バイオリソース研究センター(BRC)の高田 豊行開発研究員の日常業務は、アルツハイマー病や糖尿病などのヒト疾患モデルを含む、9,000種類以上の実験動物マウスのゲノム情報を解析・収集・整理・公開することです。
茨城県つくば市にあるBRCは、生命医学研究を支える重要な研究機関である。高田 開発研究員は、毎日実験用マウスのゲノム情報に囲まれて研究を行っている。BRCには9,000種以上のマウスが収集・保存・品質管理・提供されており、その一部はゲノム解析が行われ、整理してカタログ化されている。言わば「ゲノム情報図書館」とも呼べる存在である。
これらBRCのマウスは、糖尿病からアルツハイマー病に至るまで、さまざまな疾患の発症の仕組みの解明などに役立つ、ヒト疾患モデルとなる貴重な研究リソースだ。「マウスのゲノム情報を日々解析・収集し、多くの研究者が利用できるよう公開しています」と高田 開発研究員。
高田 開発研究員の研究の原点は、ウシやヤギといった家畜の肉質や病気のかかりやすさなど、重要な形質に関係するゲノム情報を明らかにすることから始まった。そこから畜産学の博士号を1998年に取得、その後、米国に留学してマウスの免疫に関係するゲノム情報をカタログ化するプロジェクトに参画した。
現在、高田 開発研究員と共同研究者たちは、最新のゲノム解析技術で得られた情報をマウスゲノム多型データベース「MoG+(モグプラス)」に導入して公開する作業を進めている。このデータベースは、国内外の研究者がマウスのさまざまな遺伝子の違いを使って研究を進めるときに役立っている。また、特定の遺伝子を働かなくする「ノックアウト」や、新しい遺伝子を加える「ノックイン」など、マウスの遺伝子を編集する研究を行う際にも、必要な情報を得るために活用されている。
また、MoG+には「マウス探索」機能も備わっている。例えば、アルツハイマー病に関連する遺伝子を研究している研究者が、アルツハイマー病に関係する遺伝子(遺伝子の変異や発現パターンに関する情報)を持つマウス系統を検索できる。
BRCは、手間のかかる遺伝子改変によってつくられた貴重な遺伝子改変マウスの保管拠点としても機能している。これまでに少なくとも3人のノーベル賞受賞者(本庶 佑 博士、大隅 良典 博士、山中 伸弥 博士)が樹立したマウスが寄託されており、①免疫の力を活かした新しいがん治療法の開拓、②オートファジー(細胞が自分を分解してリサイクル)の仕組みの発見、③体の細胞を“若返らせ”、あらゆる細胞に変化できるiPS細胞を生み出し、再生医療の未来の開拓、といった画期的な研究に貢献したマウスは、現在も研究者に提供されており、さらに次の研究に向けた準備も整えられている。
さらに、高田 開発研究員はMoG+を通してマウスを研究に活用するために必要なゲノム情報を公開しており、その情報は交配計画や品質管理、そして系統を正しく維持する取り組みに役立っている。ゲノム情報の解析や整理、そして情報を公開する作業は必ずしも華やかな仕事ではないが、品質の高い研究活動には極めて重要だ。「この仕事にとてもやりがいを感じています」と高田 開発研究員。
加えて、多くの研究者と同様に、高田 開発研究員も人工知能(AI)やロボット工学が、この分野を一変させる未来を思い描いている。「AIは塩基配列情報の集合体であるゲノム情報の整理や解析の手法を革新し、一方でロボットは実験動物の日常的な飼育管理を担うようになるかもしれません。しかし、その活動は高品質なゲノム情報に依存しています」。現在、AIが生命科学研究に与える影響について大きな期待が寄せられているが、AIが真に効果を発揮するためには、信頼性の高い土台となる情報が不可欠であり、それこそが高田 開発研究員が提供している情報なのだ。

高田 豊行 開発研究員(左)と天野 孝紀 チームディレクター(次世代ヒト疾患モデル研究チーム)は、日本産野生由来マウス系統のゲノム情報を活用した共同研究を行っている。
2025年6月12日公開 RIKEN People「Mouse data librarian」より翻訳、再構成
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