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研究最前線 2025年9月8日

メタ認知を解明し、居心地の良い社会づくりに役立てる

「人間は社会的動物である」と古代ギリシャの哲学者、アリストテレスは語りました。私たちは自身の考えや感覚をもとに、相手の心を読もうとしたり、確からしさを判断したりしながら行動しています。このとき、脳で何が起きているのでしょうか。その謎を科学的に解き明かそうとしているのが、宮本 健太郎 チームディレクターの研究チームです。

宮本 健太郎の写真

宮本 健太郎(ミヤモト・ケンタロウ)

脳神経科学研究センター 思考・実行機能研究チーム チームディレクター

「無知の知」を生み出す神経部位を発見

私たちは自分が知覚し、理解し、記憶したことを、第三者的に評価し、行動に生かす。この能力は「メタ認知」と呼ばれる。メタはギリシャ語の「meta」に由来し「高次の」という意味がある。大きな脳を持つ人間ゆえの営みだ。アリストテレスの大師匠、ソクラテスが説いた「無知の知」もその一例で、自分が分かっていないということを自覚する、というものだ。研究チームは、謎に包まれてきたメタ認知のメカニズムを解明しようと、独自の実験を構築し、世界をリードしている。

例えば、サルがメタ認知の能力を持ち、使っているかどうかを調べるため、次のようなテストを開発した。まずハサミや郵便ポストなど4枚のイラストを順々に見せ記憶してもらった。次に、別のイラストを提示し、その4枚に含まれていたか、新しいイラストだったかを報告させた。さらに、ピンク色と緑色の2種類の選択肢を提示し、どちらを選ぶかに応じてジュースを与えた。ピンクでは、前述のイラストの判断が正解のときに多めのジュースがもらえるが、不正解だと何ももらえない「ハイリスク・ハイリターン」、緑は正解でも不正解でも少量もらえる「ローリスク・ローリターン」に設定した。自信のあるときにピンク、自信がないときに緑を選べば、もらえる量を最大化できる。その結果、緑よりピンクを選ぶときに正解率は高く、メタ認知に基づいて、自分の認知の正しさを正確に判断し、行動を変えていることが分かった(図1)。

図1  マカクサルにおけるメタ認知の存在を明らかにした実験のイメージ図の画像

図1 マカクサルにおけるメタ認知の存在を明らかにした実験のイメージ図

テスト中の脳活動を「機能的磁気共鳴画像法(fMRI)」で計測すると、前頭葉後方の「背側前頭葉(9野)」が記憶したイラストに対する判断へのメタ認知、前端にある「前頭極(10野)」が、新しいイラストに対する判断へのメタ認知と深く関与していた。これらの部位の活動を薬剤で抑えると、イラスト記憶の正解率は変わらなかったが、自信に基づくピンクと緑の選択はでたらめになり、メタ認知能力のみに影響が及んだ。9野と10野の統合的な働きで「無知の知」が生み出されていると裏付けた。

自己を鏡に他者の心を想像・理解する

人間は集団で問題解決を試みるとき、仲間が果たす役割を予測して自身の役割を考え、行動を調整する。研究チームは、自分とは異なる他者の心を想像・理解・予測し、仕事を分担する際もメタ認知が重要な役割を果たすことを明らかにした。

実験は、人間社会に近い状態を再現できるように工夫した。大人に、さまざまな方向に動く多数の点を見せ、より多くの点が同期して動く方向を回答するテストを実施、自分と他者の判断の成功確率を予想させた。自分が解いて正解したら報酬がもらえる課題と、他者が解きその他者が正解したら自分が報酬をもらえる課題を提示し、どちらが解くかを選ぶ。自他それぞれの課題の難易度を鑑みて、自分と他者のどちらが解くかを適切に判断するとお金がもらえる。こうして「課題を自分でやるか仲間に託すか」を真剣に考えさせた。

自分のメタ認知に基づいて成績が予測できる他者(自身より経験の浅いビギナー)の課題成功確率を推測し、自身の成功確率と比較する場合には「前外側前頭葉(47野)」の活動が、予測に比例して上昇した。47野の活動を「経頭蓋(けいとうがい)磁気刺激法(TMS)」という方法で一時的に弱めると、課題を解く能力は影響を受けなかったが、自他の課題成績を予測し、どちらが解くべきかを適切に選択する能力は下がった。47野は、自身のメタ認知を投影して、他者の思考を予測するという重要な働きを果たしていた。

一方、成績の予測が難しい他者(自身の経験や能力を上回るエキスパート)の思考を予想する場合、観察学習に基づいて他者の行動を予測する戦略が用いられ、「側頭頭頂接合部(TPJ:temporo-parietal junction)」が寄与していた(図2)。

他者の思考を予測する際に用いる戦略の違いにより関与する脳の部位は異なるの図

図2 他者の思考を予測する際に用いる戦略の違いにより関与する脳の部位は異なる

脳科学の枠を超えた展開も視野に

一連の成果は、他者を理解する能力の訓練法の開発という観点から、自閉スペクトラム症など発達障害の療育・支援法に役立つかもしれない。

また、「落ちこぼれ」に「浮きこぼれ」など、周囲の状況に対処できず息苦しさを感じる子どもは多い。少年時代、なかなか仲間に溶け込めなかったという宮本TDは「心や脳の仕組みを知ることで、生きづらさを解消するアイデアを社会に提案できれば」と意気込む。

さらに、AIはビッグデータを使って計算し解を導くのに対し、人間は少ない情報を手がかりにメタ認知に基づいて考え、行動する違いがある。この研究は「人間とは何か」という哲学、心理学的な思考を深めることにも貢献しそうだ。

脳活動を経頭蓋磁気刺激法(TMS)で計測している写真

図3 脳活動を経頭蓋磁気刺激法(TMS)で阻害する

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