1. Home
  2. 広報活動
  3. クローズアップ科学道
  4. クローズアップ科学道 2023

研究最前線 2023年7月3日

共生微生物で環境問題を解決

環境問題と食料問題の解決を目指す、環境資源科学研究センターのフラッグシッププロジェクト。その一つ、「共生・環境ソリューションズ」では、主に植物とそれらを取り巻く環境に生きる多様な微生物たちの共生関係を活用し、環境問題を解決する技術開発を目指しています。そのプロジェクトリーダーである白須 賢 グループディレクターに、プロジェクトの目標などについて話を聞きました。

白須 賢の写真

白須 賢(シラス・ケン)

環境資源科学研究センター 植物免疫研究グループ グループディレクター(環境資源科学研究センター 副センター長)

複雑な関係性をつぶさに調べる

「共生・環境ソリューションズ」では、文字通り「共生」や「環境」をテーマにした研究を行っている。その一つの取り組みが、植物と共生している微生物の種類や、それらの微生物がどのような化合物を生産しているかなどの情報を明らかにし、植物と周囲の環境の関係性を理解することだ。

「環境の研究って、とても難しいんです」と切り出した白須 グループディレクター。「その環境にいる植物や微生物といった生物たちの複雑な関係性を丸ごと調べる必要がありますが、そのような技術はなかったため、世界的に研究が進んでいない状況でした。解析技術の向上によって、ようやく研究できる時代になりました」

研究の大きな武器となるのが「次世代シーケンサー」だ(図1)。植物の根などから採ってきたサンプルを次世代シーケンサーにかけると、そこに含まれる多様な共生微生物の遺伝情報(ゲノム)を一度に大量に読むことができる。「どの植物にどんな微生物が共生しているか、そしてそれらがどんな遺伝子を持っているかは、ほとんど知られていません。次世代シーケンサーによって、それがやっと分かるようになってきました」

実際に次世代シーケンサーを使って、共生微生物のゲノムを次々と明らかにしている。「最新のシーケンサーを使うと、半分どころか70%ぐらいは種レベルで未知の微生物のゲノムが出てきます」。プロジェクトでは、さらに高性能な最新型のシーケンサーを2023年度中に導入する予定だ。

次世代シーケンサーの写真

図1 次世代シーケンサー

サンプル中に含まれるさまざまな生物のゲノムを決定する。最新の機種ほど、高感度かつ高速に大量の配列を読むことができる。

農業が環境に与える負荷を減らせるように

国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」では、2030年までに達成すべき17の目標が設定されている。中でも「飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」といった目標達成には、食料問題の解決が必須だ。共生・環境ソリューションズというプロジェクト名で、注目すべきは「ソリューションズ」、すなわち課題解決の部分だ。共生と環境に関する研究成果を、環境問題と食料問題の解決に利用することが目標だ。

共生微生物の正体を明らかにすることは、持続可能で環境負荷の少ない農業技術の開発などにつながる。「植物は、自分に必要な化合物を共生微生物につくらせています。例えば、病原体の侵入を防ぐための抗菌剤です。共生微生物がどのような化合物をつくっているかが分かれば、有用な微生物を増やすことで、植物の耐病性を上げることができるでしょう。これにより農薬に頼らずにすむようになります」

微生物の中には、植物の栄養源となる窒素化合物やリン酸を植物に供給するものもいる。土壌中にそれらの微生物を増やすことができれば、肥料を使わない栽培法の確立にもつながる。「植物が取り込みやすい窒素肥料を使うと、窒素化合物をつくる微生物と共生する必要がなくなります。その結果、共生関係のバランスが崩れ、それらの微生物がその周辺からいなくなってしまうのです。結局は微生物の多様性が失われて、病害虫が入り込みやすくなり、土壌が荒れる原因になります。肥料に頼らない栽培法の確立は、持続的な農業を実現するために重要なのです」

ベテラン農家の技術を科学の力で実現

植物と微生物、土などを含めた環境全体の理解が深まると、高度な「土壌診断」も可能になってくる。「土の栄養分や微生物の状況を基に、栽培に適した農作物、そのために必要な栄養分、将来的な病気の発生確率などをシミュレーションによって予測できるようになるでしょう」(図2)

イネの微生物叢解析(メタゲノミクス解析)のためのサンプル採取の写真

図2 イネの微生物叢解析(メタゲノミクス解析)のためのサンプル採取

共同研究を行っている東京大学田無圃場にて、イネのサンプルを採取する白須 グループディレクターたち。

土の栄養分などの無機的な情報を基にした土壌診断は、これまでも行われてきた。そこに共生微生物などの有機的な情報も加えることによって、より高度で正確な土壌診断が可能になると考えられている。

土壌診断は、特に日本のように一つ一つの田畑が小規模で、地域ごとに生息する微生物も違う環境でこそ、威力を発揮する。各農地で個別に土壌診断を行うことで、ローカルな微生物の能力をうまく利用した農業が可能になるからだ。「今までは、その土地のことをよく分かっているベテランの農家さんの経験と勘によって、結果的に土地の微生物の能力が発揮されてきました。環境の情報を全部データ化することで、これからは科学的にそれを実現できるのです」

微生物も研究者も多様性が大事

未知の微生物の遺伝情報を明らかにすることは、眠った宝を掘り起こすような作業だと、白須 グループディレクターは言う。「植物だけでなく人類にとって有用な物質をつくり出す微生物が見つかるかもしれません。手持ちの遺伝情報の多様性を可能な限り増やすこと、これが応用研究のためにとても重要です」

共生・環境ソリューションズが始動してから1年余り。現在は共生微生物などの情報を蓄積しており、今後はさらに参加メンバーを増やしていく予定だ。「研究を進めるには、さまざまな人の経験や知識、つまり研究者や技術者の多様性も大事です。研究仲間をどんどん増やしていきたいですね。共生や環境の研究に、世界中のいろいろな人に参加してほしいと思っています」

(取材・構成:福田 伊佐央/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

この記事の評価を5段階でご回答ください

回答ありがとうございました。

Top