1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2009

2009年4月3日

独立行政法人 理化学研究所

自閉症の原因因子の一つ「Shank」のシナプスでの機能を解明

-ShankとHomerの2つのタンパク質の網目構造が、正常シナプスの骨格を形作る-

ポイント

  • HomerとShankの同時発現で神経シナプス巨大化が起こるナゾを解く
  • Homerのダンベル様構造が、両端にShankを結合させ、重要な網目構造を形成
  • 網目構造の形成不全で、シナプスが縮小、神経伝達の効率も低下

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、自閉症の原因因子の一つとして知られ、脳内の神経細胞に存在しているShank(シャンク)タンパク質と、その結合相手であるHomer(ホーマー)タンパク質が、神経細胞のシナプス付近で網目構造を作ることが、神経細胞の正常な発達に必要であることを発見しました。これは、脳科学総合研究センター(利根川進センター長)とシナプス機能研究チームの林真理子研究員、林康紀チームリーダー、米国マサチューセッツ工科大学、米国ブルックヘブン国立研究所、イタリアミラノ大学、米国ニューヨーク大学医学部による共同研究の成果です。

自閉症の原因の一つとされるShank遺伝子は、神経細胞で、その結合タンパク質Homerをコードする遺伝子と同時に発現させると、シナプスを巨大化させる働きがあることが知られていました。本研究では、この2つのタンパク質の機能を、その構造から探りました。X線結晶構造解析の結果、Homerは、ダンベルのような構造を持ち、その両端でShankと結合することが分かりました。この結果から、HomerがShank同士を結びつけることで網目構造が作られ、これがシナプス近辺で、受容体などほかの重要なシナプスのタンパク質を固定する構造となって、シナプス伝達に関与していることを示しました。網目構造を作ることができないHomerを神経細胞に発現させると、シナプスが小さくなり、神経信号の伝わる効率は悪くなりました。Shank以外の自閉症の原因因子とされるタンパク質の中にも、シナプスの機能に何らかの役割を果たしているものがあることが報告されており、シナプス機能の異常が自閉症に共通する原因となっていることを裏付けるものとなりました。この原因を取り除くことが、自閉症治療につながることが期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell』(4月3日号)に掲載されます。

背景

自閉症は、他者とのコミュニケーションなど社会性の発達が遅延する神経疾患です。一部に家族性のケースも知られる先天性の脳機能障害で、家族環境や社会環境が原因で発症することはないと考えられています。しかし、どのような原因によって発症に至るのかというメカニズムについては、はっきりとしたことは分かっていません。家族性の自閉症の原因ではないかとされる候補遺伝子の中には、神経細胞の発達、特に神経シナプスの形成過程で働いていると考えられる遺伝子がいくつかあります。最近では、一部の患者でShankという遺伝子に異常が起こっていることが報告されました。

Shank遺伝子がコードするShankタンパク質は、その結合タンパク質であるHomerとともに、シナプス近傍に非常に多く見られるタンパク質です。これまでに、ShankとHomerは協調してシナプスを大きくする働きがあることが知られていましたが、シナプスの大きさを決めるにあたって、2つのタンパク質が構造的な役割を果たしているのか、調節の役割を果たしているのかは分かっていませんでした。すなわち、シナプスを建物に例えると、ShankやHomerは屋根や柱に使う建築資材なのか、設計や現場の作業にあたる人間なのかが、分かっていないという状況でした。

研究手法と成果

ShankとHomerという2つの因子がどのような機能を持っているかを明らかにするために、X線結晶構造解析や電子顕微鏡観察などの手法を使って、Homerの構造やShankとHomerの複合体の構造を調べました。

Homerは、アミノ端側にShankなどのタンパク質に結合するEVH1ドメイン※1、カルボキシ端側に4量体を形成するコイルドコイル※2と呼ばれる構造を持つことが知られていました。Homerが、どのような形の4量体を作り、4つのEVH1ドメインをどのように配置しているのかを明らかにするため、このコイルドコイル部分を結晶化し、X線結晶構造解析を行いました。その結果、HomerはコイルドコイルのC末端部分が互い違いに組み合わさった逆平行の4量体を作り、両端の2つずつのEVH1ドメインでShankなどに結合できる、ダンベル様の構造をとった長いタンパク質だということが分かりました(図1)。Homerは、その両端でShankに結合することでShank同士を結び付け、網目構造を形成してシナプスを大きくしていることが推測できました(図2)

そこで、試験管内でHomerとShankを混合し、生成した高分子複合体の構造を調べました。この複合体を電子顕微鏡で観察した結果、実際に網目構造をとっていることが分かりました(図3)。この網目構造には、ほかのシナプスのタンパク質を結合することができるため、神経伝達物質の受容体も含むいくつかのタンパク質を結合して、多機能な複合体を作り、シナプス伝達に関与していると考えられます。

4量体の結び目の部分を壊すと、Homerは4量体を作れず2量体となりますが、この2量体となったHomer変異体は、Shankとの高分子複合体を作ることができません。このため、Homerが逆平行の4量体を作っていることがShankとの網目構造の形成に重要であることが分かりました。実際に、この変異体を神経細胞で発現して、Shankとの網目構造を作れなくすると、シナプスが小さくなり、神経信号の伝わる効率も悪くなりました。このことから、ShankとHomerの網目構造がシナプスの骨格を形作るとともに、ほかのタンパク質の足場となることが示されました。

今後の期待

今回の成果から、ShankやHomerはシナプスの構造的な役割を担い、シナプス伝達で機能を発揮するタンパク質を組み込んでいることが分かりました。つまり、シナプスを建物に例えると、ShankやHomerは屋根や柱に使う建築資材にあたることが分かりました。Shankの異常を原因とする自閉症の場合、網目構造の異常のために、シナプス伝達にかかわる機能タンパク質が安定に組み込まれず、シナプスの正常な形態と機能が失われてしまい、発症につながっていると考えられます。Shankの異常で説明することのできるのは、自閉症の一部に過ぎませんが、自閉症の原因因子ではないかとされるほかのタンパク質の中にも、シナプスの機能に影響していると考えられるものがあります。シナプスの機能を改善するような薬を開発できると、自閉症の一般的な治療法の確立につながると期待できます。

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター
シナプス機能研究チーム
チームリーダー 林 康紀(はやし やすのり)
研究員 林 真理子(はやし まりこ)
Tel: 048-467-6945 / Fax: 048-462-4697

お問い合わせ先

脳科学研究推進部 鈴木 一郎(すずき いちろう)
Tel: 048-467-9654 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.EVH1ドメイン
    プロリンを含む特異的なアミノ酸配列を認識して結合する球状ドメイン。HomerのEVH1ドメインは、Shankのほか、イノシトール三リン酸受容体、代謝活性型グルタミン酸受容体、ダイナミン3などにも結合する。
  • 2.コイルドコイル
    タンパク質の鎖がらせん構造をとって作られるαヘリックスが複数、縄をなうように絡み合って作られる構造。2量体、3量体、4量体が主であるが、それ以上のものもある。また、αヘリックスのN末端からC末端への向きがそろった平行のもの、そろわない逆平行のものがある。コイルドコイル形成とアミノ酸配列の関係については多くの研究がなされており、任意の配列がコイルドコイルを形成しうるかを予測するプログラムもある。
Homerの結晶構造に基づく全体構造のモデルの図

図1 Homerの結晶構造に基づく全体構造のモデル

(上)本研究では、赤色部分の構造をX線結晶構造解析により決定した。緑色の部分はコイルドコイル構造予測プログラムによる予測結果に基づいて作製、EVH1ドメイン(青)の構造はタンパク質構造データバンクのデータ(1I2H)による。
(下)Homer単量体部分をハイライトした図。

ShankとHomerによって形成される網目構造のモデルの図

図2 ShankとHomerによって形成される網目構造のモデル

Shankは多量体構造をとり、Homerは逆平行4量体構造をとる。Homerの両端のEVH1ドメイン(赤)がShankに結合して、架橋する。

Homer単独、Shank単独およびHomerとShankの複合体の負染色による電子顕微鏡像の画像

図3 Homer単独、Shank単独およびHomerとShankの複合体の負染色による電子顕微鏡像

HomerとShankの複合体では、HomerとShankが網目構造をとっていることが分かる。

Top