堤防が決壊し、家屋が流される。雨はさらに降り続く見通しで状況は予断を許さない。そんなニュースに胸を痛める気象研究者が、気象制御を視野に入れた研究を始めています。これまでも気象予測に数々のイノベーションを起こしてきた三好建正チームリーダー(TL)に、一風変わった研究キャリアや研究の進め方、そして、次なる大胆な挑戦について話を聞きました。
三好 建正(ミヨシ・タケマサ)
計算科学研究センター
データ同化研究チーム
チームリーダー
気象予測のイノベーター
「真夏日になるでしょう」「10分後に雨雲が通るでしょう」。そんな予報を出すために、衛星やレーダなどで観測した気象データを使って、スーパーコンピュータが膨大な計算をしている。
予測は遠い未来になるほど誤差が大きくなる。そこで、ある時間ごとに、観測した実際のデータを計算に入れて予測の精度を高めている。その際、計算によるシミュレーションと観測データをつなぐのが「データ同化」という手法だ(図1)。
三好TLはデータ同化で気象予測の精度を格段に上げてきた立役者の一人。気象の学術界で「これからの天気予報にはデータ同化が要になる」と目されていた2002年に、気象庁の職員としてデータ同化の技術開発を始めた。2003年からの米国留学中に、まだ実用化されていなかった「アンサンブルカルマンフィルタ」という方法を使った気象予測のシステムをつくり上げた。このシステムは、その後、世界中の研究者に使われる有名なシステムとなり、また、技術開発を経て、現在も気象庁で使われ続けるシステムへと発展していった。
そして、2012年から理研で研究を始めた三好TLは、誰もが不可能と考えていたゲリラ豪雨の予測をも可能にした。
図1 データ同化と気象研究
観測・実験データとシミュレーションをつなぐ役割をするデータ同化。画像提供:東芝インフラシステムズ株式会社(気象レーダ写真)、理研・国立情報学研究所・情報通信研究機構・ 大阪大学・株式会社エムティーアイ(3D雨雲ウォッチ)
型破りのキャリアパス
どのようなキャリアパスが革新的な研究者を生み出したのだろうか。三好TLは大学4年生のときに、カオス力学の研究をしたが、その後も進学して研究を続けることに漠然とした不安を感じていた。そのため、大学院には進学せず気象庁で国家公務員として働き始め、総合調整やとりまとめ、国会や法案の作成に関わる業務などに明け暮れた。「このとき、国の行政の仕組みを肌で感じました。これは私の財産です。社会に変革をもたらす研究に挑む際、配慮すべきポイントに勘が働きます」
入庁3年目のある日、上司から「データ同化をやってみて」と業務命令が下り、前例のない取り組みに先輩と二人のチームで臨んだ。こうして指導教員に頼れない研究が始まった。『データ同化の現状と展望』という一冊の教科書的な白書はあったが、「私は文字を読むのも数式も得意ではありません。そこで、計算コードを書いて走らせるという実践を繰り返しました。カオス力学の知識が役立ちましたね。ゲーム感覚で面白かったです」と三好TL。
プログラム作成は通常2~5年はかかるが、わずか3カ月で仕上げた。「こんな楽しいことで給料をいただけるのか、と思いました。ただ、異動が多いので次の辞令で技術開発三昧の生活は終わるかもしれない。だから、少しでも早く形にしたかったのです」。プログラムコードを書き上げた頃には、白書がすらすら読めるようになっていた。
短期間で博士号を取得するために
データ同化を始めて1年3カ月が経過した2003年、行政官長期在外研究員として2年間留学する機会を得た。留学先は、データ同化の二大手法の一つであるアンサンブルカルマンフィルタの研究が盛んな米国メリーランド大学を選んだ。気象庁では二大手法のもう一つである変分法を用いていた三好TLは、またゼロから研究を始め、数少ない二刀流のデータ同化研究者になっていく。
留学するとすぐ、講義に忙殺されながらも研究を始めた。ある日、その研究について教授に話したところ「これなら頑張れば2年で博士号が取得できる」と太鼓判を押された。そして、三好TLは修士号を飛び越えて博士号をわずか2年で取得した。
「留学生の多くは、教授のプロジェクトに雇用されながら研究のスキルを身に付けるところから始め、博士論文で取り組む研究テーマを見つけるまでに3、4年はかかります。私は留学前にコードの書き方やスーパーコンピュータを使う技術を身につけていて、アンサンブルカルマンフィルタに関する研究テーマも明確でした。これが功を奏していたのです」とメリーランド大学で後に教員も経験した三好TLは回想する。
2050年に向けた大胆な挑戦
「いくら予報が当たっても、大雨で失われる命がある。そのたびに、気象学者は辛くいたたまれない思いをしているんです」とその力の限界に触れた。
その憂いは新たな発想を生んだ。あるとき、誤ってシミュレーションに一つのデータを入れ忘れた。すると、豪雨の位置が100kmもずれた。「実際の気象に対してこのデータ一つ分に相当する人為的な働きかけができたら、前線を移動させられるのではないか。わずかな刺激が時間とともに大きな変化をもたらす、これはカオス力学そのもの」。そう考えた三好TLは「気象制御」の可能性を探り始めた。
実は、過去にも米国でハリケーンの雲に物質をまいて、勢力を弱めようとした実験があった。ところが、「もし物質をまかなかったら」という仮定を検証する術が当時はなく、研究は頓挫してしまった。「気象予測の精度が格段に向上した今、気象制御の可能性を探る準備が整いました。今なら、"もし"をシミュレーションできます」(図2)。
図2 「もし」をシミュレーションする数値実験結果
もし、観測地点やデータ同化の手法を変化させたら、雨粒量のシミュレーション結果がどのように変わるかの数値実験。(d)が正解データで、2020年7月に九州で起きた大雨の様子をコンピュータ内に再現している。(d)から観測で得られるはずのデータを抜き出して、シミュレーションにデータ同化させる。(a)線状降水帯がうまく再現できていない手法の結果、(b)今ある気象レーダを5分ごとにデータ同化、(c)新観測手法で観測地点を増やし30秒ごとにデータ同化。(c)の結果が(d)に最も近く、優れた手法と分かる。
内閣府が主導する「ムーンショット型研究開発事業」という取り組みがある。2050年に向けた社会問題解決のために大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進するプログラムだ。ここでも三好TLは責任者として、気象制御で風水害を軽減する研究を牽引している。
「昔は当たらないものの代名詞だった天気予報が、科学の力でここまで正確になりました。科学は人々の暮らしを豊かにする営みだと私は考えています。自然を思い通りに制御できるなどとは思っていませんが、自然のカラクリを理解し、調和して共生していくことを目指しています」という三好TLの未来社会を見据えた挑戦が続いている。
気象庁のマスコットキャラクター「はれるん」
はれるんは、災害のない、調和のとれた地球への祈りを奏でる緑のタクトを手に持つ。研究室に飾るはれるんを見て三好TLは「自然の中で共に生きている」という思いを新たにする。
(取材・構成:大石かおり/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2022年3月28日プレスリリース「制御シミュレーション実験-気象制御に向けた新理論-」
- 2022年3月7日プレスリリース「シミュレーションで線状降水帯の豪雨予測精度を改善」
- 2021年7月13日お知らせ「『富岳』を使ったゲリラ豪雨予報」
この記事の評価を5段階でご回答ください