1. Home
  2. 広報活動
  3. クローズアップ科学道
  4. クローズアップ科学道 2021

研究最前線 2021年4月12日

無機物なのにまるで生物

材料や物質を研究する科学者は、生物からヒントをもらうことがよくあります。生物は水を含む複雑なネットワーク。外からの刺激に対してネットワークの構造を組み替えて反応しています。それに近い反応を無機物の極薄シートで実現させている研究者、それが佐野航季基礎科学特別研究員(以下、研究員)です。無機物は固くてデザインしにくそうなのに、まるで生物のように構造を変えたり、色を変えたりします。その不思議に迫り、研究を発展させる様子をのぞいてみましょう。

佐野 航季の写真

佐野 航季(さの こうき)

創発物性科学研究センター
創発生体関連ソフトマター研究チーム
基礎科学特別研究員
1991年山口県生まれ。東京大学大学院工学研究科化学生命工学専攻博士課程修了。博士(工学)。米国マサチューセッツ工科大学への留学などを経て、2019年より現職。2020年より科学技術振興機構「原子・分子の自在配列と特性・機能」領域 さきがけ研究者を兼任。

引き合う力と反発する力を操る

酸化チタンのナノシート、それがこの研究の主役である。酸化チタンは白い顔料や光触媒として利用される金属酸化物だが、アルカリ水溶液中で層状の結晶を剥がしていくと分子1個分の薄さのナノシートができる。極薄なのに面積は広く、まるで全てが表面の2次元物質といってもよいほどだ。

水の中ではこのナノシート表面に負電荷が密集している。「その形と性質が面白い」。そう思った佐野研究員は、これを水中に分散させた状態で調べることにした。シートの間には分子同士が引き合う力(ファンデルワールス力)と、逆に表面の負電荷同士が反発する力が働いている。水中で二つの力のバランスが保たれていれば、分散液は安定している。「この力のバランスを制御できるのではないか」と佐野研究員は考え、そこから研究は展開し始めた。

水中にある余分な溶質イオンを遠心分離で取り除くと、表面の負電荷によってシート同士が反発し、距離が大きく広がる。シート間の距離が可視光の波長と同程度の長さになったところで、分散液は鮮やかな色を示した。熱帯魚の皮膚に見られるような構造色だ。予期しなかった驚きの発見だった。ナノシートの濃度を変えて反発力を制御すると、色はさまざまに変化した。このナノシート分散液は、光学検知センサー、フルカラー電子ペーパー、構造色インクなどに応用できるかもしれない。ナノの世界がマクロのモノにつながりそうだ。佐野研究員が修士課程の学生として理研で研究を始めた頃のことだった。

水中に分散した酸化チタンナノシートの図

水中に分散した酸化チタンナノシート

古い理論を使って新しい現象を知る

ナノシート分散液は温度にも応答して、ナマコのように硬さを変える。ナノシートの濃度を上げていくと、反発力が強く働くため、分散液は室温で軟らかいゲルとなる。だが、温度を55℃に上げると引力が相対的に強くなり、その結果、ナノシートは接近して3次元的なネットワークをつくり、別の構造を持った硬めのゲルになった。反対に温度を下げれば軟らかいゲルに戻る。

シート間の距離と状態については、昔からよく知られた、コロイド現象を記述する理論で説明ができる。「古い理論を新しい物質に使ったからこそ、面白い現象が見つかった」と佐野研究員は振り返る。マクロの現象をナノレベルで制御できる醍醐味を示したこの成果のもう一つのポイントは、これまで有機化合物を材料に行われてきた刺激に応答するゲルの研究対象を、無機化合物に広げたことだ。通常は硬い無機化合物が、ナノレベルまで薄くするとフレキシブルになり、刺激に応答するようになる。無機化合物を使う流れをつくり始めた佐野研究員によって、新しい分野が開かれようとしている。

酸化チタンナノシートを使った今後の展開として佐野研究員が考えているもう一つのアイデアは、刺激反応に時間の要素を取り入れることだ。例えば、ある物質を与えるとそれを消費しながら時間とともに性質を変え、その物質がなくなると再び元に戻る。こんな不思議なナノシートゲルの研究も始まっている。

佐野研究員の写真

「ナノシートで新しい研究フィールドを開拓したい」と話す佐野研究員

(取材・構成:古郡悦子/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

関連リンク

Top