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研究最前線 2023年2月7日

植物再生の不思議に挑み続けて

茎や葉を切るとその部分から新たに葉や根が生えてくるなど、植物は高い再生能力を持ちます。世界に先駆けて植物再生のメカニズムを解明してきた杉本 慶子 チームリーダーは、すでに運命が決まっている分化細胞が再び脱分化して分裂を始める仕組みを明らかにしました。

杉本 慶子の写真

杉本 慶子(スギモト・ケイコ)

環境資源科学研究センター 細胞機能研究チーム チームリーダー

植物再生研究のトップランナーが新たな発見

植物が高い再生能力を持つことは、古くから知られている。豆苗の根やニンジンのヘタを水に浸しておくとそこから根だけでなく芽や葉までが伸びてくる様子を見て、その再生能力を実感したこともあるだろう。1950年から1970年代には、1個の分化した細胞から植物そのもの(個体全体)をつくり出せる現象が証明されていたが、そのメカニズムは長らく不明だった。

この細胞は葉になり、この細胞は茎になる、など運命が決まった状態にあるのが分化細胞だ。いったん役割が決まったはずの分化細胞が、再び脱分化して分裂を開始し、どんな器官にでもなれる多能性を獲得するために必要なものは何か。杉本 チームリーダーは、これまでの研究でいくつもの重要な発見をしてきた、植物再生研究における世界トップランナーの1人だ。10年ほど前から世界中で植物再生研究が大いに盛り上がっているが、そのきっかけとなる研究成果を杉本 チームリーダーの率いるラボが手がけている。

まず、植物の再生には"傷シグナル"が必要であることを発見し、2011年に発表。そして、植物に傷がついたときに発現する遺伝子WIND1がスイッチとなって傷口で細胞の生まれ変わりが始まり、カルスと呼ばれる細胞の塊をつくり出す仕組みを解明した。カルスは、さまざまな器官に分化できる多能性を備えている。2019年の論文では、シロイヌナズナの根に傷をつけた後に発現する遺伝子を解析し、再生を促す遺伝子の発現にはDNAを巻き付けるヒストンタンパク質に対する化学的な反応が関わっていることを見いだした。

そして2022年に発表した研究成果では、分裂を再開するときにオーキシンという植物ホルモンを新たにつくり出すことが必要であること、そのオーキシンを合成するきっかけとなる遺伝子発現にもヒストンタンパク質への化学的反応が関わっていることを発見した。

再生プロセスを調べる実験手法を確立

「今回の研究は、長い間ずっとやりたかったこと。さまざまな条件がそろって、やっとここにたどり着いたという思い入れのある研究です」と心から嬉しそうに話す。この研究では、分化細胞が分裂を再開してから再生するまでの「リプログラミング」と呼ばれる一連のプロセスを、定量的に調べる実験方法を確立できたことが大きなポイントだという。

分化の進んだシロイヌナズナの葉肉細胞からプロトプラスト(細胞壁を取り除いた裸の状態の細胞)を丁寧に取り出し、オーキシンとサイトカイニンという植物ホルモンを含む培養液の中で育てる。培養したプロトプラストの約2%が1週間以内に細胞分裂を再開して、カルスを形成する(図1)。

分化した細胞がリプログラミングして植物体を再生するプロセスの図

図1 分化した細胞がリプログラミングして植物体を再生するプロセス

シロイヌナズナの成熟葉からプロトプラストを取り出し、オーキシンとサイトカイニンを含む培養液の中で育成したところ、細胞分裂の再開、カルスの形成を経て、植物体を再生した。

この実験方法をつくり上げたのは、坂本 優希 研修生(東京大学大学院 博士課程在籍中)だ。どの生育段階の葉をどのように処理するかなど、数多くの条件を精査し、半年以上にわたる緻密な検討の末にこの実験方法の確立に至った。「わずか2%だと思うかもしれませんが、これまでは1万個の細胞を培養して1個でも再生したら『できた』といえるレベル。100個のうち必ず2個が1週間以内に分裂する条件を整えるのは別次元の難しさです」と研究の意義を語る。

分化した細胞がリプログラミングするときにヒストンタンパク質に対する化学的な反応が関わっているのではないかと、これまでの研究をもとに予測していた。今回の実験では、ヒストンタンパク質へのアセチル基の付与(アセチル化)を阻害する薬剤を使ってみた。その結果、アセチル化できなかった細胞は細胞分裂を再開しなかった(図2)。

ヒストンアセチル化阻害剤を用いてリプログラミングへの影響を検証の図

図2 ヒストンアセチル化阻害剤を用いてリプログラミングへの影響を検証

ヒストンアセチル化阻害剤の処理をしていない細胞(ヒストンのアセチル化が起こっている細胞)は分裂を再開してカルスを形成(左)。阻害剤処理をした細胞(ヒストンのアセチル化が起こらなかった細胞)は分裂を再開しなかった(右)。

植物再生の仕組み解明でSDGsにも貢献

「今回確立した実験系で得られた結果は、とても新しい発見です。まずは完全に分化した細胞がどのように未分化状態に戻って再生するのか、その最初の過程を見ることができました。ただし、これは知りたいことのごく一部にすぎません。次は、もともと葉だった細胞がどのようにして未分化状態を経て根や茎にもなれるのか、今後は多能性の再獲得のメカニズムの解明という未知の領域にも踏み込んでいきます」

植物再生のメカニズムを解き明かすことで、将来的に農業や園芸への応用の道を広げる狙いもある。例えば、特定の機能を持つ細胞がどんどん増えるように再生を誘導したり、ほかの植物種でも分化細胞からの再生ができるようになれば、組織培養技術を用いた植物資源の増産やゲノム編集を用いた品種改良を効率化できる。そうして植物が持つ再生の力を資源やエネルギーの効率的な利用に役立てることは、SDGs貢献を目指す環境資源科学研究センターのミッションでもある。

「サイエンスが生まれる瞬間」をみんなで

植物再生研究ブームともいえる状況をつくり出した張本人であり、現在も先頭を走り続ける杉本 チームリーダーにラボの強みを聞いたところ「素晴らしいメンバーたち」と即答した。「研究が本格化したのは、ラボの岩瀬 哲 上級研究員が植物再生には傷シグナルが重要だと発見したことがきっかけでした。今回の研究成果も坂本 研修生が地道な努力により実験方法を確立してくれたおかげです。ラボには世界中からさまざまなアイデアや実験技術を持つ優秀な人が集まり、活発なディスカッションが繰り広げられています」

植物の再生を研究する世界のラボとのネットワークは理研外に広がる「仲間たち」だ。「私はイギリス留学時代に『サイエンスが生まれる瞬間』はコミュニティでつくっていくものだと学びました。そのスタイルをこれからも変えずに、植物の再生というすごく面白い現象にみんなでチャレンジしていきたい」

(取材・構成:牛島 美笛/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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