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理事長から皆さまへ

「つなぐ科学」で未来を拓く
― 五神 理事長に聞く、連携して新たな境地を拓く科学研究の仕組み ―(2024年9月25日)

基礎科学の多様な分野の優れた研究者たちと豊かな研究プラットフォーム群。理研が持つこれらの特性を有機的につないで新たな知を創造し、より良い未来への道筋を拓こうと、五神 真 理事長が打ち出したのが「最先端研究プラットフォーム連携(TRIP:Transformative Research Innovation Platform of RIKEN platforms)構想」です。産業構造が急速に変化し、地球環境の難題を抱える一方、AI・量子コンピュータ・半導体技術などが劇的に進む中で、理研はその強みを精一杯生かしながら社会の課題解決・社会変革のために新しい知恵を生み出そうとしています。

五神 真 理事長の写真

TRIP、それは異分野の連携融合を促進する「つなぐ科学」の構想

―「TRIP構想」の背景にはどのような現状認識がありましたか。

2022年4月に着任してから1~2カ月かけて理研の研究の現場を見て回りました。実感したのは研究レベルが非常に高いことです。それぞれの研究者が自分の研究に自信と誇りを持ち、楽しんで取り組んでいる姿を見て、たいへん頼もしく思いました。その一方で、すばらしい研究が理研で数多くなされているのに、お互いのつながりは弱いと感じたのです。

理研は1917年の設立時から、産業構造を変える新たな知を創造してきました。すでに出来上がった学問分野の枠の中で閉じることなく、それを乗り越えて新しい学問をつくる。それが理研精神の原点であり、連携して新しい知恵をつくることこそが理研のミッションなのです。だとすれば、つながっていないのはとてももったいない。しかし、「連携しましょう」の掛け声だけでは動き出さず、豊かなつながりも生みだせません。

2015年ごろから深層学習という技術を中心にAIが急速に発展し、そこで必要とされるデータの整備があらゆる分野で、これまでにない重要な意味を持つようになりました。だから、“データ”を基軸として、その高度な活用を新たな展開の可能性の基盤にする。そうしたビジョンを中心に据えることで、分野を超えた連携を効果的に促せるのではないかと考えたのです。

そこで生まれたのが「つなぐ科学」を推進するためのTRIP構想です(図1)。

TRIP構想の図

図1 TRIP構想

― つなげる構想は具体的にどのように進むのでしょうか。

理研が持つ最先端の研究プラットフォーム群は、分野を超えた連携にとって、たいへん大きな意味を持っています。

その一つである「富岳」は、国際的に見ても成功しているスパコンです。訓練された専門家のツールという性格が強かった「京」に比べて、「富岳」はさまざまな場面でそれぞれに開発されてきたプログラムを活用しやすい。そのためにユーザー層が一挙に拡大し、いわば“スパコンの民主化”が一気に進んだのです。高度な科学計算やAI技術を導入して、これまで手が届かなかった計算課題も次々にこなすことができます。

気象のような巨大で複雑なシステムにも対応できる未来予測のほか、数学、物理学、生命科学、材料科学などいろいろな学問分野で威力を発揮しています。スパコンでは不可能な計算を可能にする量子コンピュータの開発も進め、クラウド経由で外部に開放できるところまで来ています。現在の量子コンピュータ自体はまだ進化の途上ですが、スパコンと連携させることで、スパコンだけではできなかった計算ができる可能性が見えてきました。このようなハイブリッド計算技法の開発を、世界に先駆けて本格的に進めています。新しい物質や薬の開発、気象予測などさまざまな研究を劇的に加速できると期待しています。

TRIP構想は、データ活用によって科学研究の姿を一新するという野心的な取り組みです。その前提として、さまざまな局面での高度なデータが整っている必要があります。それを提供するのが、たとえば放射光施設「SPring-8」、生命科学のリソースを集約するバイオリソース研究センターであり、生命科学のさまざまな場面で活躍するイメージング技術などです。理研にはこうした要素がハイレベルでそろっているので、図1に示したサイクルが効果的に回せるのです。

研究という営みは、最先端を追求すればするほど、分野ごとにバラバラになりがちです。しかし、トップランナーたちは、最先端研究が分野の壁をこえて融合し新しい学問がつくりあげられることにこそ、研究の真の醍醐味があることをよく理解しています。そんな研究の魅力を実感できる具体的な仕組みが存在し、実際に動かしていけるのが理研の強みです。

TRIP構想による「つなぐ科学」の取り組みの例として、生成AIを活用して科学研究を加速しようというプロジェクト(TRIP-AGIS)がスタートしています。このプロジェクトは単にAIを研究に利用するだけでなく、科学研究向けのAI基盤モデルの開発・共用を通じてAIが持つ課題や有効性を解明し、科学をAIの進化に役立てようという双方向の狙いを持っています。“AI for Science”であると同時に“Science for AI”をやろうというのです。

― 理研には生命科学系の研究者が多く、人文・社会科学系に広がる研究もあります。研究者側のTRIP構想の受け止めはいかがですか。

確かに理研の研究者の半数以上が生命科学系です。TRIP構想を海外の評価委員に説明したところ、「そんな数学寄りの考えに生命系の研究者がついてきますか」という質問が出ました。しかしながら、そうした学問原理の縦割りを疑い、もっと自由にさまざまな学知を活用したいと考えている研究者は、意外に多いのです。

たとえば、生命系の研究対象は非常に複雑なシステムですので、幅広い探索や情報集約においてたいへん有力なツールであるAIを活用したいという気運は高いと思います。日本の生命系では高校生の時に数学オリンピックで活躍し、統計解析やプログラム開発を自力でこなしてきた数理に強い研究者をよく見かけます。そのような研究者が最先端のAI研究者と組めればもっとすごい、思いがけない成果が生まれるでしょう。つながる機会がなかったために今までは独自にやっていたことを、組織的につなごうというわけです。

これが自然科学と人文・社会科学の融合という、より大きなスケールの連携に向かうことを期待しています。人文・社会科学との融合に向けた活動は私が着任する前からありましたので、この構想は今後いっそう進むと思います。

「つなぐ科学」は、研究者に進む方向を強制したり、限られた分野の研究の振興を押し付けたりするものではありません。卓越した研究の最も重要な駆動力は研究者自身の探究心ですから、その躍動を阻害することのないニュートラルな仕掛けでなければなりません。私自身、物理学の研究者としての実体験に照らして違和感なく出てきた構想なので、ほとんどの研究者と考えを共有できると思います。

世界の研究ハブとしてのRIKEN

― 海外の企業や研究機関との連携や交流がますます活発になっています。世界の中での "RIKEN"の存在感をどう捉えていますか。

私が理事長に就任してから2年半の間、米国の半導体大手インテル、スパコン「Aurora」を持つアルゴンヌ国立研究所と相互協力の基本合意を締結したほか、ベルギーの非営利研究機関imec(アイメック)やハーバード大学量子イニシアチブなどと連携・協力の覚書を次々交わしました。さらに、IBMの半導体研究拠点や先日熊本に生産拠点を設けたTSMCとも交流を進めています。

国際連携プロジェクトの中で、特に今注力しているものに量子技術があります。量子コンピュータは少し前までは「数十年」かかって挑戦する夢の技術でしたが、それが急展開し、具体的な計算にどう使うかを競うところまで一気に進んでいます。そうした状況で、量子とは何かという原理的なところでの積み残した課題が気になってきました。

今こそ原点に立ち返る研究をするべきだと考えています。「基礎量子科学研究」プログラムでは、基礎量子科学分野の世界的研究拠点と頭脳循環ハブを形成することにより、研究人材育成の活性化を目指すことにしました。そのために、25年以上理研と深い協力関係にあるブルックヘブン国立研究所と、さらなる連携の拡大も検討しています。とりわけ米国の電子・イオン衝突型加速器(EIC)計画を活用したいと考えています。ハーバード大学量子イニシアチブとは、より基礎的な量子科学を一緒にやろうとしています。併せて国内外の大学の研究者との連携の輪を広げ、物質・生命・宇宙を貫く量子ダイナミクスの普遍的な法則を解明する「マルチスケール量子ダイナミクス研究」など、新学問領域の開拓や新技術の発展に貢献するような新しい「基礎量子科学研究」を、理研が中心になって開拓する体制づくりを構想しています。

こうした交流を通じて感じるのは、世界からの理研に対する期待の高さです。世界トップの研究機関から一緒に研究したい、と思わせる価値を理研が持っていることは間違いありません。理研と一緒に研究すると新しい知恵を見つける機会が広がると期待するからこそ、連携を望むのだと思います。また、理研の研究者も世界トップの研究者と一緒に研究することで、自分たちが持っている価値や強みを再発見できると思います。

このように理研が世界から高い評価を得ている卓越した研究組織であることは、日本国内でも十分に知られていないかもしれません。次代を担う若い人たちを励ますことにもなるので、理研の活動とビジョンを明確に発信していきたいと思っています。

未来社会の変革に挑戦

― 今後どのような展開を計画していますか。

先ほどお話した「基礎量子科学研究」に加えて、TRIP構想のプラットフォームを利用したいくつかの分野融合研究プログラムの検討を進めています。

目下構想中なのが、「フィジカル・インテリジェンス」に関する研究プロジェクトです。近年、先ほどもすこし触れたように、生成AIの活用が驚くほどの勢いで広まり急速に発展しています。現在の生成AIの基本は、大規模な学習を経た基盤モデルに向けて問いかけ、推論計算を行って答えを投げ返すという仕掛けです。利用する度に発生する推論計算は、現在はクラウドのサーバーで行っていますが、その計算量は利用者が増えれば増えるほど増大していきます。この推論計算をいかに省電力化するかは、たいへん重要な課題です。世界中で投資が進む最先端半導体の開発の重要なターゲットです。

チップの高度化が進めば、クラウドと次世代無線技術でつなげて、この推論計算をクラウド側ではなく、末端の装置で行うことが可能となります。そうすると、生成AIを自在に使いこなすロボットや自動運転車が身の回りで動く世界が実現するかもしれません。生成AIを介して多様な機械がつながるというロボットの革新において、たとえば細胞の採取や実験植物の生育など、現在どうしても人手が必要な手間のかかる作業が自動化できるかもしれません。あるいは創薬実験の自動化、後工程も含めた半導体製造の完全自動化など生産技術の革新と画期的な省エネ技術をもたらす可能性があります。こうした夢を実現するための学理の積み上げ、そこに理研の強みを生かしたいのです。

また、地球規模課題「グローバル・コモンズ」についての国際的な連携を進めることにも、力を注いでいます。グローバル・コモンズとは、地球環境、生態系、自然資源など人類の共有財産のことで、地球システムを保全するための学理を追求するプロジェクトです。

理研には植物科学やバイオリソースなど地球環境の持続をはかるために必要な基礎科学の蓄積が豊富です。しかし、そこで最先端に取り組んでいる研究者がグローバル・コモンズを守るのに役立つ重要な知見を見いだしているのに、それにあまり気付いていないということもあるように感じます。それはまことにもったいない。そうした知見が役に立つことを理研が率先して示せば、世界中の研究者の視点を変えることができるかもしれません。

理研は、国内においては東京大学グローバル・コモンズ・センター(東大CGC)との連携をすでに開始し、グローバル・コモンズ維持に向けた解決策を探求するための共同研究を開始しました。さらに「プラネタリー・バウンダリー」の概念を提唱した世界的に著名な研究者であるヨハン・ロックストローム博士(ドイツ・ポツダム気候影響研究所(PIK)所長)との対話では、博士が理研との協創にたいへん興味を持ってくれました。今、理研・PIK・東大CGCの三者で連携して取り組もうと準備を始めています。地球システムを守ることは難しい課題なので新しい知恵が必要ですが、そこは最先端研究の新しいテーマの宝庫ともいえるわけです。

まだ準備中ですが、今、構想を練っているプロジェクトもあります。それはヒトも含めた生命全体の理解につながるようなライフサイエンスです。

これまでの生命科学はモデル生物を使った研究になりがちでした。理研ではこの7年間これまでの知見をヒトの理解につなげ、それを治療や創薬に役立てるという方向性を示して研究を進めてきました。それをさらに進めるのが「ライフコース」というプログラムです。生命の生殖・発生・再生から老化までの一連のプロセスに社会学的な分析を加えた「ライフコース」に沿ってヒトというものを考えたいのです。その探究の先には、人と人のつながりで構成される社会についても深く理解したい、という課題が浮かびあがってくるでしょう。

これは従来のサイエンスそのものの枠をも超えるものになるかもしれません。とりわけ幅広く科学を追求している理研だからこそ挑戦できる課題ではないかと思っています。未来のサイエンスにおいては、ここ100年ほどの学問分野の分類でしかない理系・文系という区別が、内側から消えていくというのが自然な方向かもしれません。こういう領域からノーベル賞が生まれる日も遠くないかもしれません。

TRIPによる「つなぐ科学」でよりよい未来の実現へ貢献の図

図2 TRIPによる「つなぐ科学」でよりよい未来の実現へ貢献

理研では2025年度から7年間の次期中長期計画が始まります。現在の構想や計画を理研全体で進めるために、組織が縦割りにならないようTRIP構想による「つなぐ科学」の取組みも活用した横につなぎやすくするための組織改革も同時に行っています(図2)。

学問は、時計時間の単一の尺度に縛られることなく、138億年前の宇宙創成期のことを考えたり、100年先の未来を予測したり、何億分の1秒のような短時間の現象を対象にしたりと、本質的にマルチスケールです。新しい知恵を生み出す活動は、さまざまな時間・空間スケールで探究する、すべての研究者にとって非常にエキサイティングな営みです。そうして集めた知を生かし、国内外の大学や研究機関等と連携しながら新たな視点を導入して、公共的で尖端的な価値創造につなげたいと考えています。

(取材:古郡 悦子/文責:理研広報室/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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五神 真 理事長 略歴

印刷用 略歴・受賞・顕彰

略歴
1980年3月 東京大学理学部物理学科卒業
1982年3月 同 大学院理学系研究科物理学専門課程修士課程修了
1983年6月 同 大学院理学系研究科物理学専門課程博士課程退学
1985年4月 理学博士(東京大学)
1983年6月 東京大学理学部助手
1988年12月 同 工学部講師
1990年11月 同 工学部助教授
1995年4月 同 大学院工学系研究科助教授
1998年10月 同 大学院工学系研究科教授
2000年4月 同 工学部物理工学科長
2001年4月 同 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター長
2010年4月 国立大学法人東京大学大学院工学系研究科附属光量子科学研究センター教授
2010年10月 同 大学院理学系研究科教授
2012年4月 同 副学長
2014年4月 同 大学院理学系研究科長・理学部長
2015年4月 同 総長
2021年4月 同 大学院理学系研究科教授
2022年4月 理化学研究所 理事長
受賞・顕彰
2001年3月 第6回日本物理学会論文賞
2001年11月 第15回日本IBM科学賞
2010年10月 第14回松尾学術賞
2012年 アメリカ物理学会フェロー
2013年 アメリカ光学会フェロー
2021年6月 第71回「電波の日」総務大臣表彰

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