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2017年3月29日

理化学研究所
高輝度光科学研究センター

SACLAで2本の硬X線FELビームラインの同時高出力運転に成功

―利用機会の大幅増によりさらなる成果創出へ―

理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)は、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設[1]SACLA[2]で稼働している2本の硬X線FEL[3]ビームライン(BL2、BL3)について、2本同時に、40ギガワットを超える高いレーザー出力で運転することに成功しました。

SACLAは2012年3月の供用開始以来、光合成に重要なPSIIタンパク質の正確な構造の解明注1)をはじめとする数々の利用成果をあげており、産業界の利用も着実に増加しています。しかし、利用者と創出される成果が増え続ける一方、利用者に提供可能なビームタイムの不足が課題となっていました。

そこで、2015年にはBL3に続いてBL2の運用を開始し注2)、2016年にはパルス毎に電子ビームを振り分けることで、BL2とBL3の同時運転を実現しました注3)。しかし、BL2へ電子ビームを輸送するためには「ドッグレッグ(犬の足)」と呼ばれる屈曲したビーム輸送路を経由する必要があり(図1)、そこで発生する強い放射光によって電子ビームの品質が損なわれるという問題がありました。この劣化はピーク電流を小さくすると抑制できますが、電流が小さくなることで、レーザー出力も低下します。実際に、同時運転時のレーザー出力は数ギガワットにとどまっていました。また、電流が小さくなることでパルス幅も長くなってしまいます。これらのことから、実施できる実験が限られていました。

この問題を解決するために、理研とJASRIは、ドッグレッグのビーム光学系のデザインを抜本的に見直しました。この過程で、ビーム光学系を最適な条件にするためには、電子ビームを両ビームラインに振り分けるためのキッカー電磁石[4]を、これまでの約6倍の電圧で動作させる必要があることが分かりました。このために必要となる高出力パルス電源をニチコン株式会社と共同で開発し、次世代のパワー半導体デバイスである「SiC MOSFET[5]」を利用することで、電力の損失が少なく、設定電流値からの偏差が0.001%精度という、高効率かつ高安定性を持つ電源を実現しました(図2)。

ビーム光学系の高度化は、2016年12月から2017年1月にかけて実施しました。2月には、新たな光学系によるBL2への電子ビームの輸送試験を行ない、高いピーク電流の条件下でもビーム品質が劣化しないことを確認しました。さらに、BL2とBL3の同時運転時のレーザー出力を計測し、40ギガワットを超える高い出力が得られていることを確認しました(図3)。これによって、SACLAの特徴である超短パルスと高いレーザー出力を最大限に生かした実験が、2本の硬X線FELビームラインで同時に行える準備が整いました。

2009年に供用を開始した米国のLCLS[6]、2012年に供用を開始したSACLAに続き、2017年にはヨーロッパ、韓国、スイスのXFEL施設が稼働するため、XFELを舞台とした国際競争はますます熾烈になります。SACLAは、2016年7月よりBL3、BL2に加え、軟X線FEL[3]ビームラインであるBL1の同時運転を実施しています注4)。BL1はSCSS[7]を再利用した独立の専用加速器を有するため、今回の成功は、SACLAが3本のFELビームラインを高出力で同時運転する、類を見ない施設に発展することを意味します。他のXFEL施設では不可能な、複数ビームラインの高出力同時運転を生かした利用機会の増加による成果の拡充に加え、特色あるXFELの利用法の開拓を通したユニークな成果の創出が期待できます。

注1)2017年2月21日 岡山大学プレスリリース 「光化学系Ⅱ複合体が酸素分子を発生する直前の立体構造を解明
注2)2015年6月8日 トピックス 「SACLAが新しいビームラインの共用を開始
注3)2016年2月17日 プレスリリース 「SACLA マルチビームライン運転に成功
注4)2016年4月26日 トピックス SACLAが「SXFELビームライン」の共用運転を開始

SACLAのレイアウト図

図1 SACLAのレイアウト

Cバンド加速器によって加速・圧縮された電子ビームを、キッカーと呼ばれる電磁石によってBL2とBL3に振り分けている。従来は電子ビームがドッグレッグ(青丸)を通過する際に放出する強い放射光の影響を受けることで品質が低下していたが、キッカーの電圧を6倍に引き上げ、ドッグレッグのビーム光学系を高度化することで、高いピーク電流下でも高品質な電子ビームを輸送できるようになった。このため、BL2とBL3は300マイクロジュールを超える高い出力で同時に運転が可能となった。

キッカー電磁石と新たに開発した高出力パルス電源の写真

図2 キッカー電磁石(左)と新たに開発した高出力パルス電源(右)

キッカー電磁石とは電子ビームをパルス的に曲げる偏向電磁石。これを従来の約6倍の電圧で動作させるため、ニチコン株式会社と共同で高出力パルス電源(写真右)を開発した。次世代のパワー半導体デバイスである「SiC MOSFET」を利用することで、大電力を小電力損失で、かつ、設定電流値からの偏差が0.001%という高安定性を実現した。この電源は電流をほぼゼロに絞って電子ビームを直進させる「直進モード」と電子ビームを左右に3°曲げる「偏向モード」の2条件に於いて、高い設定電流安定性が要求される。この広い動作領域に亘り、精密な出力電流制御を実現するため、独自の分流回路方式が開発実装された。

BL2とBL3の運転ステータスの図

図3 BL2とBL3の運転ステータス

新たな光学系でBL2とBL3へ電子ビームを振り分けた際の運転ステータス(2017年2月5日~6日)。青い線はパルス毎のパルスエネルギー、赤い線は光子エネルギー(波長に相当)。調整を続けた結果、26日の午前2時以降(図中のピンクの領域)からBL2を約450マイクロジュール(緑の線)で運転しつつ、BL3を約300マイクロジュール(緑の線)で運転することに成功した。このときのBL2の光子エネルギーは6keV=波長約0.2nm、BL3は10keV=波長約0.12nmであることが分かる。また、パルスレーザーの出力は、パルスエネルギー/パルス幅で算出される。このときのレーザーのパルス幅は7フェムト秒以下であることを考慮すると、双方で300/7≒42.9ギガワット以上の高い出力が得られていることが分かる。

補足説明

  • 1.
    X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray free-electron laser)

    近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。

  • 2.
    SACLA

    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つで、2006年度から5年間の計画で建設・整備された。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用を開始した。0.1ナノメートル以下という世界最短波長のX線レーザーを発振する能力を有する。
    詳細はX線自由電子レーザー SACLAのホームページ

  • 3.
    硬X線FEL、軟X線FEL

    軟X線FELとは波長が0.3~数10nm付近の軟X線領域の自由電子レーザー、硬X線FELとは波長が0.3nm以下と軟X線より短い硬X線領域の自由電子レーザー。レーザーを用いる実験では試料のサイズや特性に応じて最適な波長のレーザーを用いる。

  • 4.
    キッカー電磁石

    電子ビームを曲げる偏向電磁石の一種で、磁場を変化させることにより、曲げる方向を変えることができる電磁石。例えば、電子ビームをまっすぐ通す時は磁場をゼロに、左に曲げる時は正方向の磁場、右に曲げる時は負方向の磁場を発生させ、電子ビームの進む方向を制御できる。

  • 5.
    SiC MOSFET

    SiC(シリコンカーバイド)製のトランジスタのパワー半導体素子。現在、主流となっているSi(シリコン)製のパワー半導体素子と比べ高速かつ電力損失が小さいスイッチングが可能。インダクタなどの構成部品を小さくすることができるため、電源製品の小型化が可能であり、使用部材の削減や製品輸送時のエネルギー削減など、様々な省エネルギー効果の波及も期待できる。

  • 6.
    LCLS

    米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。Linac Coherent Light Sourceの頭文字をとってLCLSと呼ばれている。2009年12月から利用運転が開始された。

  • 7.
    SCSS

    SACLAのプロトタイプ機として、SPring-8サイトに建設された小型の自由電子レーザー装置。2006年に真空紫外光のレーザー発振に成功し、加速器・光源・利用の各方面について、様々な試験研究が実施された。2013年5月に運転を休止した。SCSSは、「SPring-8 Compact SASE Source」の略。SASEは自己増幅自発放射(Self Amplified Spontaneous Emission)を意味し、反射鏡を使わずに光を増幅してレーザー発振を得る方法を指す。

発表者

理化学研究所 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門
部門長 田中 均 (たなか ひとし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課
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