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研究最前線 2021年4月12日

脳はいかにして”時間”を認識するのか?

あなたは今朝何を食べ、先週末は何をして過ごしましたか?自分の経験を思い出すことができるのは「記憶」があるからです。いつ、どこで、何をしたかという記憶情報はどのように形成されるのでしょうか。藤澤茂義チームリーダー(TL)らは、このうちの「いつ」に注目し、時間を認識する際に重要な役割を果たす脳の「時間細胞」がどのような仕組みで働き、記憶の構築にどう貢献しているかを探りました。その最新の成果が2021年2月に発表されています。

藤澤 茂義の写真

藤澤 茂義(ふじさわ しげよし)

脳神経科学研究センター
時空間認知神経生理学研究チーム
チームリーダー
1977年、岡山県生まれ。京都大学工学部卒業後、東京大学大学院薬学系研究科で薬学博士号を取得。米国ラトガース大学やニューヨーク大学の研究員を経て2012年、理研 脳科学研究センター システム神経生理学研究チーム チームリーダー。2018年より現職。

手作り装置の実験から時間の謎に迫る

脳の中で記憶をつかさどる「海馬」。ここには、記憶の形成に欠かせない、いつ(時間)、どこで(場所)、何をした(出来事・エピソード)という3大要素をそれぞれ担う脳神経細胞群が存在する。

最初に発見されたのは「場所細胞」だ。発見したジョン・オキーフ博士は2014年、ノーベル医学生理学賞を受賞した。次が「時間細胞」だ。約10年前、一定の時間が経つと反応する神経細胞群があると分かった。

最後が、どんなことをどのような順序で行ったのかという出来事の記憶を担う「イベント細胞」だ。2017年、藤澤TLらが発見した。今回、藤澤TLらは海馬の神経細胞のうち、時間の記憶について解明するうえで欠かせない、時間細胞の働きを調べた。

「物理的な実態のない『時間』をラットにどう知覚させ、言葉を持たないラットの認識を我々がどう知るのか、という点に苦労した」と藤澤TLは振り返る。

研究チームの新保彰大研究員たちは、ラットをトレッドミル上で長い時間あるいは短い時間走らせ、長い時間走った後には左、短い時間走った後には右に行けば水がもらえることを覚えさせた(図1)。課題1では、10秒と5秒を走らせ、それを覚えた後、課題2では時間を2倍にした20秒と10秒を走らせた。両課題とも正解して水をもらうには、時間の長短を識別し、記憶しておく必要がある。

ラットの行動実験課題の図

図1 ラットの行動実験課題

ラットが課題1、2ともに正解を覚えた後、課題1→休憩→課題2→休憩→課題1という順序で実験を実施。その最中に、超小型高密度電極でラットの海馬の時間細胞1個ずつの活動状況を記録した。

この電極は感度が高く、トレッドミルを動かすモーターの電気信号もノイズとして拾ってしまった。そこで、ノイズを発生させないトレッドミルを手作りした。電極は約100分の1ミリと細く、脳の奥にある海馬に入れてラットを走らせると折れてしまうこともしばしばあった。十分なデータを取るために、何度も実験を繰り返さねばならなかったという。

こういった苦労を重ねた結果、課題1で走り始めて1秒後に活性化した時間細胞は課題2では2秒後、課題1で5秒後に活性化した時間細胞は課題2では10秒後と、ほとんどの時間細胞が、課題2では課題1の活性化までの時間の2倍の長さの時間で活性化していたことを発見した(図2)。

つまり、時間細胞は1秒、2秒といった絶対的な時間経過に反応するのではなく、時間全体の10分の1が経過、半分の時間が経過、といった相対的な時間経過に反応していることが判明したのだ。

海馬から記録された454個の時間細胞の活動の図

図2 海馬から記録された454個の時間細胞の活動

今回の研究で海馬から活動を記録した454個の時間細胞の活動状況。1本の横の線が1個の時間細胞の活動。ほとんどの細胞で、課題1の実施中(左と右)で最も強く活性化した時間が、課題2(中央)では約2倍の時間に移動している。

時間細胞と場所細胞の共通点見つかる

今回の発見は、不明だった時間細胞の働き方が明らかになっただけにとどまらない。共通の性質を持っていることが判明したことも重要な点だ。

先行する場所細胞の研究によると、脳内では空間を認識する際の基礎となる「空間マップ」が形成され、相対的な位置を認識していることが分かっている。今回の研究結果を受け、メカニズムに共通点がある時間の認識においても、基礎となる「時間マップ」や、さらには時間と空間の情報を統合した「時空間マップ」が存在するという仮説が立てられるようになった。

記憶の研究は未解明の部分がまだ多い。藤澤TLは「まだ富士山の2合目あたりにしか到達していないが、今後の研究で、時間情報が、空間や出来事の情報とどのように組み合わさって記憶が形成されるのかを明らかにしていきたい」と抱負を語る。

藤澤TLの写真

「記憶の研究はまだ富士山の2号目あたり」と話す藤澤TL

(取材・構成:大岩ゆり/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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