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研究最前線 2023年6月26日

超高速で変化するタンパク質の動きを捉える

学生時代に、タンパク質の立体構造を解く研究に取り組んだ南後 恵理子 チームリーダー。従来のX線結晶構造解析では止まった構造しか見えないことに限界を感じ、タンパク質の動きを捉える研究に舵を切りました。一瞬の間に起こる変化を時系列で捉えるためにX線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」で開発してきた技術が今、重要なタンパク質の動きを次々に明らかにしています。その背景には「誰でも使える装置技術開発」への熱意がありました。

タンパク質の動きを捉えて、働き方を知る

私たちの体を構成するタンパク質。光や温度変化、物質の結合などの刺激をきっかけに、立体構造を変えながら役目を果たす。そうしたタンパク質の動きを知ることは、病気が起こるメカニズムの解明や、より効果的な医薬品設計のための重要な手がかりとなる。

南後 チームリーダーが学生時代に解いた立体構造は、静止状態のタンパク質。どの部分に物質がつき、どう動き、役目を果たすかまでは解明できなかった。「構造の変化を動画として捉えてみたい」、それが研究の大きな目標になった。

そして2013年、膜タンパク質の構造解析で世界をリードする岩田 想 グループディレクターが理研に立ち上げた研究グループに加わり、SACLAに携わるようになった。世界最短のパルス幅(発光時間幅)のXFELという"光"を連続して発振するSACLAなら、分子レベルの動きを超高速のこま撮り動画で捉えることが可能だ。以来、この「分子動画法」の技術開発に取り組んできた。

2016年には、タンパク質のバクテリオロドプシンが反応を始めてから16ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)後から1.7ミリ秒後までの動きを捉えた。バクテリオロドプシンは細胞膜に存在する膜タンパク質だ。それが光の刺激を受けて、細胞の中から外へ水素イオンを運ぶ様子を動画で明らかにしたのだ。この技術を用いて、2018年には米国のXFEL施設「LCLS」でフェムト(1,000兆分の1)秒スケールの動きも観測した。

哺乳類の視覚をつかさどるタンパク質の動き

南後 チームリーダーは2023年、視覚をつかさどるタンパク質ウシロドプシンの光照射1ピコ秒(1兆分の1秒)後から100ピコ秒後までの動き(図1)をスイスの研究チームとともに捉えたことを発表した。ウシロドプシンは細胞内の情報伝達に関わるGタンパク質に作用して信号を伝えることから、ホルモンや神経伝達、睡眠、アレルギーなどGタンパク質が関連する数多くの疾病や創薬の研究を加速させる成果として期待されている。

この研究の始まりは、2015年まで遡る。南後 チームリーダーらがSACLAで膜タンパク質の動きを観測していると知ったスイスの研究チームが共同研究のため来日した。分子動画を測定するには、タンパク質を結晶にする必要があるが、ウシロドプシンの結晶は、微弱な光でも壊れてしまうため扱いの難しさがあった。SACLAでは、波長が長くロドプシンに影響を及ぼさない赤い照明のもとでの測定もできるように整備を進めていた。

「SACLAでは数10フェムト秒後の観察が可能です。ただ、そのような早いタイムスケールでは構造変化が十分でないことが予想されたので、ピコ秒の時間領域を観測し、結果を得ました」

光照射1ピコ秒後のタンパク質の構造変化の図

図1 光照射1ピコ秒後のタンパク質の構造変化

ウシロドプシンの構造(左)。赤、白で表示した原子が光照射の1ピコ秒後に黄色、緑、オレンジで表示した位置に移動(右)。

「誰もが使える」技術の開発

「SACLAのような高性能な観測装置があっても、タンパク質のような繊細な測定試料を、装置にセットして測定するまでが意外に難しく、つまずくことも多いのです。可視光(図2緑矢印)を照らすとタンパク質が動き始める。そこから変化が始まるまでの時間が経過した後にXFEL(図2赤矢印)を照射して結晶からの回折点を収集し、そのデータを基にタンパク質の立体構造を決定する。ただそれだけのことなのですが、なかなかうまくいかないのです」

タンパク質はXFELの照射でやがて壊れるので、試料となるタンパク質結晶は一つ一つが1回限りしか使えない。XFELを照射する部分には、常に新しい結晶が連続して、しかし重なることなく流れてこなければならない。そこで、タンパク質結晶を媒体に混ぜて、髪の毛よりも細い管から流すという手法をとった。

SACLAの分子動画実験装置の図

図2 SACLAの分子動画実験装置

水色破線枠内が試料輸送装置(インジェクター)。可視光レーザーとXFELが当たる時間差を1ピコ秒、10ピコ秒と変えながら、異なるタイミングでのタンパク質の動きを観測する。

試料がうまく流れない、試料が壊れるなど課題にぶつかるたびに、SACLAのビームラインに携わる研究者、実験装置の開発やインフラストラクチャの構築を行うエンジニアリングチームとともに方策を考え出してきた。「一口にタンパク質といっても、その性質は千差万別です。ウシロドプシンに適した測定環境、測定技術など自分たちの経験をスイスの研究チームにも共有しながら、実験条件を探りました」

原子レベルでの構造変化を可視化するために、1万枚もの回折像を要する。「それだけ多くのデータを得るには、安定して測定を続行できる装置性能が要求されます。いつも同じように測定できなければ、良い装置とはいえないのです」。そして「多くの研究者に使われなければ技術は廃れてしまいます」と表情を引き締める。

試料を安定して送り込むインジェクターを開発したのもそのためだ(図3)。「私には装置そのものを開発する専門知識がなかったので、アイデアをSACLAのエンジニアに伝えて一緒に開発を進めました」と振り返る。

このインジェクターは、誰にでも使えるインジェクターとして高い評価を受け、海外でも使われつつある。

高粘度試料輸送インジェクターの図

図3 高粘度試料輸送インジェクター

断面図(左)と実物(中央)。試料は右写真のカートリッジに充填する。左図の赤で示した部分にサンプルが入る。
原論文情報:DOI 10.1107/S1600576719012846

測定技術をいち早く提供

「私たちは開発した測定技術を早い段階で外部の研究者にも提供してきました」。多くの研究者が多様なタンパク質の解析に使うことで、さまざまな知見が得られ、それが技術の改善につながる。より良い測定装置にするためには、その積み重ねが重要であるという考えからであった。

その甲斐もあって、世界中の研究者がSACLAで重要なタンパク質の動きを次々に明らかにしてきた。損傷したDNAの修復に関わるタンパク質の仕組みや、塩化物イオン輸送タンパク質の仕組みなど、SACLAでの観測結果が新たな知見をもたらした例は数多い。

かつてはタンパク質の動きを捉えるなど夢のまた夢、と思っていた南後 チームリーダーだが「今度は、物質の結合などの刺激をきっかけに反応するタンパク質の動きも捉えてみたい。より高機能なタンパク質や医薬品の設計に役立つかもしれない」とさらなる夢を膨らませている。

(取材・構成:大石 かおり/撮影:大島 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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