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研究最前線 2022年8月22日

免疫研究から漢方薬の効き目を解明

胃腸の調子を整える薬として広く処方されている漢方薬「大建中湯」。しかし、どのようなメカニズムで効くのかは長年、謎のままでした。佐藤尚子専任研究員(以下、研究員)は、自身がパスツール研究所留学時に発見した免疫細胞からその謎に迫り、大建中湯が短期の服用で効果をもたらすメカニズムを明らかにしました。

佐藤 尚子の写真

佐藤 尚子(サトウ・ナオコ)

生命医科学研究センター
粘膜システム研究チーム
専任研究員

捨てられるサンプルからお宝を発見

感染症研究で有名なフランスのパスツール研究所。奨学生として留学したものの、自由に研究材料を使わせてもらえる環境にはなく、日本で思い描いていたような研究はなかなかできなかった。考えた末、別の研究室に「なんでもいいから実験できる何かをください!」と頼み込んだ。すると、その研究室を去る予定の学生が「緑に光るマーカー付きだけど、もう廃棄するから」とマウスの腸のかけらのサンプルを譲ってくれた。

佐藤研究員は、自身の研究のために免疫系細胞の一つ、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)を赤く光らせるマーカーを付けて顕微鏡をのぞいたところ、驚きのあまり息をのんだ。緑と赤のマーカーが同じ位置で重なって光っていたのだ。緑色のマーカーは細胞分化に関わるタンパク質「RORγt」の存在を示すもの。「NK細胞でRORγtが働いている!」、当時、そのような細胞の存在は知られていなかった。後に、3型自然リンパ球(ILC3)に分類される新種の細胞発見の瞬間だ。この成果は世界中でがんや感染症、アレルギーなどにまつわる多くの免疫現象の解明に役立っている。

漢方薬の即効性を実証

その後帰国した佐藤研究員は、理研で免疫研究を継続。大建中湯の効果には、ILC3の働きが関わっていると明らかにしたのは最近の成果の一つだ。腸炎のマウスは体重が20%以上減少するが、大建中湯を投与した腸炎マウスは、ほとんど体重減少しなかった(図1)。

大建中湯による体重減少の抑制の図

図1 大建中湯による体重減少の抑制

大建中湯は1週間前から実験終了まで、餌に混ぜて投与。投与7日目から5日間、腸炎を起こす液体(DSS)を飲水に混ぜて腸炎を誘発。大建中湯を投与したマウスでは、腸炎を起こした後の体重減少が抑えられた。グラフ中の「***」は、統計学的な検定の結果有意水準p<0.001を示し、有意な差があることを表す。

そこで、腸内フローラ(細菌のバランスや量)を調べたところ、大建中湯を投与した腸炎マウスは健康なマウスに近く、特に乳酸菌の一種「ラクトバチルス」という細菌が増えていた(図2右)。そして、ラクトバチルスがつくるプロピオン酸が、腸管内の炎症を修復する働きで知られるILC3細胞の一種を増やしていたのだ。「漢方薬は、長く飲んでいると緩やかに効くという印象でしたが、腸内環境が速やかに改善する様子を捉えられたのは驚きでした」

大建中湯の作用機構イメージ図の画像

図2 大建中湯の作用機構イメージ図

腸炎(左):腸管内の細菌量が減り、細菌の種類のバランスも崩れる。
腸炎+大建中湯(右):①ラクトバチルスが増える。②ラクトバチルスがプロピオン酸をつくる。③プロピオン酸を受け取る受容体GPR43を細胞表面に出したILC3細胞の一種が増える。④ILC3が腸表面の組織修復を促すタンパク質「IL-22」を多量に放出して健常な状態に近づく。

佐藤研究員は他の免疫研究にも取り組んでいる。これまで免疫とは無関係と考えられていた胃が免疫応答に重要な役割を果たすという研究や、救急救命の場で起こる、急激な免疫応答の暴走による多臓器不全についての研究と対象は幅広い。

2人の子育てをしながら学会の委員も務める佐藤研究員は「免疫研究は探偵みたいで面白い。足跡や指紋ではなく、データという状況証拠から免疫の仕組みを推理しています。多くの後輩にこの面白さを伝えながら、一緒に研究したいですね」とほほ笑む。

(取材・構成:大石かおり/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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