理研の強みである総合力を生かし、戦略性をより重視した効果的な運営を行うため、理研が2025年度から導入した五つの「研究領域」の仕組み。それぞれの研究領域には、国際的に卓越し、学問的にも研究運営においても極めて高い見識を有する科学者を「領域総括」として据え、高度な専門知にもとづく分野横断的な協働をうながし、「新たな知の創出」を加速します。領域総括とともに研究の推進を支えるのは推進部長たちです。
研究者と事務部門、双方の視点で、「物理科学領域」が目指すものを聞きました。
- 物理科学領域
- 多様な研究者が集い、分野を越えた研究開発や議論を通じて、情報処理技術および高効率のエネルギー変換技術等を一層発展させ、Society5.0の実現などの社会課題の解決、新たな学術の創成につなげることを目指す。

十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
領域総括
「物理科学」と聞くと物理学だけをイメージする方もおられるかもしれません。しかし、物理科学は「フィジカルサイエンス」の日本語訳で、生命科学以外の物理、化学、工学などを含む非常に広い学問領域を指します。
私たち物理科学領域は、際立った個性を持つ四つの研究センターで構成されています。
私が初代センター長を務めた創発物性科学研究センターは、物質の性質を探究し、新しい物質や機能を生み出す研究に取り組んでいます。設立当初から、コラボレーションによって世界最高峰の成果が出せる仕組みを構築していました。
光量子工学研究センターは、個々の研究グループが世界をリードする独創的な研究成果を出しています。光格子時計やアト秒レーザーといった世界を驚かせた研究は、その一例です。
仁科加速器科学研究センターは、RIビームファクトリーという巨大な加速器施設を核に、センター全体が一丸となって原子核物理の分野で世界をリードしています。
放射光科学研究センターは、SPring-8(スプリングエイト)という世界最大級の放射光施設を有し、国内外の多様な分野の研究者に共同利用の場を提供しています。
このように成り立ちも文化も全く異なる各センターのポテンシャルを最大限に引き出し、センター間の連携によって新たな学際的領域を創出する。それが私たちの領域の目標です。
「Win-win」と「出会いの場」
研究者が連携する際には、「Win-win」の関係が鍵となります。研究総括がトップダウンで連携を強制するのではなく、研究者自身が連携することのメリットを実感し、自発的に動き出す必要があるのです。
ところが、日本の多くの研究者はシャイなのか、海外と比べてコラボレーションが非常に少ない。そこで、ワークショップやシンポジウム、研究会などを積極的に開催し、研究者が出会う「場」を提供したいと考えています。
研究活動の原動力となるのは、研究者一人一人の「キュリオシティ(好奇心)」です。個々の研究者が持つ自由な発想や独創的なアイデアを最大限に尊重し、それらをさらに発展させるようなサポートを目指します。
研究者自身が気付いていない「研究の価値」を発見する手助けをすることも、領域の大きな役割の一つです。理研の元理事長である野依 良治 先生も「サイエンスで一番大事なのは価値の発見だ」とおっしゃっていました。まさにその通りで、新しい合成経路の発見が新薬開発につながるように、一見地味な基礎研究にも社会を変える可能性が秘められていることがあります。
未来社会への貢献と物理科学が描く夢
物理科学研究は、実社会とは遠い存在に感じられるかもしれません。しかし、仮想空間と現実空間を高度に融合させた「Society5.0」の実現や、地球規模でのエネルギー問題の解決といった、現代社会が直面するさまざまな課題にも深く関わっています。
例えば、より少ないエネルギーで高度な情報処理を行う新しいエレクトロニクス技術の開発や、環境への影響が少ない革新的な新材料の創製など、基礎研究から生まれるブレークスルーが将来の社会をより豊かで持続可能なものにする可能性を秘めています。
私たちは多様な個性と強みを持つ研究者たちの力を結集し、未来社会の発展に貢献していきます。

田中 朗彦(タナカ・アキヒコ)
物理科学研究推進部 部長
着任前は経営企画部で中長期計画の策定作業に携わり、これから研究の現場に近い推進部で計画の実践に関わる仕事ができることをとても楽しみにしております。十倉 領域総括の下で物理科学領域が掲げるサイエンスを盛り上げ、理研と未来の社会の発展に向けた研究者たちの新たな挑戦を後押しできればと思っています。
(取材・構成:根本 毅/撮影:竹内 紀臣)
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