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理事長から皆さまへ

年頭所感

新年、明けましておめでとうございます。

この3年余り、新型コロナウイルスの変異と感染拡大が繰り返されるなかで、私たちは新しいライフスタイルを探りながら、社会経済をなんとか維持してきました。オンライン会議などの新しいツールに助けられ、またワクチンの迅速な開発など、先端科学の威力を感じる場面もあります。一方で、世界が懸念する地球の温暖化は着実に進行し、庭や街路樹の様子にもその影響を感じます。もはや「不都合な真実」から目を背けるわけにはいかないことは明らかです。さらに、歴史上のできごとと思われていた理不尽な武力紛争が、成熟した科学技術と文化を有する国家間で起きています。そこでは、最新の科学成果が詰め込まれた武器が使用され、宇宙空間を介した通信システムで報じられるコンテンツには虚実が入り乱れ、戦場はサイバー空間にも及んでいます。
これらすべての困難は、人類の行動を起点とするがゆえに、その解決の責任は私たちにあります。この混乱や矛盾を後世に転嫁しない、それは現代を生きる私たちの責務です。20世紀は科学の世紀と言われ、科学技術の発展と革新は今も続いています。しかし、その力をしっかり管理し、活用できているのでしょうか。未来に目を向け、手元の知識を俯瞰的に分析して再編し、進むべき新たな領域を見極め、知恵をいっそう豊かにする努力を続けなければなりません。
理化学研究所は我が国唯一の、また世界有数の、総合的な基礎科学の研究所です。創設以来、科学者の好奇心と野心を原動力として、既存の領域に囚われずに未踏の知を求め、さらにそれを社会で人々の暮らしを豊かにすることに役立てることを目指して活動してきました。
昨年4月、私が理事長に就任した際に、理研のあるべき姿は「科学者自身が究めたいと願う研究が、人類の未来のために必要となる学知の創造と重なり、科学と社会との相互の信頼が深まることで、互いに“つながっていく”場」なのではないかと問いかけ、その実現のために、「理研精神」の伝統を改めて見つめ直してみたいという抱負を述べました。そうした思いから、新たな旗印となる行動の指針をみなさんに示すべきであると考え、昨年8月に「RIKEN’s Vison on the 2030 Horizon」を公表しました。本年はこの指針に沿って、実際の行動を起こしたいと思います。
その要点を以下に述べさせていただきます。

産業革命以後の気温上昇を1.5度以内にする目標が、国際合意として示されたのは、一昨年11月グラスゴーのCOP26でした。戦争とコロナ感染に伴うエネルギー危機や食糧危機など事態がいっそう深刻化するなかで、昨年11月のエジプトのシャルムエルシェイクでCOP27が開かれました。地球環境よりも今の生活が危ういなかで、大変厳しい議論となったものの、なんとか1.5度の目標は堅持されました。しかし、この議論の紆余曲折は、地球が人類全体にとって唯一無二のもっとも重要なコモンズであることは自明でありながら、それを守るためにすべての構成員が協力することがいかに難しいかを物語っています。
共有地はスケールが小さければ、関与するメンバーも限られ、フリーライダーも生じにくく、コモンズとして守ることができる。しかし規模が大きくなると、早い者勝ちやただ乗りなどのルール破りの統制が極めて困難になり、最小の努力で最大の利益をあげようとする「経済合理主義」のなかでコモンズは荒れていく。これが経済学で言う「コモンズの悲劇」です。それなら、大きな地球をグローバルコモンズとして守るということはそもそも不可能なのか。私は、守ることは可能であり、その鍵はサイバー空間とリアルな世界の融合が進むなかでのデジタル革新の潜在力だと考えています。科学によって支えられた信頼のもとで、リアルタイムのデータを活用し、個々の行動が他者や地球全体へどのように影響するかを感知できるならば、行動変容を促す仕組みを創ることができるからです。
いま、実世界のさまざまな事象は競ってデジタル化され、データとしてサイバー空間に蓄積され続けています。インターネットを通じてこれらをリアルタイムで活用する場面が日常生活の中でも増えてきています。信頼できる良質なデータが常に参照され、それを先進的な計算予測科学を使って分析し、その結果を誰もがサイバー空間とリアルな世界を自由に行き来しながら活用できるならば、いつも他者を感じながら行動することを通じて「コモンズの悲劇」を克服する可能性が生まれるのではないでしょうか。

こうした環境は、最先端の研究開発を加速することにも役立ちます。まず、信頼性の高い良質なデータをきちんと揃えることが重要です。理研が保有する、唯一無二のデータを生み出す世界最高の施設や計測装置をいっそう高度化していくとともに、そのデータを広く活用できる共有の仕組みを整えていきたいと思います。データを帰納的に解析するAIやそれを支える数理科学を進化させることも大切になります。理研が誇る世界最高の計算科学のプラットフォーム「富岳」によって、これまで不可能であった計算や、より大規模で複雑な問題を扱うことが可能になっています。次世代の富岳NEXTに向けて、計算可能な領域をさらに拡張するための挑戦も始まり、近年注目を集めている「量子コンピュータ」の開発でも理研は中心的な役割を担っていて、初の国産量子コンピュータが完成間近です。さらに、量子コンピュータとスーパーコンピュータをさまざまなレベルで連携させる、量子古典ハイブリッド計算という新しい領域の研究も急速に発展し、理研も率先して取り組むことにしました。計算科学の高度化によって、ビッグデータをリアルタイムで解析し予測し、さらに現在にフィードバックすることで、未来を制御するという新しい境地が開かれるかもしれません。
こうした新たな水準での研究を、理研の総合力を活かして理研全体で推進していくために掲げたのが、Transformative Research Innovation Platform of RIKEN platforms(TRIP)構想です。
理研が世界に誇る最先端の研究プラットフォーム群を、高度なデータの生成、最先端のAIや数理科学によるあらたな解析法の開拓、スーパーコンピュータと量子コンピュータを軸とした先端の計算科学において連環させて、既存の分野やパラダイムを越えて科学をつなぎ、新たな知恵を創造する理研ならではの「プラットフォーム・オブ・プラットフォームズ」をつくり上げていくという計画です。

基礎科学研究を持続的に発展させていくためには、それを担う若手研究者の育成はもっとも重視すべき課題です。理研は、学部学生、大学院生、ポスドク研究員、若手PIと、研究者のキャリアを育む一貫した支援を行っています。なかでも若手PIを支援する理研白眉制度は、国内外から優れた人材を登用するとともに国際頭脳循環の一翼を担ってきました。これらの制度をいっそう充実させながら、理研が世界の頭脳循環の中核となるよう仕組みを整えていきます。研究者が理研で安心して研究に打ち込めるようにすると共に、理研から出て行く研究者とのつながりも大切にし、理研が世界中の研究者と繋がるハブとして機能するようにして行きたいと思います。そのため、人事制度や研究者の支援制度を整備強化します。「研究する人生」に輝きを与え、次代を担う若者をひきつけたいと思っています。

DXを活用し、地球をグローバルコモンズとして守ることが、人々の闊達な活動の原動力となり、結果として新たな成長の機会を生み出す。そうした仕組みを理研は支えて行きたいと思います。本年3月に、国産のゲート型超伝導量子コンピュータの公開を予定しています。先頃、日米連携による半導体産業政策のもと、日本の半導体復興を標榜し、次世代半導体(Beyond 2nm)の量産製造と研究開発の拠点が立ち上がりました。理研は研究開発拠点に参画し、次世代半導体に求められる最先端の知見を提供し、貢献していきます。

理研だからこそできる、理研でなければできない、科学と技術を生み出す卓越した研究をしっかりと推進し、地球と人類の未来をより良くすることに貢献していきたいとの思いを、年頭にあたり新たにしております。国際社会においてわが国が、堅実で信頼できる役割を果たせるよう、国立研究開発法人として貢献していく所存です。
本年もどうぞよろしくご支援いただきますようお願い申し上げます。

2023年1月4日
理化学研究所理事長
五神真

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印刷用 略歴・受賞・顕彰

略歴
1980年3月 東京大学理学部物理学科卒業
1982年3月 同 大学院理学系研究科物理学専門課程修士課程修了
1983年6月 同 大学院理学系研究科物理学専門課程博士課程退学
1985年4月 理学博士(東京大学)
1983年6月 東京大学理学部助手
1988年12月 同 工学部講師
1990年11月 同 工学部助教授
1995年4月 同 大学院工学系研究科助教授
1998年10月 同 大学院工学系研究科教授
2000年4月 同 工学部物理工学科長
2001年4月 同 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター長
2010年4月 国立大学法人東京大学大学院工学系研究科附属光量子科学研究センター教授
2010年10月 同 大学院理学系研究科教授
2012年4月 同 副学長
2014年4月 同 大学院理学系研究科長・理学部長
2015年4月 同 総長
2021年4月 同 大学院理学系研究科教授
2022年4月 理化学研究所 理事長
受賞・顕彰
2001年3月 第6回日本物理学会論文賞
2001年11月 第15回日本IBM科学賞
2010年10月 第14回松尾学術賞
2012年 アメリカ物理学会フェロー
2013年 アメリカ光学会フェロー
2021年6月 第71回「電波の日」総務大臣表彰

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