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2009年11月27日

独立行政法人 理化学研究所

世界初・タンパク質の微小結晶を照らす夢の光が誕生

-タンパク質結晶構造解析専用ビームラインで世界初の1マイクロメートルのビームを実現-

ポイント

  • これまで解析できなかった10マイクロサイズの結晶構造の解析が可能に
  • 生命現象や疾病にかかわる重要なタンパク質の構造解析に貢献
  • 2010年度から、1マイクロメートル集光ビームのユーザ利用を目指す

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、大型放射光施設SPring-8※1で、タンパク質結晶構造解析専用ビームラインとして世界最高精度である1マイクロメートルという超高輝度マイクロビームの形成に世界で初めて成功しました。理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)基盤研究部 山本雅貴部長らが行った研究成果です。

これまで、X線を利用したタンパク質結晶構造解析※2では、結晶のサイズが20~30マイクロメートルあることが必要でした。しかし、生命現象や疾病、障害にかかわる重要なタンパク質の中には、10マイクロメートル以下の微小結晶しか得られないため解析することが難しいものが多く、X線を利用した結晶構造解析を進めることが困難でした。

今回の研究では、SPring-8のターゲットタンパクビームラインBL32XUにおいて、ハイブリッドアンジュレータが作る高輝度放射光と超高精度分光器、EEM (Elastic Emission Machining)加工※3によるX線ミラーを組み合わせて、結晶構造解析を行うのに必要十分な輝度を持った超高輝度1マイクロメートルの微小ビームを作り出すことに成功しました。

今後、この1マイクロメートルビームのユーザ利用に向けて、ビーム制御技術や、ビームを微小結晶に照射・測定するためのデータ収集装置の設置調整を進め、2010年度より世界初の1マイクロメートル集光ビームを利用したタンパク質微小結晶構造解析ビームラインとしてユーザ利用を開始します。これにより、高難度タンパク質の結晶構造解析が大きく進展することが期待できます。

本成果は、文部科学省委託研究事業ターゲットタンパク研究プログラム※4「高難度タンパク質をターゲットとした放射光X線結晶構造解析技術の開発(超高輝度マイクロビームライン(SPring-8ビームライン)の開発)」により実施されたものです。

背景

ライフサイエンス研究は、生命現象の複雑かつ精緻なメカニズムを解明する基礎科学として重要であるとともに、医療の飛躍的な発展、食料・環境問題の解決につながるなど、生活の向上および経済の発展に大きく寄与するものとして期待されています。その中でも、生物機能の直接の担い手であるタンパク質の立体構造と機能を解明する構造生物学は、ライフサイエンス全体の基盤として重要な役割を果たします。

タンパク質の立体構造決定の中心的な手法は、X線結晶構造解析法です。この方法では、タンパク質を規則正しく配置した状態(結晶)にする必要がありますが、その複雑な構造ゆえに結晶化そのものが難しく、また、構造を精緻に決定するための十分な大きさの結晶を得ることが困難です。小さな結晶から精密な構造情報を得るために、放射光の明るいX線が使われてきましたが、現在の技術水準では最も明るい第三世代放射光施設SPring-8の高輝度アンジュレータビームラインでさえ、構造解析可能な結晶サイズは20~30マイクロメートル角が限界で、10マイクロメートル角以下の微小結晶の構造解析が進んでいない状況にあります。膜タンパク質やタンパク質複合体などの生命現象の理解に重要なものの多くが、この高難度タンパク質であることから、これらタンパク質の解析手法の開発が待ち望まれていました。

研究成果

研究グループは、大型放射光施設SPring-8のシンクロトロン放射光X線(ターゲットタンパクビームライン(BL32XU))において、SPring-8で開発した高輝度放射光を発生させるハイブリッドアンジュレータと、超高精度分光器、大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授らが開発したEEM(Elastic Emission Machining)加工による超平坦X線ミラー製作技術を組み合わせて、結晶構造解析に必要十分な輝度を持った1マイクロメートルという微小ビームを作り出すことに世界で初めて成功しました。

本研究では、ビームの集光のサイズ縮小比を大きくするため、K-Bミラーから試料までの距離を実験装置が収まる最小距離とした設計を採用しました(図3)。設計に基づく試算では、1マイクロメートル角のビームがビーム強度6.0×1010光子/秒で得られる予定でしたが、実測したビーム形状は半値幅1マイクロメートル角以下、ビーム強度は5.7×1010光子/秒と、ほぼ設計どおりにビームラインの開発が達成できていることを示しています(図5)

この成果は、世界の放射光施設におけるタンパク質結晶構造解析専用ビームラインの中で最も空間分解能が高く、光子密度が高いビームラインが完成したことを意味しています。BL32XUでは、現在、国内で最も光子密度の高いSPring-8の標準的なアンジュレータビームラインの光子密度の約10倍の強さのX線をターゲットタンパクビームライン(BL32XU)で用いることが可能になります。

これにより、10マイクロメートルサイズの微小結晶からの構造解析が可能になりました。さらに、これまでサイズは確保できていても結晶の質が悪いために解析できなかった結晶についても、状態の良い部分に選択的にビームを当てることで解析が可能になります。

今後の期待

今後、このターゲットタンパクビームライン(BL32XU)で実現した1マイクロメートル集光ビームは、ユーザ利用に向けて、ビーム位置と強度の安定性の制御技術やマイクロビームを微小結晶に照射・測定するためのデータ収集装置の設置調整を進め、2010年度より世界初の1マイクロメートル集光ビームを利用したタンパク質微小結晶構造解析ビームラインとしてユーザ利用を開始します。これにより、現在の技術レベルでは構造解析できない高難度ターゲットタンパク質の微小結晶からの構造決定を大きく進展させることになります。

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 基盤研究部
部長 山本 雅貴(やまもと まさき)
Tel: 0791-58-2839 / Fax: 0791-58-2834

お問い合わせ先

播磨研究所 研究推進部 企画課
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.大型放射光施設SPring-8、シンクロトロン放射光
    SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理研の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。シンクロトロン放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
  • 2.タンパク質結晶構造解析
    遺伝子からの最終生成物であり生体機能を実現するタンパク質を結晶にして、X線の回折現象を利用して、その原子レベルでの3次元立体構造を決定する実験手法。現在は放射光施設の高輝度X線利用が一般的。
  • 3.EEM (Elastic Emission Machining)加工
    微粒子表面と加工物表面間の化学反応を用いた超精密加工法。加工物表面に対して、機械的な負荷なく加工を行うことができる。加工物表面に対して化学反応性を持った微粒子の利用と、その微粒子の精密な供給によって、原子レベルの精度を持った平坦表面の作製が可能になる。
  • 4.ターゲットタンパク研究プログラム
    現在の技術水準では構造解明がきわめて難しいタンパク質のうち、学術研究や産業振興に重要なものをターゲットに選定し、高難度タンパク質の構造・機能解析のための技術開発を行いつつ、ターゲットタンパク質の構造と機能の解明をめざす文部科学省プロジェクト。「技術開発研究」では、タンパク質試料をつくる「生産」、立体構造を明らかにする「解析」、および機能を操る「制御」の技術開発を、また、「ターゲットタンパク研究」では、基本的な生命現象の解明、医学・薬学等への貢献、および食品・環境などの産業応用に向けてターゲットとなるタンパク質群の構造・機能解析を、1つのプロジェクトとして進めている。
理研ターゲットタンパクビームライン(BL32XU)が目標とする解析ターゲットの図

図1 理研ターゲットタンパクビームライン(BL32XU)が目標とする解析ターゲット

理研ターゲットタンパクビームライン(BL32XU)全体構成の図

図2 理研ターゲットタンパクビームライン(BL32XU)全体構成

ビームラインは上流から高輝度放射光を発生させるハイブリッドアンジュレータ⇒放射光の熱負荷を軽減するフロントエンド(アンジュレータとフロントエンドは図に含まれていない)⇒白色X線を単色化する高精度二結晶分光器⇒仮想光源点であるTCスリット⇒ビームを集光するK-Bミラーシステム⇒試料位置、と配置されている。各装置間は真空パイプでつながっていて放射光の通り道となっている。

1マイクロメートル集光を実現する集光光学系の構成

図3 1マイクロメートル集光を実現する集光光学系の構成

挿入光源(ID)から出た放射光はフロントエンド(FE)部で0.3mm角、さらに輸送チャンネル部(TC)スリット部で45マイクロメートル(水平方向)×20マイクロメートル(垂直方向)に切り出され、試料位置直前の縦・横集光ミラー(K-Bミラー)により1マイクロメートル角のビームに集光される。より大きなビームをより小さなビームに集光するためにはTC slit~K-Bミラーの距離を長く、K-Bミラーから試料位置までの距離を短く取ることが重要であり、そのため本ビームラインでは挿入光源(ID)からの全長が約85mとSPring-8標準ビームラインよりも長いことが特徴。

1マイクロメートル集光を実現する超平坦ミラー本体(左)およびミラー調整機構(右)の図

図4 1マイクロメートル集光を実現する超平坦ミラー本体(左)およびミラー調整機構(右)

水平方向および垂直方向の集光ビーム形状の図

図5 水平方向および垂直方向の集光ビーム形状

波長1ÅのX線をK-Bミラーにより試料位置に集光後、集光点へ金ワイヤを0.2マイクロメートルステップで挿入し、ビームの形状を測定した(ワイヤスキャン法)。その結果、水平・垂直方向のビーム形状は半値幅でそれぞれ0.69マイクロメートル、0.78マイクロメートル、ビーム強度は5.7×1010光子/秒.であった。

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