1. Home
  2. 広報活動
  3. クローズアップ科学道
  4. クローズアップ科学道 2022

研究最前線 2022年8月18日

謎の化石の正体を放射光と系統解析で解き明かす

19世紀に英国で化石が発見されて以来、130年もの間、謎の生物とされてきた「パレオスポンディルス」。従来のアプローチに放射光科学を組み合わせた理研ならではの研究アプローチによって、進化系統上の位置付けが明らかになりました。研究を主導した平沢達矢客員研究員と倉谷滋主任研究員に話を聞きました。

倉谷 滋と平沢 達矢の写真

(左)倉谷 滋(クラタニ・シゲル)主任研究員
(右)平沢 達矢(ヒラサワ・タツヤ)客員研究員

開拓研究本部
倉谷形態進化研究室

複数系統の特徴を持つ謎の生物

古代生物の中には、進化の道筋を示す系統樹のどこに位置付けるべきか、分からないものがまれにある。1890年に英国スコットランド北部で発見された「パレオスポンディルス」もその一つだ。およそ4億年前のデボン紀の地層から見つかった長さ5㎝ほどの化石は「背骨を持つ古生物」という意味の「palaeo(古代の)+spondylus(背骨、椎骨)」と命名された。

パレオスポンディルスは、背骨がよく発達しているという、比較的新しい脊椎動物の特徴を持つ一方、歯や皮骨性頭骨、対鰭(ついき)がないという、脊椎動物では最も原始的な円口類だけに見られる特徴を併せ持っている。皮骨性頭骨はヒトの頭蓋骨に相当する骨の構造だ。対鰭は胸ビレと腹ビレのことで、陸上生物に進化する過程で四肢に変化していく部分でもある。

このように系統的にちぐはぐな特徴を持つため分類が難しかったが、発見以来130年の時を経て、ようやく謎の一端が明らかになったのだ。

SPring-8で岩石に埋まった化石を観察

謎解明に有力な手段となったのは、理研が運営する大型放射光施設「SPring-8」に設置されたシンクロトロン放射光X線マイクロCT(以下、放射光X線CT)。強力で細く平行なビームにより、光学顕微鏡に近い分解能で化石の観察が可能だ。

一般に化石は、岩石の表面に露出したものが発見されるため、破損していたり、微細な構造が変質していることが多い。だが放射光X線CTなら、岩石の中に本来の形のまま封じ込められた化石を透過して観察することができる。「そこで約2,000点もの標本ストックから、頭部が岩石に埋まっているものを探しました。条件を満たした化石は2点のみ。これらを研究対象としました」と平沢客員研究員。

分解能を上げるにはX線が試料を透過する割合(透過率)を上げる必要がある。このため、試料を削りながら分解能を上げ、最終的には1.46μmと、既存の報告を超える分解能での撮影に成功した。その結果、個々の細胞が収まっていた穴や、骨が形成される過程の組織、軟骨膜などを確認でき、骨と骨の境界や関節も識別できた。また、平衡感覚器である半規管のループが、ヒトなどと同様に三つあることも確認した。円口類はループが二つのため、パレオスポンディルスが円口類ではないことが明らかになった。

パレオスポンディルスの頭骨(3次元モデル)の図

図1 パレオスポンディルスの頭骨(3次元モデル)

放射光X線CTによる微細構造の分析から個々の骨を同定し、色分けした。頭部の骨は左側の口や鼻などの吻部と右側の後頭部の二つに分かれ、頭蓋内関節で繋がっている。

さらに、他のグループの脊椎動物と比較しながら個々の骨を同定し、得られた特徴から、パレオスポンディルスの系統上の位置付けを検証した。「化石種の系統解析では骨の形の特徴を比較します。今回は100以上の特徴を抽出、それが進化の中で変化していく過程を計算によって解析する方法を用いました。その結果、パレオスポンディルスは、"四肢動物型類"と呼ばれる系統の中で、比較的、陸上生物に近いことが分かりました」

系統に合わない特徴は幼生の可能性

だが、謎が残る。歯や皮骨性頭蓋、対鰭がない、といった特徴は円口類だけに見られるもので、パレオスポンディルスの近縁と考えられる他の四肢動物には見られないからだ。

「実は、四肢動物の中でこうした特徴を持つ生物も存在します。カエルがその一つです。オタマジャクシ(幼生期)には手足がなく、皮骨性頭蓋も未発達で歯もありません。パレオスポンディルスは、四肢動物の幼生段階に見られる特徴を持った動物と推定できます。しかし、今回の研究で位置付けた系統には、幼生期を持つ動物は知られていません」と平沢客員研究員。四肢動物が誕生する移行期に幼生の特徴が揃った動物が存在していたことは、学術上の重要なポイントで、他の研究に与える影響は大きいという。

パレオスポンディルスの系統上の位置付けの図

図2 今回の研究で明らかになったパレオスポンディルスの系統上の位置付け

四肢に移行する段階のヒレを持つ動物に近い。パレオスポンディルスは近縁動物に比べ、著しく小さく、対鰭が見られないなど、幼生と推定される形態を持つ。

待ち望んだ解明のチャンス

平沢客員研究員にはパレオスポンディルスに対して特別な思いがあった。「大学で学んだ古生物学の教科書の多くに載っていて、以来20年、その正体を解明したいと思い続けてきました。今回の成果は130年越しの謎の解明で、念願がかないました」と笑顔を見せた。

倉谷主任研究員は、「分類学者や進化生物学者は、世界を正確に知りたいと思っています。新たな発見によって信じていたものが崩れ、より正しい理解に到達する。一瞬で別の世界に移り住むような感覚を味わえます」と研究の醍醐味を語った。

実は、倉谷主任研究員と平沢客員研究員らは、2016年にパレオスポンディルスは円口類のヌタウナギに近いとする論文を書いている。今回の研究ではそれを真っ向から否定することになった。平沢客員研究員は、「上がってきた放射光X線CT画像に三半規管が写っていて、前論文の結論が間違っていたことは明らかでした」という。倉谷主任研究員も「最初はがっかりしました」と認める。しかし、結果はより大きな発見に繋がった。

放射光X線CTを用いた従来の研究は、ほとんどがフランスにある欧州放射光施設(ESRF)で行われている。今回、日本のSPring-8を用いて、世界レベルの研究が結実した意義は大きい。平沢客員研究員は、「撮影技術については改良の余地があり、将来的にはより精密な画像を得たいですね」と展望を語った。

(取材・構成:中沢真也/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

関連リンク

この記事の評価を5段階でご回答ください

回答ありがとうございました。

Top