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研究最前線 2022年9月5日

熟練の顕微授精技術で20年越しの課題を解決

精巣中に精子が存在しない無精子症のマウスから産子を得ることに成功し、この成果を2022年5月に発表しました。20年以上も解決方法が見つからなかった課題を解決したのです。実験を行った越後貫成美専任技師と小倉淳郎室長に話を聞きました。

越後貫 成美と小倉 淳郎の写真

(右)越後貫 成美(オゴヌキ・ナルミ)専任技師
(左)小倉 淳郎(オグラ・アツオ)室長

バイオリソース研究センター
遺伝工学基盤技術室

マウスで出生率を大幅改善

1998年、小倉室長はマウスの「一次精母細胞」を使って産子を得ることに世界で初めて成功した。一次精母細胞とは、成熟した精子になる前段階の未熟な細胞だ。一次精母細胞で受精卵をつくるには、一次精母細胞を顕微鏡下で卵子に注入し、卵子の中で2回の染色体分裂(分配)を起こさせる必要がある。その結果、染色体構成が精子と同じになり、正常な受精ができるようになるのだ。

一次精母細胞を使った受精卵を代理母マウスに移植しても、その出生率は極めて低く、無事に生まれてくるのはわずか2%ほどだった。その原因が染色体の分配異常であることは明らかだったが、改善方法は20年以上も報告されないままだった。

越後貫専任技師は今回、顕微授精前に卵子の細胞質を半分程度に減らすことで、一次精母細胞を使った受精卵の出生率を約20%にまで大幅に向上させた。卵子の細胞質を減らすと、その成熟過程で染色体の異常が起きにくくなることを、理研の京極博久客員研究員と北島智也チームリーダーが2017年に報告している。一次精母細胞を使った顕微授精にこの現象を応用したのだ。「こんな改善方法があったのかと驚きました」(小倉室長)

朝から晩までのぞき込む0.08mmの世界

一次精母細胞の顕微授精は3日がかりだ。まずは卵子の細胞質を減らす。顕微鏡をのぞき込み、細胞質の一部をガラス管で吸い取る(図1)。「卵子150個ぐらいを一気に作業します」(越後貫専任技師)。この操作には特殊な技術と集中力が必要だ。次は一次精母細胞の顕微注入だ。朝から晩まで顕微操作を続け、3日目にしてなんとか20個程度の受精卵が出来上がる。受精卵を代理母マウスに移植して、ようやく一区切りつく。

今回の顕微授精は、越後貫専任技師が一人で全て担当した。細胞質を減らした卵子と一次精母細胞で顕微授精を行ったという報告はこれまでにない。越後貫専任技師の約20年にわたる顕微授精の経験と技術によって、世界初の実験が可能になったのだ。

卵子の細胞質を減らす様子の図

図1 卵子の細胞質を減らす様子

画像左側の太いガラス管で、マウスの卵子を吸い付けて固定する。卵子の直径は約0.08mmだ。右側から細いガラス管を卵子に差し込み、核を吸い込まないように気をつけながら、細胞質のみを吸い取る。

今回の成果により、マウスの一次精母細胞を使った顕微授精は実用化に一歩近づいた。しかし、受精卵ができる過程や受精卵のその後の発育過程で問題が生じる確率は依然として高い。「一次精母細胞の成熟度によって成功率は変わるのか、卵子に注入するときの場所は成功率に関係するのかなど、検討事項はまだたくさんあります」(越後貫専任技師)

今はまだマウスを使った研究の段階だが、一次精母細胞を使った顕微授精に関する知見は、将来的にヒトの不妊治療にも活用される可能性がある。越後貫専任技師は休日には趣味のトレイルランニングなどで汗を流す。リフレッシュを終えると、再び顕微鏡の下で生命の神秘と向き合うタフな日常に戻るのだ。

(取材・構成:福田伊佐央/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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