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研究最前線 2021年4月12日

クモ糸の構造を再現、人工合成の糸口に

芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』には、地獄に落ちた主人公のカンダタが、釈迦が垂らしたクモの糸をつかんでよじ登るシーンがあります。この描写は極端ですが、実際のクモの糸は意外に強く、引きちぎろうとすると想像以上の力を必要とします。この糸を人工的に合成することができれば、建築物の構造材料をはじめさまざまな分野への応用が期待できます。沼田圭司チームリーダー(TL)らの共同研究グループは、クモ糸の構造を人工的に再現することに初めて成功し、大量生産に向けた一歩に道を切り拓きました。

沼田 圭司の写真

沼田 圭司(ぬまた けいじ)

環境資源科学研究センター
バイオ高分子研究チーム
チームリーダー
1980年生まれ。博士(工学)。東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。米国タフツ大学 日本学術振興会海外特別研究員、2010年より理研 バイオマス工学研究プログラム酵素研究チーム 上級研究員、2012年より同チームリーダーを経て、2018年より現職。

クモ糸は軽量、強靭、生分解性

沼田TLが注目しているクモ糸は、クモが自らを支えるために使う牽引糸だ。軽くて強靭なだけでなく、微生物が分解できる生分解性という特徴もあるため、地球環境への負荷が小さい素材としても期待されている。

図1で1本に見えるクモ糸(牽引糸)は、実はタンパク質が一列に連なったとても細い糸が50本ほど束ねられてできている。しかし、クモの体内で細い糸がどのようにでき、どのように束ねられるのか、その仕組みは明らかになっておらず、人工合成や大量生産の課題となっている。

クモ糸の写真

図1 クモ糸

実験に使用する本物のクモ糸。実験室では実際にクモを飼っている。

繊維化に必要なのは「液-液相分離」という現象

沼田TLたちは、まず牽引糸を構成するタンパク質と性質が似た遺伝子組み換えシルクタンパク質(rMaSp2)を大腸菌につくらせ、その力学物性を解析しようと考えた。しかし、その中で偶然に液-液相分離(えきえきそうぶんり)という現象を見つけた。水と油が自然と分離するように、液体の中で、ある物質が集まって部分的に高濃度な状態になり、液相が二つに分離する現象だ。調べてみると、天然のクモ糸のタンパク質でもこの現象が起こっていた。「タンパク質の凝集が原因と考えられている神経変性疾患において、タンパク質が凝集する機構は非常に重要です。近年では、多くの神経変性疾患に関連するタンパク質が液-液相分離を起こし、凝集することが明らかになっています。このように疾患の研究ではよく知られた現象ですが、クモ糸のような構造タンパク質で液-液相分離が起きることは知られていませんでした」。

タンパク質はアミノ酸が連なってできており、タンパク質の両端はC末端、N末端と呼ばれている。解析の結果、rMaSp2のC末端にある特定のアミノ酸の繰り返し配列によって液-液相分離を起こすこと、さらに酸性にするとN末端にある構造によって網目状の微小な繊維が形成されることも分かった(図2右)。

液-液相分離状態と網目状の微小繊維が形成された写真

図2 液-液相分離状態と微小繊維

中性でrMaSp2にリン酸カリウムを添加すると液-液相分離状態になる(左図)。これを酸性にすると、網目状の微小繊維が形成される(右図)。

この微小繊維を引っ張ると、牽引糸のように繊維が束ねられた構造になることも分かった。液-液相分離が起こらないと微小繊維ができない。また、クモが合成する天然のシルクタンパク質を使った実験でも、液-液相分離が確認されている。つまり、クモがつむぐ天然のクモ糸も液-液相分離を経由する仕組みである可能性が高く、この現象がクモ糸の人工合成に重要であることが示されたのだ。

今回の発見が元となり、クモ糸の人工合成が実現すれば、自動車のフレームに使われる強化材やシートのクッション材、生分解性の樹脂やフィルム、ファッション向けの繊維などに活用できると期待されている。実際、世界の数多くの企業がクモ糸を素材として使うための研究開発を進めている。

沼田TLはクモ糸以外にも天然の素材を分析し、人工的に模倣する分子設計の研究を通じて、新しい素材開発につなげたいと考えている。「私たちの研究室では、大きなテーマとして、タンパク質の部品であるアミノ酸をつなげる研究や、人工的につくったタンパク質を化学反応させて構造素材などに活用する研究をしています。単純なユニットで多くの機能を持たせることができる高分子(タンパク質など)に関心がありますね」と、天然素材を模倣する研究の面白さと応用の可能性について語っていたのが印象的だった。

バイオ高分子研究チームの写真

国際色豊かなバイオ高分子研究チーム

(取材・構成:島田祥輔/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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