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研究最前線 2021年4月12日

肌のハリと潤いの相互作用を解明

人生100年時代を迎え、「いくつになっても若々しく健康に生きる」ことの重要性がクローズアップされています。ハリのある肌は若さの象徴ですが、皮膚は、循環器系や消化器系など身体の器官系の中で最大の面積を持ち、しかも複雑な構造になっていることをご存じでしょうか。この皮膚を良い状態に保つことは美容のみならず、ヘルスケアの観点からも重要で、その仕組みの解明が待たれています。辻孝チームリーダー(TL)はハリを再現した人工皮膚モデルの作製に初めて成功し、肌のハリと潤いの関係を解明しました。

辻 孝の写真

辻 孝 (つじ たかし)

生命機能科学研究センター
器官誘導研究チーム
チームリーダー
岐阜県生まれ。1986年、新潟大学大学院理学研究科 修士課程修了。九州大学大学院理学研究科生物学専攻 博士後期課程修了。2001年に東京理科大学 助教授、2007年には同大学教授。2014年より理研へ、2018年より現職。

日本の伝統技術でハリの再現に成功

再生医療の中でも、器官を丸ごとつくるという難しいテーマに取り組んでいる辻TL。その一方で「私は、本当に豊かに生きるには、それだけでは不十分だと思っています」と話し、毛髪や歯の再生など人の生活の質(QOL)の向上につながる研究も続けてきた。そして今回、ハリを再現した人工皮膚モデル「Tensional Homeostasis Skin model(THSモデル)」を開発した。

化粧品業界などでは、動物を使って安全性・有効性の試験が行われてきた。ところが近年、欧米を中心に動物実験が禁止され、動物実験代替法としての人工皮膚モデルを使った試験の重要性が増している。ただ皮膚細胞を培養してつくられる従来のモデルには、私たちの皮膚にある張力、つまり「ハリ」がない。このことに辻TLは違和感を覚えた。

「若い頃は、紫外線で日焼けしても回復が早いが、年を取ると遅くなる。その上、ダメージを受けやすくなります。こういった年齢に伴う皮膚機能の変化は、もしかしたらハリと関係しているのではないかと思うようになりました」。だとするならば、ハリが再現されていない従来モデルは、老化してしわができた皮膚だけを再現していることになる。

ハリを再現した人工皮膚モデルの図

図1 ハリを再現した人工皮膚モデル

中央の白い部分が皮膚。透明な培養容器で皮膚の周囲を押さえている。

こうして研究開発が始まり、約1年後には、ハリを再現した人工皮膚モデルの作製に成功した。皮膚細胞を培養する際に、周囲をガラス容器で挟んで縮まないように押さえることがあるが、この押さえ方が難しかったという。「皮膚が抜けないようにするために、極めて微妙な摩擦力が必要でした」。採用したのは、日本の伝統工芸で用いられる微細加工、やすり掛けの技術だ。「研究においても、日本人の繊細な美学を大切にしています」と辻TLは明かす。

生理機能も実際の皮膚に迫る

この人工皮膚モデルの性質をつぶさに調べた結果、コラーゲンの合成能力やさまざまな物質に対する反応性が向上しており、生理機能も従来モデルに比べて実際の皮膚に近いことがわかった。

さらに辻TLはこのモデルを使い、皮膚のハリと潤いに密接な関係があることを、分子レベルのメカニズムから明らかにした。コラーゲンやエラスチンはハリのタンパク質として知られている。つまり皮膚のハリとは、真皮でコラーゲンやエラスチンが線維芽細胞を引っ張っているために生じる「張力」だ。辻TLは、この引っ張られているという情報が、線維芽細胞にさらにコラーゲンやエラスチンを生産するように働きかけていることを突き止めた。「『鶏が先か、卵が先か』と思われるかもしれませんが、ハリが失われると、ますますハリ成分がつくられなくなっていくのです」。

皮膚のハリをつくり出している真皮の構造の図

図2 皮膚のハリをつくり出している真皮の構造

線維芽細胞をコラーゲン(濃い緑)やエラスチンが引っ張ることでハリが生じている。この引っ張り力が、転写因子のMRTF-Aを介して線維芽細胞に、コラーゲンやエラスチンを生産するように働きかけるのだ。

この人工皮膚モデルを使って過敏症の研究も始まった。この研究は医薬品や、有効性の確かな薬用化粧品の開発などに役立つことが期待される。

しかし、辻TLはこれで満足してはいない。いずれはよりリアルな人工皮膚を実現し、ある朝ラボに着いたとき「先生!人工皮膚に毛が生えてシャーレのふたが持ち上がっています」。そんな報告を受けてみたいと言う。今回の人工皮膚モデルの開発は、毛や汗腺なども含んだ「器官系として完全な皮膚」をつくるという最終目標のファーストステップに過ぎない。

辻TLの写真

器官系の再生を目指し、医療からQOLの向上まで幅広い分野で貢献する辻TL

(取材・構成:池田亜希子/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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