若手研究者に対してより手厚い支援を行うため2023年に創設された理研ECL制度(RIKEN Early Career Leaders Program)。身軽で機動性の高い研究に挑戦できるよう、これまでの理研白眉制度を拡充し、チームリーダー(部長級。大学の若手教授相当)に加え、特に経験年数が少ない気鋭の若手研究者にホスト研究センターにおいて身軽な機動性の高い研究環境を提供するユニットリーダー(課長級。大学の准教授/講師相当)を設置しました。
その第1期生である数理創造研究センター(iTHEMS)数理基礎部門 数理遺伝学 理研ECL研究ユニットで、DNAの変異からヒトの進化や歴史を解明する研究に取り組むシュパイデル 玲雄 理研ECL研究ユニットリーダーにこの制度の魅力を聞きました。
世界的にレアな恵まれた環境で DNAと歴史の独創的研究
2024年11月に着任したばかりのECL1期生。母の国の日本で高校まで過ごし、大学は父の国のドイツ・ミュンヘン大学数学科に進んだ。「社会や歴史も好きでしたが、得意だった数学を選びました」と話す。
卒業後は再び日本に戻り、東京大学大学院で数理情報学、その後、英国・オックスフォード大学で統計学を専攻した。オックスフォードでの自由な学風の下で1年目に生物学を選んだことがDNAとの出会い。その後、統計学をDNAに応用する研究に取り組んだ。博士取得後は同じ英国のフランシス・クリック研究所に移った。「古代人DNAの研究者がいたので、古代人DNAも私の手法で解析したいと思ったのです」
博士研究員として自由に研究できる素晴らしい環境だったが、自分の研究室を立ち上げたいと考え、新たな環境を探していたとき理研ECL制度の公募を知った。研究分野は自然科学全般だけでなく、人文・社会科学との境界・融合領域まで含まれる。「理想の環境です。私のような若手でも研究費をもらえる。世界的にレア」と説明する。
さらに、応募後にiTHEMSの環境が自分にぴったりだと気付いたという。「分野を限定せずに数理を活用できる研究施設は少ない。しかも、まったく自由に研究でき設備も充実。研究には孤独な面もありますが、世界トップレベルの研究者と気軽にコミュニケーションがとれる」と話す。
数学、生物、社会を結びつける
日々、数学、考古学、医学、生物学など、さまざまな研究者とチームを組んで研究をするという。「DNAも数学もいろいろな分野をつなげてくれます。そこには私が子どものころから好きだった考古学や歴史も含まれます」
現在のテーマは、現代人と古代人のDNAを集めて遺伝的家系図を推定し、そこに隠されている歴史的な出来事や、ヒトがどう進化したかをたどっていくこと。「DNAの配列は何十万年の進化の痕跡を記録するいわば〝歴史書″。古代人から現代人までの膨大な配列を解析するには数理的手法が欠かせません」と説明する。
2025年1月には、古代人のDNAを分析し西暦1千年紀にヨーロッパを横断した人類の移動を明らかにした研究が、英科学誌「ネイチャー」の表紙を飾った。クリック研究所時代の成果だ。「現代に近づくほどDNAの配列が似てくるため、違いの検出は難しくなる。それでも高精度の解析ができたのは、検出の解像度が上がった証拠です」
専門異なる特別研究員2人を採用
ECL制度の任期は7年。PIとしてたった一人からスタートしたが、2025年4月に統計学が得意なフランス国籍の特別研究員を一人採用した。7月には進化生物学的思考に強いスペイン国籍の特別研究員もきた。
次の目標は、遺伝的家系図などの研究で得たDNAの情報を活用し、現代人の健康に影響を与えるDNA変異を見つけ、その仕組みを読み解くこと。基礎研究であると同時に、製薬研究などに展開できる可能性を秘める。「5、6人のチームにして、新たな課題に挑戦したいですね。7年あれば大きな成果が出せます。ここにきて本当に良かった」
(取材・構成:吉川 学/撮影:竹内 紀臣)
関連リンク
この記事の評価を5段階でご回答ください