量子コンピュータとスーパーコンピュータ(スパコン)を連携させて最大の効果を得ようというプロジェクトが、世界に先駆け理研を中心に進んでいます。プロジェクトを率いるのは、計算科学研究センター量子HPC連携プラットフォーム部門のトップ3人。佐藤 三久 部門長と児玉 祐悦 副部門長はかつてスパコン「富岳」の開発に携わり、小野寺 民也 副部門長は2025年3月までIBMの研究所に所属した後、4月から現職を務めています。研究開発の狙いやポイントを聞きました。
互いに補い合い、最大の効果を得る
量子コンピュータは、従来のコンピュータでは計算が困難だった問題を劇的に、高速で解く可能性を秘める。
そんなに性能が高いのなら、わざわざスパコンと連携させる必要はないのではないか。そう考える人は多いだろう。
だが、スパコンを含む従来のコンピュータと、量子コンピュータは、その高い性能を発揮できる分野が異なるのだ。それぞれ異なる原理で動作し、得意分野と不得意分野がある。だからこそ、連携が大きな意味を持つ。
- 量子コンピュータ
- 非常に小さな「量子の世界」の性質を計算に利用するコンピュータ。イオントラップや超伝導、光、シリコンなど、さまざまな方式がある。一つの量子を複数の異なる状態で同時に存在させられる「量子重ね合わせ」などの性質を利用した計算(量子計算)により、従来のコンピュータよりはるかに多くの情報を処理できる。
理研のスパコン「富岳」の開発に携わった佐藤 部門長は「量子コンピュータは、スパコンが苦手とする問題を解けます。しかし、量子計算は従来型のコンピュータで制御することではじめて機能するのです。量子コンピュータの性能が今後10倍、100倍と向上するのに伴い、制御にもスパコンレベルの性能が必要になります」と説明する。互いの弱点を補い長所を生かすことが、連携の狙いだ。
「計算爆発」する分野で本領発揮
スパコンが苦手なのは、「計算爆発」が起きる分野だ。
例えば、10個の選択肢から好きなだけ選んでいい場合、組み合わせの数は2の10乗=1024通りになる。これならまだ従来のコンピュータで十分扱える数だが、選択肢が2倍の20になると2の20乗=約100万通りに増え、さらに選択肢が増えると組み合わせの数は爆発的に増加する。それらすべての組み合わせについて計算するには、膨大な時間が必要だ。
量子コンピュータはこうしたケースで真価を発揮する。具体的には材料開発、創薬、AI、組み合わせの最適化などでの応用だ。従来のコンピュータが苦手な計算だけを量子コンピュータに任せれば、効率化が図れる。
一方、量子コンピュータは制御に従来型のコンピュータを必要とする。
量子コンピュータをピアノ、そのプログラム(図1)を楽譜に例えると、楽譜の通りに鍵盤を押し下げる弾き手の役割を果たすのが従来型コンピュータということになる。
量子コンピュータの量子ビット(情報の最小単位)の数は現在、IBM製で100を超えたところだ。この先1000や1万に増えると、プログラムの効率化などにスパコンの性能が必要になってくるという。

図1 量子コンピュータのプログラム例
横線は各量子ビット (図は5量子ビット) を示し、HやSなどが示す操作が左から順に適用される。右端のメーターマークは、量子ビットを測定して0か1で読み出すことを表す。
システムソフトウェアを開発
今回のプロジェクトは、量子コンピュータとスパコンを連携させるための基本的なシステムソフトウェアを開発し、プラットフォームを整備することを目的としている。システムソフトウェアは、コンピュータの基本的な動作を管理し、他のソフトウェアを利用できるようにする機能を担う。
プロジェクトの正式名称は「計算可能領域の開拓のための量子・スパコン連携プラットフォームの研究開発(JHPC-quantum)」。期間は2023年11月から5年間。理研のほか、東京大学と大阪大学、ソフトバンク株式会社が参加する(図2)。ソフトバンクは、プロジェクトの成果を産業へ展開する役割を担う。

図2 計算可能領域の開拓のための量子・スパコン連携プラットフォームの研究開発
これまでに、2025年2月に理研の和光地区に導入したクオンティニュアム製の「黎明」(イオントラップ型)、同年6月に神戸地区に導入したIBM製のIBM Quantum System Two 「ibm_kobe」(超伝導型)の2種類の量子コンピュータの運用を開始。現在、12グループのテストユーザーに使ってもらう段階にさしかかっている。
佐藤 部門長とともに「富岳」開発に携わった児玉 副部門長は「今後は、われわれがつくったシステムソフトウェア上でのプログラミング環境を使って、実際に評価してもらいます」と話す。
- 2方式の量子コンピュータ
- イオントラップ型 クオンティニュアム製「黎明」 2025年2月導入
- 超伝導型 IBM Quantum System Two 「ibm_kobe」 2025年6月導入
イオントラップ型と超伝導型、二つの方式の量子コンピュータを使う背景には、さまざまな方式が開発される中で、今後どれが「本命」になるか分からないことがある。どの方式が実用化されても対応できるように、プロジェクト開始時点で開発が先行していた二つを対象にしたという。
2025年3月までIBMの研究所に所属していた小野寺 副部門長は「少なくとも超伝導型は1万量子ビット超を達成するでしょうが、どの方式が100万量子ビットまで行くか、誰にも分からないのではないでしょうか」と説明する。
世界に先駆けた試み
欧州などでは量子コンピュータをスパコンセンターに導入する動きが進む。そこでは一つのプログラムごとに「これは量子コンピュータで計算する」「これはスパコン」と処理を振り分ける方法が主流だ。本プロジェクトは、スパコンで動いているプログラムの内部から直接、量子コンピュータを呼び出して、必要な部分だけを量子計算させる方法を採用している。
「量子コンピュータとスパコンを大規模かつ密に連携させる試みは、われわれのプロジェクトだけ。その点で、海外よりも先行しています」と佐藤 部門長は語る。
プロジェクトが最終的に目指すのは、スパコン単独よりも量子コンピュータと連携させた方が有効であることの実証だ。
「量子コンピュータを語るときに『10年後にはこれができる』という話はたくさんあります。しかし、『今できるのは?』に対する答えはほとんどありません。このプロジェクトで、今の量子コンピュータがどれくらい役に立つのかをきちんと示したいと考えています」
関連リンク
- JHPC-quantum
- 2025年6月24日お知らせ「量子コンピュータIBM Quantum System Twoを神戸で本格稼働」
- 2023年11月22日お知らせ「量子コンピュータとスパコンを連携利用するためのプラットフォーム研究開発プロジェクトを始動」
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