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私の科学道 2022年8月29日

恩師から学んだ科学者としての姿勢

遺伝子工学が勃興した頃に研究人生が始まった吉田稔研究政策審議役。細胞にまつわる基礎から応用研究まで力を注いできました。研究者として大切にしてきた姿勢、理研の研究者を導く立場としての思いを語ります。

吉田 稔の写真

吉田 稔(ヨシダ・ミノル)

研究政策審議役
恩師・別府輝彦先生の師である坂口謹一郎先生(農芸化学者)の揮毫「愈究愈遠(いよいよ究め、いよいよ遠し)」と。ご子息である農芸化学者の坂口健二氏から形見分けとして贈られた。見るたび、研究には終わりがなく、長期間続けなければという思いを心に刻む。

社会の役に立つ研究者になりたい

私の父は戦後、急速に発展した電子工学の研究者でした。子ども心に憧れていて「社会の役に立つ研究者になりたい」と実用に近い分野の農学部に進みました。

1980年に、運良く、最先端で人気の醗酵学の研究室に配属されました。このとき、配属された全員が遺伝子工学のテーマを希望したのです。その瞬間「みんなと同じではなく、新たな抗生物質を探索するテーマにしよう」と決心しました。抗生物質が感染症による死から人々を救う立役者だと学んでいたからです。

基礎研究と応用研究の相互作用

1985年、血液がんの白血病に効く物質を探していたとき「トリコスタチンA」を探し当てました。ただ、これはカビに効く抗生物質として既に発見されていました。既知物質では物質特許が取れないので、それ以上は追わないのが天然物探索の不文律です。しかし、私はがん細胞を正常化させるトリコスタチンAの働きを知りたくなったのです。「真に面白い研究ならば何をやっても良い」と恩師の別府輝彦先生が研究を認めてくださいました。

研究を続けると、トリコスタチンAに「ヒストン脱アセチル化を阻害」という遺伝子の働き方を変化させる重要な役割があると分かり、がん細胞を正常化するメカニズム解明にも繋がっていったのです。このとき、謎解きのような基礎研究の面白さに目覚めました。

ヒストン脱アセチル化酵素HDACとトリコスタチンAの模型の写真

図1 研究人生のマイルストーンとなったもの

居室には、ヒストン脱アセチル化酵素HDAC(透明の塊)とその働きを阻害するトリコスタチンAの模型が置かれている。

1987年から95年にかけてその多彩な生物活性を論文化した後、2年ほど病気療養のため研究を中断しましたが、その間にもトリコスタチンAを使った研究成果が科学雑誌『Nature』や『Cell』に毎号のように取り上げられました。基礎研究の発展に貢献する物質を見つけたと喜びを感じています。

別府先生は「独創的な基礎研究は優れた応用研究から始まる」と産業界との情報交換を大切にしていました。その言葉を胸に、私も基礎研究と応用研究を行ったり来たりして両者が相互作用する様を感じながら「真に面白い研究」を探究し続けてきました。

冊子の表紙などの写真

研究の足跡

研究の活性化を目指して

残念ながら、天然物探索は非効率だからと研究する人が減っています。それに代わって注目されるAIや機械学習で物質をデザインする研究も、基にしているのは実は過去の知見です。その知見を劇的に拡張する物質探索をやめてしまう流れには危機感を抱いています。これからは両者が協業していくべきでしょう。

私自身、部屋が隣となった研究者の専門性によって研究が飛躍した経験があります。2022年度から、新たな科学の創成を目指す開拓研究本部やライフサイエンス分野での研究推進において理事を補佐する立場となりました。理研内外の研究者が有機的に連携し、分野を横断した研究を推進し協業できる仕組みを目指しています。

文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の一環で、世界の優秀な研究者が日本で活躍できる拠点づくりをするために、ここ10年ほど力を注いできました。当初はWPIが理研の制度を参考にしていましたが、その後、独自の発展を遂げています。WPIの良いところは取り入れつつ、分野横断研究や新領域が興る理研にしていきたいですね。

(取材・構成:大石かおり/撮影:古末拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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