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研究最前線 2025年8月5日

いよいよ現実化した光量子コンピュータ

光を使って計算するという夢物語のような「光量子コンピュータ」が、現実の世界に登場しました。米澤 英宏 チームディレクターらの共同研究グループが開発した実機は、量子力学の原理を利用する量子コンピュータの一種。ミラーやレンズが所狭しと並ぶ装置が実現する、光を使った量子計算とはどのようなものでしょうか。光量子コンピュータが、AIの発展や創薬、金融などさまざまな分野で応用される未来が、着実に近づいています。

米澤 英宏の写真

米澤 英宏(ヨネザワ・ヒデヒロ)

量子コンピュータ研究センター 光量子制御研究チーム チームディレクター

量子コンピュータが開く新しい計算世界へ

近年、コンピュータの性能が飛躍的に向上した結果、私たちはスマートフォンやAIなど非常に便利なツールを日常的に利用できるようになった。

今、注目を集めているのが、これまでとは全く異なる原理で計算をする量子コンピュータだ。

非常に小さな「量子の世界」では、日常的な感覚では想像しにくい不思議な現象が起こっている。この現象を計算に生かそうという発想から、量子コンピュータのアイデアは生まれた。

量子の世界の不思議な現象

量子重ね合わせ
測定されるまで、複数の異なる状態を同時に取ることができる性質。従来のコンピュータは0か1かどちらかの値を情報の最小単位(ビット)として扱うが、量子コンピュータの場合は複数の状態が同時に混ざり合った状態(重ね合わせ)を取ることができる。
量子もつれ
量子と量子の間にできる特殊なつながり。量子もつれの状態にあると、どれだけ離れていても一方の状態の変化がもう一方の状態に影響を与える。量子もつれを利用して、離れた場所に量子の状態を伝える手法を量子テレポーテーションと呼ぶ。

米澤 チームディレクターは「量子の性質を生かすと、特定の問題が非常に速く解けるようになると期待されています。従来のコンピュータでは1万年かかる問題を、1秒に短縮できる可能性すらあります」と説明する。

カギとなるのが、量子重ね合わせだ。例えば、ある問題を解くために従来のコンピュータでは1,000通りを順番に試す必要があるとする。量子コンピュータでは、1,000通りが同時に存在している量子状態をつくり出し、条件に合うものを効率的に絞り込むイメージだ。

ただ、すべての計算を速く行えるということではない。従来のコンピュータの計算速度を上げるのではなく、異なる原理に基づく全く別のものと捉えた方がいい。量子コンピュータが強みを発揮する分野として、多くの選択肢の中から最適な答えを見つけ出す問題が考えられる。自動運転のルート検索や、金融での投資戦略の最適化、新しい医薬品の開発などが該当する(図1)。

将来の量子コンピュータの利用例の図

図1 将来の量子コンピュータの利用例

光方式のメリットとは

国内外で研究されている量子コンピュータには超伝導や冷却原子、イオン、半導体、光などを使うさまざまな種類があり、激しい開発競争が繰り広げられている。量子コンピュータ研究センターの米澤 チームディレクターと古澤 明 チームディレクター(光量子計算研究チーム)らは、多くのメリットがある光方式の量子コンピュータの開発に取り組んでいる。

今回開発した光量子コンピュータの実機には、情報の担い手となる「量子光」を生成する装置や、量子もつれを生じさせる装置、量子テレポーテーションという量子操作(測定)をする装置などが配置されている。

これらの装置を制御することによって、量子重ね合わせの状態にある光を「最適な答え」の出る確率が高くなるような量子状態に変化させる。そして、最終的に光の情報を測定して計算結果を得る仕組みだ(図2)。

光量子コンピュータ装置の概略図の画像

図2 光量子コンピュータ装置の概略図

光方式のメリットとして、光通信で培われてきた既存の技術を使えば一つの光信号に多くの情報を詰め込めることが挙げられる。時間を分割し、異なる時間に存在する量子と量子の間に量子もつれを生成することで大規模な量子もつれが得られ、効率的に量子計算をすることも可能になった。この「時間的にずれた量子もつれ」のおかげで、桁違いのスケールアップに向けた道も開かれている。

また、超伝導方式などでは量子効果を得るために極低温まで冷やす必要があるが、光方式は室温で動作する。省エネルギーである点も、実用化に有利に働く。

コンピュータなのに"アナログ"?

さらに今回開発した実機の大きな特徴は、光の波の「振幅値」というアナログな値で情報を表すタイプであることだ。従来のコンピュータや他の量子コンピュータでは情報の最小単位が0か1かのデジタルタイプであるのに対し、情報を連続的な値で表せるアナログタイプのメリットは計り知れない(図3)。

アナログ光量子コンピュータとデジタルコンピュータの違いの図

図3 アナログ光量子コンピュータとデジタルコンピュータの違い

米澤 チームディレクターは「私たちの身の回りにある現象やデータは、多くの場合がアナログです。デジタルコンピュータは、アナログを一度デジタルに変換してから計算します。アナログコンピュータなら、この余計なステップを省けるうえ、変換で情報を失うことなく計算できます」と指摘する。

このため、アナログ方式の光量子コンピュータは最適化問題や物質の探索などで威力を発揮することが期待される。人間の脳の仕組みもアナログなので、ニューラルネットワークなどへの応用で親和性が高いと考えられる。

クラウド化でより多くの研究者がつながる

実用化を見据えると、実機の開発だけでなく応用分野の探索や将来の利用のための環境整備も必要となる。研究グループは、ソフトウェア開発キットやクラウドシステムを整備し、光量子コンピュータの専門知識がない研究者や遠隔地の研究者でも利用できるようにした。

光量子コンピュータのクラウドシステムの図

図4 光量子コンピュータのクラウドシステム

現在は共同研究契約を結んだ研究者のみ利用可能だが、今後はより多くの研究者に利用してもらい、光量子コンピュータの可能性を最大限に引き出すことを目指している。

実用化という山の7~8合目

光量子コンピュータの実用化に向けて、課題は多い。

「私たちが開発した実機はさらに計算規模を大きくし、性能自体も上げる必要があります。現在、量子状態の足し算や引き算は可能ですが、かけ算はまだ原理を実証した段階です。そもそもこの光量子コンピュータがどのような問題解決に役立つのか、つかみ切れていないのです。実機が完成したことで、いろいろな可能性を試すことができるようになりました」。米澤 チームディレクターは今回の成果の意義を説明する。

研究グループは着実に歩みを進めている。

「フルスケールで汎用的な光量子コンピュータの完成を山の頂上と見立てると、先人の研究成果のおかげで私たちは5合目から登り始めて、今は7~8合目くらいの感覚です。まだ距離はありますが、頂上の雲は晴れてきました。社会で応用できるように、性能を上げていこうと思います」

(取材・構成:根本 毅/撮影:竹内 紀臣)

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