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特集 2025年2月17日

理研にある宇宙線試験室

ひとたび宇宙に打ち上げたら、正常に動くことを見守るしかない人工衛星。しかし、宇宙を飛び交う放射線(宇宙線)は人工衛星に搭載する半導体に容赦なく降り注ぎ、故障を引き起こします。どのくらいで半導体が壊れるのかを調べるため、理研には宇宙線を模擬した重イオンビームを活用する半導体試験装置があり、多くの宇宙関連企業が利用しています。

産業利用開発チームのメンバーの写真

吉田 敦(ヨシダ・アツシ)

仁科加速器科学研究センター 核化学研究開発室 産業利用開発チーム チームリーダー
産業利用開発チームのメンバー(左:西村 美月 協力研究員、右:渡邊 剛 特別嘱託技師)とともに。

半導体にとっての過酷な宇宙環境

スマートフォンやPCなど情報機器に使われる半導体。そのほかにも、直流を交流に変換したり、電圧や周波数を調整するインバーターにもなる半導体は、輸送機器、送電システムにも使われており、宇宙開発にも不可欠だ。

宇宙線による半導体への悪影響は、主に2種類ある(図1)。一つは電子、陽子やα線など太陽起因の軽イオン線による半導体特性の劣化で、これをトータルドーズ効果エラーと呼び、照射された線量の大きさでエラー頻度が増す。もう一つは、宇宙を飛び交う高エネルギー重イオン線による半導体の劣化で、半導体の回路層まで宇宙線が到達すると、半導体中の原子が励起しイオン化(電離作用)されて電気的な擾乱を生じ、メモリー回路のビット反転エラーの原因となる。重症な場合は回路が故障してしまう。これをシングルイベント効果エラーと呼び、最近の高集積化した半導体ほどその発生頻度が増し、問題視されている。

宇宙線によって引き起こされる半導体損傷の図

図1 宇宙線によって引き起こされる半導体損傷

地上で半導体が正常に機能するのは、地球表面の磁気圏や大気圏が宇宙線を遮ってくれているからだ(図2)。電荷を持った宇宙線は、地磁気によってその進路を曲げられ、真っすぐ地上に到達できない。さらに大気圏という100kmの分厚い空気の層が水なら約10m、鉛板なら約90cmの厚さに相当する強力な遮蔽壁として地球を守ってくれている。ほとんどの宇宙線は大気中で減衰し、地表には中性子線やミューオン線のような軽粒子しか到達できない。

地球を宇宙線から守る磁気圏と大気圏の図

図2 地球を宇宙線から守る磁気圏と大気圏

民間企業やスタートアップによる人工衛星の打ち上げや、日本も参画する国際的な月探査プログラム「アルテミス計画」など、宇宙開発は活況を帯びている。「月には磁気圏と大気圏のバリアがないので、地球の約200倍もの放射線が降り注いでいるそうです。宇宙で正常に機能する半導体の開発は宇宙開発にとって非常に重要な課題の一つなのです」と吉田チームリーダーは説明する。

宇宙用半導体の開発も急がれており、日本政府は地上用の半導体の中から宇宙線に強い半導体を探し出し、宇宙に転用する方針を打ち出している。

地上でできる宇宙線試験

宇宙環境で正常に動作する半導体を開発するには、宇宙を模擬した環境で耐性試験を何度も繰り返さなければならない。理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」では、原子核を光速近くまで加速することができる。この施設でつくられる原子核のビームを半導体に照射することにより、地球にいながらにして宇宙線環境での半導体耐用試験ができるのだ(図3)。

宇宙用半導体の空気中照射試験ビームコースの図

図3 宇宙用半導体の空気中照射試験ビームコース(E5A)

加速器から供給されるビームを直径5cm程に広げ、空気中に取り出す。ビーム量検出器やエネルギー減衰板を通過させてから半導体試験基板に照射する。

「半導体が宇宙のどこで、どのくらいの期間使われるかによって、半導体が受ける宇宙線量は変わってきます。RIBFでは炭素やアルゴン、クリプトン、キセノンなどの原子核を、空気中に取り出せるほど高エネルギーになるまで加速できます。これは、さまざまな宇宙線に対する耐用試験ができることを意味しているのです」

加速器科学で支える宇宙開発

産業利用開発チームは、宇宙利用半導体デバイスの重イオンビーム耐性評価試験ビームコースを整備し、2014年から国内の企業などに公開してきた。外部利用者からは「空気中照射は宇宙のような真空環境ではないので、会社でセットアップした半導体がそのまま持ち込めて使いやすい」、「照射試験用の設備が細かいところまで行き届いて整備されており、試験に集中できる」と好評だ。

「私たちは、日本の宇宙開発を支える重イオン照射試験の環境を提供できます。ただし、ビームを有償で提供するだけで受託試験はしていないので、半導体の試験そのものは利用者に実施してもらっています。初めて利用する方にもビームタイムを割り振るように配慮していますので、これまで宇宙産業の経験がないベンチャー企業などにもぜひ利用していただきたいです」

(取材・構成:大石 かおり/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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