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2023年11月22日

理化学研究所

量子コンピュータとスパコンを連携利用するためのプラットフォーム研究開発プロジェクトを始動

理化学研究所(理研)は、今般、「計算可能領域の開拓のための量子・スパコン連携プラットフォームの研究開発」の研究開発に着手します。本事業は、経済産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募を行った「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/ポスト5G情報通信システムの開発(委託)」における開発テーマ「(g1)量子・スパコンの統合利用技術の開発」をソフトバンク株式会社(ソフトバンク)と共に提案を行った結果採択されたものです。DXやAIなどが急激に進化する中、人類の計算可能領域の拡大は喫緊の課題であり、量子コンピュータの実用化を待つことなく、量子コンピュータ・HPC連携ソフトウェアの開発に取り組むことが極めて重要です。

理研は、世界トップクラスのスーパーコンピュータ(スパコン)および量子コンピュータの技術力を生かし、スパコン「富岳」[1]をはじめとする最先端の科学基盤と新たに導入する2種類の商用量子コンピュータとを最大限に活用して、ソフトバンクや共同実施者である東京大学および大阪大学と協力しつつ、量子コンピュータとスパコンを連携するための汎用性の高い量子・HPC連携システムソフトウェアの研究開発と、これを用いた量子・スパコン連携プラットフォームの構築、ポスト5G時代のネットワークで提供されるサービスとして展開する技術の実現に取り組んでいきます。

また、理研は2023年度から推進しているTRIP[2]の一環として、超伝導方式の国産量子コンピュータ初号機「叡(えい)」[3]と「富岳」などの連携に関する研究開発も進めており、本プロジェクトの成果を活用する計画です。

これらの成果を生かし、量子コンピュータの国産実機の活用や世界に先駆けた量子コンピュータ・スパコンの連携による最先端の計算環境の実現に寄与し、今後の科学技術・イノベーション・産業の発展の鍵となる量子コンピュータとスパコンによる新たな計算可能領域の開拓に貢献することを目指しています。

開発の目的

本プロジェクトは、量子コンピュータそのものの研究開発を実施するプロジェクトではなく、その次の展開である量子コンピュータの本格的な利用に向けて量子コンピュータとスパコンの連携に関する研究開発を行うプロジェクトです。量子コンピュータは、従来のコンピュータと全く異なる原理で動作し、分子中の電子状態などの量子的な振る舞いを効率的にシミュレーションすることや素因数分解など、さまざまな問題を高速で解けると期待されていますが、現時点では規模拡大や計算精度の確保には多くの技術的課題があります。実用化に向けては、古典コンピュータ、すなわち従来のデジタル計算機と組み合わせて活用することが有望視されており、本プロジェクトでは、量子コンピュータとスパコンとを組み合わせたハイブリッド基盤を提供することで、量子コンピュータの有効な利用を加速することを目的としています。

これまでも、量子コンピュータは古典コンピュータの制御の下で動作させるのが基本で、現状では数十量子ビット程度の量子コンピュータ実機もしくは量子計算シミュレータを用いた研究開発がほとんどであり、連携する古典コンピュータの規模も単体のサーバやPCなど小規模なものが用いられてきました。

現在、最先端の量子コンピュータの規模は100量子ビットを超え、実用化に向けて着実に進歩しています。これからの本格利用には、これまで計算科学の多くのアプリケーションの実行を担ってきたスパコン(古典コンピュータに該当)と協調して使えるようになることが期待されています。また、量子ビットが大規模になると、最適化、エラー緩和[4]など、さまざまな処理をスパコンで行わなくてはならなくなると予想されています。さらに、量子コンピュータとスパコンを同時に利用する場合には、片方が無駄にならないようにうまくスケジューリングできるようにする必要があります。

本プロジェクトでは、世界トップレベルのスパコンである「富岳」や多様な量子コンピュータ、その他の理研や大学の運用する計算基盤を活用することにより、世界に先駆け、最先端の量子コンピュータとスパコンを連携した利用を可能にする「量子・HPC連携システムソフトウェア」を開発し、新たな計算可能領域を開拓し、計算技術の進展を加速する史上最高性能の情報処理・情報通信環境の実現を目指します。

このシステムソフトウェアにより、複数の量子コンピュータと複数のスパコンの連携利用を可能にする「量子・スパコン連携プラットフォーム」を構築します。このプラットフォームをクラウド上に展開し、これから劇的に進歩するポスト5Gネットワーク上の高機能なサービスを提供するために必要な基盤技術の開発を行います。さらに、量子・スパコン連携プラットフォームが、スパコンのみの計算と比べて効率的な計算ができるかを検証していきます。これによりさまざまな産業分野において本プロジェクトの成果と量子コンピュータの活用が進み、技術の進展と経済の活性化につながるよう取り組んでいきます。

開発の内容

本プロジェクトでは量子コンピュータとスパコンを連携利用するための量子・HPC連携システムソフトウェアを開発し、これを用いて多様な量子コンピュータとスパコンの連携利用を可能にする量子・スパコン連携プラットフォームを構築するとともに、量子・HPC連携アプリケーションを開発し、その有効性について検証します。

世界的に量子コンピュータの開発競争は激化しており、動作原理によりノイズ特性や動作速度、量子ビットに適した操作などが異なるさまざまな方式の量子コンピュータについてその性能の向上が日々進んでいるところです。また、量子コンピュータの能力を最大限活用するためにはHPCとの連携が必要不可欠です。このような中、さまざまな量子コンピュータに適応可能な量子コンピュータ・HPC連携ソフトウェアの開発に取り組むことが極めて重要です。本プロジェクトでは、比較的技術的に進展している超伝導型量子コンピュータ[5]イオントラップ型量子コンピュータ[6]二つの特性の異なる商用の量子コンピュータ[7]を今後整備し、理研計算科学研究センターが運用する「富岳」をはじめとするスパコンと統合したシステムを構築します。新たに導入予定の商用超伝導型量子コンピュータは「富岳」と同じ建屋に設置し、両者を低レイテンシかつ高速なネットワークで接続することにより、近接に量子コンピュータとスパコンを接続する技術の実験・検証に用います。また、超伝導型量子コンピュータとは動作原理が異なるマシンの一つとして、イオントラップ型量子コンピュータを導入し、特性が異なるマシンに対しても適応可能なシステムソフトウェアの開発に活用します。新たに導入予定の商用イオントラップ型量子コンピュータは、理研和光地区内に設置し、広域ネットワーク経由で「富岳」からアクセスします。

量子・HPC連携システムソフトウェアは、それぞれ複数の量子コンピュータとスパコンを相互に接続する「量子・HPC連携遠隔手続き呼び出しシステムソフトウェア」と、スパコンと量子コンピュータの計算資源を効率的にスケジュールする「量子・HPC連携スケジューラ」から成ります。このシステムソフトウェアを用いて、理研だけでなく東京大学および大阪大学のスパコンとの相互利用の試験を実施する予定です。複数の量子コンピュータ、複数のスパコンから構築されるプラットフォームを「量子・スパコン連携プラットフォーム」と呼び、図1にその構成を示します。

量子・スパコン連携プラットフォームの構成の画像

図1 量子・スパコン連携プラットフォームの構成

さまざまなタイプの量子コンピュータが開発途上にある現在、本プロジェクトでは多様な量子コンピュータとスパコンの組み合わせにより最適かつ効果的な利用形態を検証し、今後も技術の進歩に合わせて、最先端のハイブリッド計算環境へと進化するプラットフォームの構築を目指します。

またこの量子・スパコン連携プラットフォームを用いて、量子・HPC連携アプリケーションの開発にも取り組む予定です。本プロジェクトで構築された量子・スパコン連携プラットフォームを用いて、これまでのスパコンのみでは不可能であった範囲の量子計算を実現し、その有効性の検証と新たな計算可能領域の開拓に取り組みます。特に、エラー耐性のないNISQコンピュータ[8]活用に対しては、物性物理学、量子化学、素粒子・原子核物理学などを中心とした分野での活用が期待されています。具体的な目標として、量子ダイナミックス計算による量子・HPC連携アプリケーションの有効性の実証と、この計算の知見を踏まえて、新材料・薬剤・触媒の設計や、ナノ技術・(光)電子デバイス・計測技術に活用が期待される量子多体系に対する低エネルギー状態の計算による有効性の検証に取り組みます。

各機関の役割

理化学研究所(代表事業者)

研究開発全体のとりまとめ。量子・HPC連携システムソフトウェアを東京大学と共同開発し、大阪大学とともに、量子・HPC連携アプリケーションの開発に取り組み、有効性の検証を行います。またスーパーコンピュータ「京」および「富岳」の開発・運用実績を生かし、本プロジェクトでの大規模システムの運用を行うこととしています。

ソフトバンク(共同提案者)

国内大手のIT・通信事業者であり、クラウドなどのITサービスに関する事業については多くの経験と実績を有しています。この実績を基に開発する量子スパコン連携プラットフォームをクラウドに展開し、その上で量子・HPCアプリケーションを開発、利用できる環境を構築するとともに、ポスト5G時代で提供されるサービスとして展開する技術の有効性を実証していくこととしています。

東京大学(共同実施者)

東京大学で本プロジェクトに参画する東京大学情報基盤センターは、日本の大学のスパコンセンターとしては最大のスパコンを有するセンターであり、設計・調達・運用に多くの実績を持ちます。最近、複数の異なるスパコンを設置し、これを連携して運用するための研究プロジェクトを実施しており、この経験を基に、量子・HPC連携スケジューラを理研と共同開発することとしています。

大阪大学(共同実施者)

大阪大学は量子ソフトウェア開発拠点として、国内でも量子ソフトウェアの開発に実績を持ちます。特に、当該拠点で開発された量子ソフトウェアの開発ソフトである「qulacs」を用いて、多くの有用なモジュール型量子ソフトウェアライブラリが開発されており、これを量子・スパコン連携プラットフォームで利用可能にすることにより、量子・HPC連携アプリケーションの充実を図ることとしています。

代表者のコメント

理化学研究所 研究代表者 佐藤 三久(サトウ・ミツヒサ)
(計算科学研究センター 副センター長/量子HPC連携プラットフォーム部門 部門長)

「理化学研究所は、横断プロジェクトとして『Transformative Research Innovation Platform of RIKEN platforms(TRIP)』を推進することとしており、その一環として、すでに、計算可能領域を拡張することを目指した量子コンピュータ(Quantum Computing: QC)とスーパーコンピュータ(High Performance Computing: HPC)の連携について検討を進めてきました。今、最先端の量子コンピュータはNISQではありますが、100量子ビットを超え実用的な段階に踏み出しつつあります。スパコンとの連携は従来PCやサーバで行われてきた処理に関し、量子ビットが大きくなるにつれて、古典コンピュータ側の計算量が増えることからスパコンで行う必要があるという側面もありますが、量子コンピュータに期待されるアプリケーションの分野はほとんどがこれまでスパコンで行われてきており、スパコンをさらに高度化する装置として期待されるものです。この量子・HPC連携ソフトウェアの開発により、理研の科学の総合力と『富岳』をはじめ最先端のスパコン開発の経験を生かして、運用を見据えたシステム開発に取り組んでいきます。」

参考リンク

補足説明

  • 1.スーパーコンピュータ「富岳」
    スーパーコンピュータ「京」の後継機。2020年代に、社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とし、電力性能、計算性能、ユーザーの利便性・使い勝手の良さ、画期的な成果創出、ビッグデータやAIの加速機能の総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータとして2021年3月に共用が開始されました。
    現在「富岳」は日本が目指すSociety 5.0を実現するために不可欠なHPCインフラとして活用されています。
  • 2.TRIP
    TRIP(Transformative Research Innovation Platform of RIKEN platforms)とは、理研において、2023年度から開始した、理研の強みである各領域の最先端研究をリードする最先端研究プラットフォーム群(スーパーコンピュータ「富岳」、量子コンピュータ、大型放射光施設「SPring-8」、X線自由電子レーザー施設「SACLA」、バイオリソース事業など)を有機的に連携させ、新たな知の領域を、研究分野を超えて効果的に生み出す革新的な研究プラットフォームを創り出す挑戦的なプロジェクトです。具体的には、新型計算機と予測アルゴリズム、データ整備を連携させ、未来の予測制御の科学を開拓することを目指し、良質なデータ整備(TRIP1)、AI×数理で予測の科学を開拓(TRIP2)、計算可能領域の拡張(TRIP3)のプラットフォームを整備・連携し、人類の課題解決に貢献する研究DX基盤として機能させるとともに、これらを活用し、新たな価値の創成に資する研究を推進しています。
  • 3.量子コンピュータ初号機「叡(えい)」
    理研、産業技術総合研究所、情報通信研究機構、大阪大学、富士通株式会社、日本電信電話株式会社による共同研究グループにおいて、超伝導方式による国産量子コンピュータ初号機(64量子ビット)を整備、2023年3月27日にクラウド公開し、外部からの利用を開始しました。より多くの皆様に親しみを持っていただけるよう愛称を付けることとし、一般公募により「叡(えい)」に決定しました。また「叡」のクラウド公開に続き、2023年10月5日には理研RQC-富士通連携センターで「叡」のノウハウを基にした新たな64量子ビットチップの超伝導型量子コンピュータを開発し、さらに、大阪大学(量子情報・量子生命研究センター)でも、2023年度中に理研RQCが開発した64量子ビットチップを搭載した超伝導型量子コンピュータをクラウド公開する予定となっています。
  • 4.最適化、エラー緩和
    量子コンピュータのプログラムは、複数の量子ビットに対する操作の手順を記述したものですが、量子コンピュータによっては量子ビットの物理的なつながりなどにより、可能な操作が限定されています。最適化とは、ユーザーが記述した量子プログラムを量子コンピュータのハードウェアの特性・制限に合わせて効率的に実行されるように変換することです。
    現在、実用化されている量子コンピュータはエラー耐性のないNISQコンピュータであり、実行中にさまざまな要因によるエラーを生じることは避けることができません。エラー緩和とは、適切なアルゴリズムにより、最終的に観測により得られた結果を解析しエラーをできるだけ取り除き、正しい結果に近い結果を求めることです。これに対し、量子コンピュータのエラーを実行中に訂正し正しい結果を得ることをエラー訂正といい、エラーのない量子コンピュータの実現に重要な技術であるとされていますが、まだ、実用化に至っていません。
  • 5.超伝導型量子コンピュータ
    超伝導材料を用いた電子回路上で、ジョセフソン接合というトンネル接合素子を用いて量子ビットを実現する方式の量子コンピュータ。量子ビットの「0と1」を表すエネルギー差のスケールが小さいため、希釈冷凍機の中で極低温(約-273℃)まで冷却して、熱雑音を抑えることが必要となります。最初に実現した超伝導型量子ビットは「電荷量子ビット」と呼ばれる回路で、これを基本素子とするゲート操作に基づく超伝導型量子コンピュータの研究が現在世界中で大規模に進められています。超伝導型量子コンピュータは、他の方式に比べて、量子ビットが集積化できるところや、ゲート操作が比較的安定しているなどの利点があります。
  • 6.イオントラップ型量子コンピュータ
    原子から電子を1個取り去ることで生成するイオンを空間上に留め置き、イオンの持つ内部状態を用いて「0と1」を定義し、量子ビットとして用いる方式の量子コンピュータ。光もしくはマイクロ波を用いて量子ビットを操作します。量子ビット間が全結合性であることから、量子回路の深さ(計算ステップ数)が少なく済むため、エラー率が小さい特徴を有するものです。特に今回採用するQuantinuum社のシステムでは、QCCD(Quantum Charged-Coupled Device, 量子電荷結合素子)方式により、極めて低いエラー率を達成できることから、量子ダイナミックス計算など量子回路の深さを必要とするアプリケーションでの利用に適しています。一方で、イオンの加熱および磁場の変動がエラー率の増加をもたらすため、イオントラップを数10Kに冷却することや、磁場変動の低減などが必要であり、シビアな使用環境が求められます。
  • 7.二つの特性の異なる商用の量子コンピュータ
    本プロジェクトにおいては、比較的技術的に進展している2台の専有利用可能な商用の量子コンピュータを導入予定です。具体的には、1台は、IBM社製の超伝導型量子コンピュータ(100量子ビット以上)であり理研神戸地区計算科学研究センター内に導入予定です。もう1台は、Quantinuum社製のイオントラップ型量子コンピュータ(20量子ビット以上)を理研和光地区内に導入予定です。なお、これらが導入される前の初期段階では、量子コンピュータのシミュレータやクラウド経由での利用などにより活用する予定です。
  • 8.NISQコンピュータ
    ノイズによって生じる計算のエラーを訂正することのできない、小規模から中規模サイズの量子コンピュータの総称。変分量子アルゴリズムなどの応用を通じた、近い将来での実用化が期待されています。NISQはNoisy Intermediate-Scale Quantum computersの略。

研究チーム

理化学研究所 計算科学研究センター 量子HPC連携プラットフォーム部門(部門長 佐藤三久)

プロジェクトに関する問い合わせ

理化学研究所 神戸事業所 計算科学研究推進室 アウトリーチグループ
報道機関向け問い合わせフォーム(理研R-CCS)

理化学研究所 広報室 報道担当
お問い合わせフォーム

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