自然界の生き物は、食べ物に含まれる栄養素の不足に敏感です。中でも、タンパク質に含まれるアミノ酸を感知する仕組みは「アミノ酸センシング機構」と呼ばれ、タンパク質不足を回避するための「飢餓適応応答」を起こします。小坂元 陽奈 基礎科学特別研究員らは、非必須アミノ酸であるチロシンの感知が、タンパク質の不足に備えた重要な役割を担っていることを明らかにしました。
小坂元 陽奈(コサカモト・ヒナ)
生命機能科学研究センター 栄養応答研究チーム 基礎科学特別研究員
"栄養の分子作用"を知りたい
タンパク質は骨や筋肉など私たちの体をつくるために欠かせない栄養素である。タンパク質に含まれる20種類のアミノ酸は、体内で合成できるもの(非必須アミノ酸)とできないもの(必須アミノ酸)に分けられる。タンパク質不足を警告するには、食餌からの供給が欠かせない必須アミノ酸を感知すれば十分なはずだ。しかし今回、ショウジョウバエの幼虫は非必須アミノ酸であるチロシンの量を感知することで体の中のタンパク質の状態(量)を把握しており、それによってタンパク質の不足に適応する仕組みが働くことが分かった。
「栄養に興味を持ったのは、食べ物から取り込まれた栄養素が分子として体内でどのように働いているのか、その動きを知りたかったから」と小坂元基礎科学特別研究員。研究に用いたのは、遺伝学や発生学など幅広い研究に利用されるショウジョウバエの幼虫だ。見た目はヒトとだいぶ違うが、遺伝子や代謝の機構など共通する部分がたくさんある。
チロシンの機能にびっくり
ショウジョウバエの幼虫はさなぎになるまでの数日間で急成長する。その時期に成長に欠かせないタンパク質の量を減らした餌を与えると、代謝で主要な働きを担う脂肪組織では、タンパク質の合成を抑制する遺伝子の発現が上昇した。
餌に含まれるどのアミノ酸が影響を及ぼしているのかを20種類のアミノ酸について一つずつ調べてみると、この遺伝子の発現はチロシン量が低下するときのみ起こることが分かった。多くの生物のストレス応答(飢餓など)には、いろいろな遺伝子の発現に関わる転写因子であるATF4が働くことが知られているが、チロシン欠乏による応答は、このATF4を介した未知の経路だ。一連の応答で、細胞の成長をつかさどるシグナル伝達経路の抑制や、摂食量を増加させる神経伝達物質の分泌も示唆された(図1)。
「体内で合成できるはずのチロシンが不足するだけで、飢餓適応応答が起こるのにはとても驚きました。細胞内のチロシン量が低下すると、生物の体はタンパク質不足に備えて成長を抑える一方、栄養価の乏しさをカバーするため食べる餌の量を増やすのです」
図1 低タンパク質の餌によるショウジョウバエ幼虫の変化
低タンパク質の餌によりチロシンが不足すると、脂肪組織では転写因子ATF4が活性化する。すると、4E-BP遺伝子が発現してタンパク質の合成と細胞の成長が抑えられる。さらに神経伝達物質である神経ぺプチドCNMaが分泌され、食欲が増す。
栄養のメカニズムの解明に迫る
「論文が掲載されるまでに時間がかかり苦労しました。でも、このような研究は栄養の作用メカニズムに迫ることができるので、とても楽しいです」。海外の研究者との交流はもっぱらSNSを利用している。今回も論文掲載後にTwitterでアピールしたところ、著名研究者から反応があり、驚くとともに手応えを感じたという。「糖尿病や摂食障害など食事が関わる病気との関連を明らかにして、健康増進に役立てたい」と、次なる目標に向かって実験に没頭する日々だ。
(取材・構成:佐藤 成美/撮影:大島 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2022年7月26日プレスリリース「タンパク質欠乏をしのぐ栄養適応の新機構 -体内栄養状態把握に必要な「非必須」アミノ酸の働き-」
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