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研究最前線 2022年5月16日

人工初期胚の作製に必要な最後のピース

1個の小さな受精卵から生命が誕生する過程はとても神秘的です。受精卵が卵割を繰り返して胚盤胞になると内部に空間ができ、身体になる部分、胎盤になる部分、卵黄嚢をつくる部分の3種類の系列に分かれます。これらの中で、主に身体と胎盤を形づくる幹細胞の培養技術は確立されていましたが、卵黄嚢をつくる幹細胞の培養には成功例がありません。最後のピースである第3の幹細胞をマウスで完成させたのが大日向康秀客員研究員たちです。人工的に初期胚をつくる道が開かれ、生命誕生の不思議に迫る研究が進みそうです。

古関 明彦と大日向 康秀の写真

(左)古関 明彦(コセキ・ハルヒコ)チームリーダー
(右)大日向 康秀(オオヒナタ・ヤスヒデ)客員研究員

生命医科学研究センター
免疫器官形成研究チーム

第3の幹細胞

マウスの卵は受精後3日半すると数十の細胞でできた胚盤胞になる(図1)。発生や再生の研究に使われてきたES細胞(胚性幹細胞)は、この時期の細胞系列のうちエピブラストから人工的につくられる。ES細胞は個体のあらゆる部分に分化するが、胎盤や卵黄嚢には分化しない。iPS細胞も同様だ。

幹細胞から初期胚(人工胚)をつくるには、ES細胞のほかに胎盤になる栄養膜と卵黄嚢になる原始内胚葉から幹細胞をつくる必要がある(図1)。栄養膜の幹細胞、TS細胞はすでに樹立されており、残るは原始内胚葉の幹細胞だった。大日向客員研究員らは、期待されていた第3の幹細胞を完成させ、それを「PrES(プレス)細胞」と名付けた。

人工胚をつくる仕組みの図

図1 人工胚をつくる仕組み

受精後3日半のマウスの胚盤胞から3種類の幹細胞をつくる。それら幹細胞から人工胚を再構築する。マウスの誕生につながる人工胚の構築が期待される。

卵黄嚢は脊椎動物の胚の育成に欠かせない組織だ。哺乳動物でも胎盤ができるまでは卵黄が栄養分を補給している。

原始内胚葉を除去した胚盤胞にPrES細胞を入れて子宮に戻すと、正常な卵黄嚢ができてマウスが誕生した。また、PrES細胞にES細胞とTS細胞を加えて生じた構造物をマウスの子宮に戻すと、30%ほどが着床した。「胚が子宮に着床すると、母体側の胎盤組織である脱落膜が高効率に誘導されました。これには驚きましたね」と古関明彦チームリーダー。この方法が発展すれば、いずれ生きたマウスが誕生する可能性もある。

新規培養材料と先行研究が難題解決の鍵に

原始内胚葉から幹細胞をつくるのが難しかった背景には技術的な問題が隠れていた。幹細胞の培養には血清培地が使われるが、血清には、未分化のままの質の良いPrES細胞を得る妨げになる成分が含まれている。成功の鍵は、血清を含まない培地を使ったことだった。培養材料の進歩と研究者の工夫がPrES細胞を実現に導いた。数々の先行研究も糸口となった。

生命が出来上がる不思議を知りたい

「今回の研究成果は通過地点」と位置付ける大日向客員研究員の視線の先には、これから解決したいたくさんの課題が山積している。まずは3種類の幹細胞からマウスを誕生させること。そして、その過程でどんな細胞間相互作用が起こっているのかを明らかにすることだ。マウスだけでなく、ヒト細胞も視野に入れている。ヒトではES細胞もTS細胞もすでにつくられているが、PrES細胞はできていない。もしヒトPrES細胞ができれば、ヒトの初期発生についての知識が深まる。

「生命が出来上がる不思議を科学の言葉で理解したい」。悠然と大きな目標に真っ直ぐに向かう研究スタイルが印象的な大日向客員研究員。父の仕事の都合で小学校の半ばから数年を中国・北京で過ごした。10代の頃、ジャズ演奏にはまっていた時期もある。

気分転換は食べることと料理すること。「食べ過ぎに気をつけないと」と言いながら、うまいものには目がない。市場に出かけ、包丁を振るい、珍味のカラスミまで自分でつくってしまう本格派だ。友人たちと会食する楽しみがコロナ禍でお預けになっているのが少々つらいところだ。

(取材・構成:古郡悦子/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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