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私の科学道 2022年2月25日

歩んできた道の正しさを知る

原山 優子の写真

原山 優子 (はらやま ゆうこ)

理事
1951年東京都生まれ。スイス・ジュネーブ大学教育学博士課程および経済学博士課程修了。教育学博士、経済学博士。ジュネーブ大学経済学部助教授、東北大学大学院工学研究科教授、経済協力開発機構科学技術産業局次長を経て、2013年総合科学技術・イノベーション会議常勤議員。2011年レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ受章。2020年より現職。

大陸をまたぐ引っ越しを経て残った本たち

14歳で単身フランスに渡り、パリ郊外のサンピエール学園で3年間学んだ。帰国して暁星学園国際部日仏科に転入し、卒業後はフランスのブザンソン大学数学科へ進学。「大学卒業後も大陸をまたいで何度も引っ越しました。増えていく本を全て持っては行けないので、欲しい人がいれば譲り、処分せざるを得なかったものも。今、手元に残っているのは、どうしても手放せなかった本たちです」

その一冊が、ミシェル・クロジエとエアハルト・フリードベルグの『L'acteur et le système』(英題『Actors and Systems』)である。大学を卒業後、日本に戻って微生物学の研究者と結婚、出産。夫がスイスのジュネーブ大学へ移ったため、家族で渡欧。3人の子育てが少し落ち着いたところで、ジュネーブ大学でもう一度学ぶことにした。

「子育ての経験が生かせると思い、教育学を専攻しました。『L'acteur et le système』は、必修だった社会学のレポートの課題書でした。人の行動と組織の関係について書かれていて、マーカーを引きノートに書き写しながら、時間をかけて読みました。これほどじっくり読む本は一生のうちで数冊でしょう。この本から、組織は人がつくったものであるが故に変えられることを学びました。その視点は、今でも役立っています」

マーカーが引かれたクロジエらのエッセイ本の写真

マーカーを引きながら読み込んだクロジエらの社会学的エッセイ『L'acteur et le système』

新しい挑戦を後押ししてくれた

大学院に進み教育学の博士論文に着手したころ、経済学部に入り直した。「空き時間を埋めるために取った教育経済学が思いのほか面白かったのです。経済学には数学が必要ですが、ブザンソン大学で数学を学んでいたので苦労しませんでした。そのまま経済学で大学院にも進みました」

そして、米国スタンフォード大学の経済学部教授だった青木昌彦氏のもとに1年間留学。経済学の博士号を取得していない学生の受け入れは、異例だった。

「指導教官がこれ以上は望めないと思うほどの推薦書を書いてくださったおかげで、留学が実現したのです。私は、起業が相次いでいたスタンフォード大学とシリコンバレーの関係を研究しました。

当時の経済学としては新しいテーマでしたが、青木さんは自由にやらせてくれました。その理由が、後に青木さんが書いた『私の履歴書 人生越境ゲーム』を読んでよく分かりました。彼は、分野の境界は越えるものであり、面白い研究テーマがあれば分野にとらわれずにやればいい、そしてチャレンジに終わりはないという考えをお持ちでした。イノベーティブな青木さんとの出会いで、私の人生は大きく変わりました」

米国で仕上げた論文を、青木氏は「面白いから読んでみて」と同僚のネイサン・ローゼンバーグに紹介した。ローゼンバーグは、経済成長における技術革新の影響に関する研究の第一人者である。そして出張で英国にいた彼とロンドンで会った。

「経済成長と技術革新における大学の位置付けを研究したいけれども、経済学で当てはまる分野がなく、やっていいものか迷っている、と話しました。するとローゼンバーグは、私も最初のころは邪道と言われ、論文を掲載してくれる学術誌がなくて困ったんだよ、だから本を書いたんだ、と言うのです。それでみんなが認めてくれるようになった。だから、あなたも頑張りなさい、と」

その本が『Inside the Black Box - Technology and Economics』だ。読むと、背中を押される思いがした。ジュネーブ大学に戻り、経済学の博士号を取得、1998年からは経済学部の助教授となった。

偶然に出会って

ふと書店に立ち寄り、本を手に取ることもある。「偶然の出会いも大切です。何か語り掛けてくる、そんな本を選ぶことが多いですね」

フランソワ・ジャコブの『La souris, la mouche et l'homme』(邦題『ハエ、マウス、ヒト──一生物学者による未来への証言』)との出会いも、フランスの駅構内の書店だった。1965年のノーベル生理学医学賞を受賞したジャコブが、自分が経験したことを語っている。それは20世紀の生物学の歴史そのものである。

「生物学の研究対象はショウジョウバエからマウスへと進んできて最後に扱うのがヒトであるとし、その特殊性や複雑性が語られています。この場合の"ヒト"は、"人"あるいは"ひと"と書いた方がふさわしいでしょう。サイエンスで"人"をどこまで扱ってよいか、根源的な議論が必要であると提言しています。私は科学技術に関する国の会議に出席することも多く、ヒト胚の取り扱いを議論する際などはジャコブの言葉がよみがえってきます」

いいんだよ、やっちゃえ!

こんな本も挙げる。岡本太郎の『自分の中に毒を持て』『自分の運命に楯を突け』『自分の中に孤独を抱け』。書店で見掛け、「懐かしくて」手に取ったという。

「岡本太郎は祖父の友人で、家にもよく来ていたのです。本を読むとそこには、格好つけることなく、偉ぶることなく、やりたいことをやる、人間性を丸出しにした岡本太郎がいました。それは、小さかった私が大好きだった"太郎ちゃん"そのままでした。人に言われたことにとらわれる必要はない、いいんだよ、やっちゃえ、というストレートなメッセージに、自分が歩んできた道は間違っていなかったんだと、ホッとしました」

若い世代と接する機会も多く、その中で感じたことがある。「枠をつくって自分を守っているつもりで、実はその枠に苦しめられている人がたくさんいます。やりたいことをやっていいのよ、と声を掛けたいですね」

できるだけ原著を読むことにしている。「素晴らしい翻訳も多いのですが、原著で読んでこそ、筆者のハートに触れることができるように思えるのです」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト、撮影:STUDIO CAC)

『RIKEN NEWS』2020年10月号「私の『科学道100冊』」より転載

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