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研究最前線 2022年7月4日

原子も群れをつくって集団行動

ムクドリやイワシの大群が一斉に方向転換をするなど秩序だった集団行動をする姿は神秘的です。同様の現象は私たちの細胞など、より小さな世界でも確認されています。そして、さらに小さな原子の世界でも引き起こせることを、コンピュータによるシミュレーションで理論的に確認したという足立景亮基礎科学特別研究員(以下、研究員)に話を聞きました。

藤澤 茂義の写真

足立 景亮(アダチ・キョウスケ)

生命機能科学研究センター
生体非平衡物理学理研白眉研究チーム
基礎科学特別研究員

鳥や魚の大群の集団行動は「相転移」と呼ばれる物理現象

数千~数万の鳥や魚の大群による集団行動は、どのようなメカニズムで起こっているのだろうか。言い換えれば、個々の鳥や魚が最低限どのような能力を持っていれば、秩序だった集団行動が可能になるのか。興味深いことに、同様の現象は、より小さなバクテリアや私たちの細胞などの集団においても確認されている。足立研究員らは、「さらに小さな原子の世界でも同様の集団現象が見られるのではないか」と考え、コンピュータによるシミュレーションを行い、理論的に同様の現象が起こることを確認した。

ムクドリの大群の図

図1 ムクドリの大群

数千~数万羽のムクドリが巨大な一つの生き物のような動きをしながら飛ぶ様子。このような集団行動をとることができるのは、個体同士の距離が近くなることで相互作用が強くなり、一種の相転移が起こったためだと考えられる。

足立研究員は「キーワードは"相転移"」と語る。相転移とは、液体の水が冷却することで固体の氷になるように、ある集団の性質がガラッと一変する現象のことをいう。集団を構成する要素同士の相互作用の大きさが変化することによって引き起こされる現象だ。

「鳥や魚、細胞の共通点は、自分の力で動くことができる"自己駆動"の能力と、周囲と"相互作用"する能力の両方を併せ持っていること。このような性質を持つものを、総称して『アクティブマター』と呼んでいます。アクティブマターでは、それまでバラバラに動いていた個体同士の距離が近くなることで相互作用が強くなり、その結果、一種の相転移が起こると解釈できるのです(図1)。私は、それならば、より小さな原子の世界にもアクティブマターが存在するのではないかと考え、研究を始めました」

原子の世界にも相転移による集団行動があった!

アクティブマターは、古典力学の理論モデルを使って記述できることが知られている。一方、原子の世界は古典力学では記述できず、量子力学を使って記述される。そこで、足立研究員は、原子の世界のアクティブマターとして「ハードコアボソン」と呼ばれる粒子を考え、古典力学の理論モデルをもとに、量子力学の理論モデルを構築した。そして、コンピュータシミュレーションで集団の性質を調べた。その結果、粒子の運動エネルギーや粒子同士の相互作用の大きさを変えることで、多くの粒子が一定方向に一斉に向きを変える、凝集するといったアクティブマター特有の集団行動が確認されたのだ(図2)。この発見は、集団行動に関する普遍的な原理が古典力学と量子力学に共通して存在することを示唆している。

粒子の運動エネルギーと粒子間の相互作用によって引き起こされる集団行動の図

図2 粒子の運動エネルギーと粒子間の相互作用によって引き起こされる集団行動

右向きあるいは左向きという2種類の運動方向をとる粒子(ハードコアボソン)の集団を考える。粒子の運動エネルギー(自ら動く力)や、粒子間の相互作用(粒子間に働く力)の大きさを変えることで、粒子の運動方向が揃ったり、多くの粒子が凝集したり、しま模様を形成したりするなどの集団行動が見られることが、量子力学の理論モデルに基づくコンピュータシミュレーションで確認された。

「私は大学院まで物理学を専攻しており、超伝導を研究していました。超伝導は相転移の一種であり、量子力学に起源を持ちます。アクティブマターの集団行動も相転移によって説明できることから、量子力学の世界においてもアクティブマターが存在するのではないかと発想したのが研究の出発点でした」

足立研究員は、今後もこの研究を深掘りしていくとともに、古典力学と量子力学の架け橋になるような研究領域の確立を目指したいと話す。

(取材・構成:山田久美/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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