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研究最前線 2022年5月10日

複数の臓器をキューブでつなぐ生体チップ

医薬品の開発には、約1,000億円という膨大な費用と労力、そして動物やヒトでの安全性・有効性試験が必要です。ところが、開発の後半、ヒトでの臨床試験で不具合が見つかる割合は9割以上。この数値を下げれば大幅なコストカットが見込めます。その手段として、萩原将也 理研白眉研究チームリーダー(白眉TL)は、「CiC(Cube-in-a-Chip)」を開発、これにより精度の高いヒトのモデルを用いた新たな創薬プロセスが見えてきました。

萩原 将也の写真

萩原 将也(ハギワラ・マサヤ)

開拓研究本部
萩原生体模倣システム理研白眉研究チーム
理研白眉研究チームリーダー

CiCでイノベーションを

医薬品の開発では「細胞→動物→ヒトでの臨床試験」の順に試験を行う。1種類の細胞だけでは分からない臓器間での相互作用は動物実験で、ヒト特有の作用はヒトで試験をする。

化粧品や食品業界も含めて、動物実験を減らそうとする世界的な流れの中、ヒトの幹細胞から肺や心臓、腸、脳などミニ臓器をつくる技術と、血管を模した流路で細胞間をつなぐデバイス技術(生体チップ)の開発競争が巻き起こっている。最初からヒトの臓器間での相互作用を確かめることができ、臨床試験に進む候補を高い精度で絞り込めると期待されているからだ。しかし、この両技術は最終目標が同じでも両立は難しい。

萩原白眉TLは小さなキューブの中でミニ臓器をつくり(図1)、キューブごと臓器をつまんでデバイスにセットすることで、技術統合における難しさを乗り越えた。「多種の臓器をそれぞれ別工程でつくり、高品質の臓器キューブのみをカセット式に納める、1分の準備で誰でも試験を開始できます」と説明する。コストを抑え、信頼性や再現性を向上できる。

iPS細胞からつくった内胚葉組織の写真

図1 iPS細胞からつくった内胚葉組織

1辺が5mmのキューブの中に組織やミニ臓器をつくる。

薬が脳に届くかを見極めるデバイス

萩原白眉TLはCiCを使い「血液脳関門(BBB)」のモデルをつくった(図2)。「脳」にはその機能を守るため血液中の化学物質を通しにくい「関門」がある。キューブ内でBBBを構成する3種類の細胞を配置し、一面のバリアを再構築することで(図3)、BBBモデルでも蛍光物質が通りにくくなることを確認、脳関門状態を見事に再現した。これまで関門のため脳に届きにくかったアルツハイマー病やパーキンソン病などの薬の試験にも貢献しそうだ。

血液脳関門モデルデバイスの図

図2 血液脳関門モデルデバイス

脳関門と疾患を持つ神経細胞の2種のキューブをセットする。キューブは6面全てから顕微鏡で観察できるのも特長。アストロサイトはグリア細胞の一種。

血液脳関門バリアの図

図3 血液脳関門バリア

紫:内皮細胞表面 青:血管周皮細胞 緑:アストロサイト(100μmは0.1mm)

ミニ臓器を本物に近づける工夫

萩原白眉TLらの強みは、細胞周りの環境をより体内に近づけて、ミニ臓器の形を制御できること。多くのミニ臓器のつくり方は、体内とは全く違う環境下で細胞任せに増殖させる。そのため、本来の臓器とはかけ離れた形になってしまう。

例えば、3Dプリンタを用いてキューブ内に細胞が増殖しやすい空間をある程度つくっておくと、あとは細胞任せでも本物に近い3次元血管模様を形成していく。また、キューブ内の細胞周辺に栄養因子や硬さなどが不均一な場をつくっておけば、細胞をより複雑な組織の形態へと成長させることができる。

「創薬プロセスにおけるパラダイムシフトを目指して、欧米では政府、製薬会社が多額の予算を投じて動物代替モデルの開発を進めています。日本も負けていられません」と萩原白眉TL。少しでも早く事業化できるよう臨床試験前のスクリーニングに使えるBBBで有効なデータを示したいと意気込んでいる。

(取材・構成:大石かおり/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

関連リンク

  • 本研究は科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)機能検証フェーズ、大学発新産業創出プログラム(START)の支援を受けて行われました。
    研究紹介動画 「Cube-in-a-Chip system for drug development」(3分19秒)

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