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私の科学道 2023年11月15日

分子生物学者は越境して進む

篠崎 一雄 栄誉研究員が歩んだ50年は生物科学が急速な発展を遂げた時代です。分子生物学、ゲノム科学、環境と、大きな流れに沿ったその研究人生。2023年には植物の環境ストレス応答の制御系研究で人生と研究のパートナー、和子 博士(現 東京農業大学 総合研究所 教授)と共に日本学士院賞を受賞、また同年秋の叙勲で瑞宝重光章を受章しました。

篠崎 一雄の写真

篠崎 一雄(シノザキ・カズオ)

栄誉研究員

発展期の分子生物学に飛び込んだ

宇都宮で生まれ育った団塊の世代です。商家の4代目ですが、子どもの頃から天文などに興味があって、研究者になりたかった。高校時代の1965年に朝永 振一郎 博士がノーベル物理学賞を受賞したことで京都大学で基礎物理学が夢になりましたが、『生命の探求』(柴谷 篤弘)、『生命とは何か』(シュレディンガー)などの本に刺激され、分子生物学や生物物理学など、革新的な分野の先生が集まる大阪大学 理学部 生物学科に進むことにしました。

大学院はDNAを扱いたくて名古屋大学で岡崎 令治 先生、岡崎 恒子 先生に師事しました。「岡崎フラグメント」は高校の教科書にも載っていますよね。DNA合成中に生じる小さいDNA断片です。DNAポリメラーゼという酵素は塩基の一定方向にしか働かないため、逆向きの不連続な複製が小刻みに繰り返されます。その断片をつなぐことで全体の複製が進むのです。当時のテーマは「不連続複製の開始反応の機構解明」で、研究室の一員として取り組みました。

遺伝子組み換えからゲノム科学へ

1970年代にはDNAの切断に関わる制限酵素が見つかり、遺伝子組み換え技術を利用した真核生物の遺伝子研究が目覚ましく進みます。博士課程を終えて就職したのは、杉浦 昌弘 先生が植物の遺伝子組み換えを始めていた国立遺伝学研究所です。材料はタバコの葉緑体。その後、名古屋大学に移った杉浦 先生の葉緑体ゲノムプロジェクトに加わり、1986年に全塩基配列を決めました。世界で初めての成果でした。

翌年、妻の和子と留学した米国ロックフェラー大学では、環境に応答する光応答遺伝子の研究が進んでいました。モデル植物のシロイヌナズナにも出会いました。ゲノムサイズが植物で最小、遺伝子を単離しやすく、実験室内で栽培でき遺伝子機能の解析に好適な植物です。分子生物学者は研究領域を越境する人が多いんです。植物科学に進んだ僕もそう。

帰国後、理研に着任し、実験植物のシロイヌナズナを用いた環境ストレス応答の研究に取り組みました。1998年からゲノム科学総合研究センター(当時)に加わり、シロイヌナズナの完全長cDNAや遺伝子を壊した変異系統をつくりゲノム機能研究に取り組みました。作製した遺伝資源はバイオリソース研究センターに寄託し配布できるようにしました。その結果、世界中の研究者に使ってもらっています。

環境ストレス応答の仕組みを解く

1989年以来、シロイヌナズナで乾燥や低温などの環境変化に応答する遺伝子の機能と発現制御機構を調べてきましたが、約30年かけて乾燥、低温、高温などストレスに応答する制御系の全体像を明らかにすることができました。環境ストレス応答の研究は当初はあまり理解されませんでしたが、先駆的な研究を進めたので世界の多くの研究者が参入し、私たちの論文の引用度は植物科学分野でトップとなりました。2005年からは植物科学研究センター長、さらに2013年からは環境資源科学研究センターの初代センター長として、生物学と化学の基礎研究をしっかりやりつつ、持続的な社会を意識し、食糧やエネルギー問題に貢献する応用研究も目指しました。

夫婦で同じ方向で研究を続け、それぞれの特徴を生かして研究の視野が広がり成果が挙げられたと考えています。今後の植物科学を大きく変えるのは、AIを含む情報科学とイメージング技術でしょう。環境ストレスの種類やレベルを定量的に解析し、データに基づいて植物の表現型や作物の収量に対する環境変動の影響を統合的に理解して重要な制御系の要素を導き出す。そんなふうに展開していくのではないかと思っています。

(取材・構成:古郡 悦子/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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