今後も理研が世界のセンター・オブ・エクセレンスであり続け、卓越した研究者が世界から集まり、未来を託するに足る優れた次世代の研究者が育つ場として発展していくことが、私の理想です。
理研の新たな歩みを、みなさんとともに創りあげていく所存です。

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