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2009年12月1日

独立行政法人 理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター

アリの巣状に分岐した液晶構造を発見

-三次元的な電荷輸送経路を持つ液晶性有機半導体の新しいモチーフに-

ポイント

  • 室温でディスク状分子からなる双連続キュービック相を発見
  • トリフェニレン誘導体の液晶が、三次元的につながる電荷輸送経路を形成
  • サブミリ秒と、従来より2桁も長い光キャリア寿命を実現

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と財団法人高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長、以下JASRI)は、室温で三次元的な電荷輸送経路を持つ液晶※1性有機半導体の開発に成功しました。

ディスク状の芳香族分子(ディスク状分子※2)からなる液晶性有機半導体は、有機エレクトロニクス※3の構成要素として注目されています。通常ディスク状分子は、積層して一次元カラムを形成するため、カラムに沿った方向に大きな電導性を示します。これに対して、もし、このディスク状分子が形成するカラムを三次元的なネットワークとして集積化することができると、あらゆる方向に高い電荷輸送特性を持つ液晶性有機半導体を実現できる可能性があります。

今回、独立行政法人科学技術振興機構(北澤宏一理事長、以下JST)ERATO-SORST「分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用」(総括責任者:相田卓三東京大学教授)の研究グループは、理研の高田昌樹主任研究員を中心とする研究チームと共同で、大型放射光施設SPring-8※4放射光X線※4を用い、イオン部位を有するトリフェニレン※5誘導体の液晶状態における集積構造を詳細に分析しました。その結果、この分子が広い温度範囲で双連続キュービック相※6を形成していることを明らかにしました。この液晶は、三次元的なアリの巣状に発達したトリフェニレンのカラムからできており、類似の分子からなる一次元カラムナー相※7に匹敵する大きな電導性を示すことを見いだしました。これらの成果は、三次元に発達した電荷輸送経路を有する双連続キュービック相の液晶の存在を初めて明らかにしたものであり、液晶性有機半導体の新しいモチーフを提供するものと考えられます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』(12月16日号)に表紙絵とともに掲載されるに先立ち、オンライン版(8月10日付け:日本時間8月10日)に掲載されました。

背景

ディスク状の芳香族分子からなる液晶性有機半導体は、有機エレクトロニクスの構成要素として注目されています。一般にディスク状分子は、積層して一次元カラムを形成(カラムナー相)し、これがさらに二次元的に集積して液晶相を発現します。電気は一次元カラムを通じて流れるため、カラムナー相の液晶(Colh図1左)は一次元カラムに沿った方向だけに大きな電導性を示します。このような、ディスク状の分子が同じ方向に積み重なり、全体として柱状構造を持つ液晶をディスコティック液晶といいます。これまで「電荷輸送経路を持つディスコティック液晶といえばカラムナー相」というのが常識でした。しかし、ディスク状分子が形成するカラムを三次元的に集積化できれば、あらゆる方向に高い電荷輸送経路をもつ液晶性有機半導体を実現できる可能性があります。

研究成果

今回、JSTの研究グループは、理研の高田構造科学研究室らのチームと協力し、大型放射光施設SPring-8の放射光X線(粉末回折ビームラインBL02B2、理研物質科学ビームラインBL44B2)を用い、イミダゾリウムイオン※8を側鎖末端に有するトリフェニレン誘導体(110図2)の液晶状態の挙動を詳細に検討しました。その結果、トリフェニレン誘導体110は、室温にて、14本のピークを含む明確な回折パターンを示しました(図3)。この回折ピークを詳細に解析した結果、この液晶相はIa 3d型の双連続キュービック相(Cubbi相、図1右)に帰属することが明らかになりました。

さらに、トリフェニレン誘導体1n~3n(図2)の液晶の挙動についても放射光X線回折法を用いて検討しました。その結果、トリフェニレン誘導体分子のアルキル側鎖が長くなるほど(n =10→12→14)、Cubbi相を発現する温度範囲が拡大していることが分かりました。その中でも114は、カラムナー相(Colh相)をまったく発現せず、室温以下から200°C以上の高温までCubbi相を安定にとるという特筆すべき結果を示しました(図4)。このように広い温度範囲でCubbi相を発現する例は、ディスコティック液晶ではもちろん、棒状液晶においても報告されていません。一方、トリフェニレン誘導体の構成要素の1つである対イオンに着目すると、小さい陰イオンを用いたときほどCubbi相の形成が有利になっています。以上の観測結果から、対イオンのサイズとアルキル側鎖長とのバランスがCubbi相の発現に重要な因子であると結論づけられます。

これまで、ディスク状分子からなるCubbi相はほとんど例が無く、その電気的特性は未知です。今回、室温でCubbi相を形成するトリフェニレン誘導体110の電気伝導度を測定したところ、Colh相を形成する類似物質に勝るとも劣らない値であることを見いだしました。しかも、イミダゾリウム塩を有する誘導体の光キャリア寿命※9(0.64ミリ秒)は、単純なアルキル基を側鎖とするトリフェニレン(0.004ミリ秒)に比べて2桁以上も長いことが明らかになりました。

今後の期待

今回の観察結果から、三次元の電荷輸送経路を持つCubbi相が、新しい液晶性有機半導体のモチーフになることが実証できました。また、物質科学の観点からも、「なぜこのような構造の分子がCubbi相を形成するのか?」という興味深い問題を提起しており、今後の研究の発展が必要となります。

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 高田構造科学研究室
主任研究員 高田 昌樹(たかた まさき)
Tel: 0791-58-2942 / Fax: 0791-58-2717

お問い合わせ先

播磨研究所 研究推進部 企画課
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻
教授 相田 卓三(あいだ たくぞう)
Tel: 03-5841-7251 / Fax: 03-5841-7310

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.液晶
    流動性はあるが、分子の配向がそろった相。結晶と液体の両方の性質を示す中間相。
  • 2.ディスク状分子
    円盤状の構造をした分子。
  • 3.有機エレクトロニクス
    有機、高分子系材料を用い、軽量かつ柔軟な電子部品の開発を目指したエレクトロニクスの研究分野。有機電界発光素子、有機太陽電池、有機トランジスタなどが代表的。
  • 4.大型放射光施設SPring-8、放射光X線
    SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理研の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光X線とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
  • 5.トリフェニレン
    ベンゼン環4つが三角状に縮環してできた円盤状多環芳香族炭化水素の1種(図2参照)。
  • 6.双連続キュービック相
    連続した2つの層が三次元的に絡み合い形成する立方相。通常の液晶とは違い、光学的に等方的であり複屈折を示さない。
  • 7.カラムナー相
    柱状相。分子が一次元的に配列して柱を形成し、これが二次元的に配列して形成する相。六方、矩形、正方、斜方などがある。
  • 8.イミダゾリウムイオン
    含窒素複素芳香環の1種であるイミダゾール環からなる陽イオン。この陽イオンと対になる陰イオンを適切に選択することで、イオン液体として知られる室温溶融塩が得られる。
  • 9.光キャリア寿命
    光が半導体に照射されると、その光のエネルギーによって、物質内に電荷輸送の担い手となる電子や正孔(キャリア)が生成する。このキャリアの持続時間を光キャリア寿命という。
カラムナー相(左)および双連続キュービック相(右)の模式図の画像

図1 カラムナー相(左)および双連続キュービック相(右)の模式図

ピンクがディスク状分子からなるカラムを、青が側鎖と対イオンからなる層を示す。

トリフェニレン誘導体1-3の分子構造の図

図2 トリフェニレン誘導体1-3の分子構造

トリフェニレン(ピンクの部分)、イミダゾリウムイオン(青の部分)、アルキル側鎖(炭化水素鎖:黒字の部分)、対イオン(BF4, PF6, (CF3SO2)2N)から構成される。

トリフェニレン誘導体110の室温におけるX線回折パターンのグラフ図

図3 トリフェニレン誘導体110の室温におけるX線回折パターン

横軸は、X線をトリフェニレン誘導体に照射した際の回折角度を示している。回折した角度と強度によって、誘導体の相の様子が分かる。

トリフェニレン誘導体1-3の相挙動の図

図4 トリフェニレン誘導体1-3の相挙動

温度によって相は変化するが、双連続キュービック相が発現しているときには三次元的な電荷輸送パスを持つことになる。トリフェニレン誘導体114が最も安定して双連続キュービック相をとる。

Journal of the American Chemical Societyの表紙の図

図5 Journal of the American Chemical Societyの表紙

"Posted with permission from J. Am. Chem. Soc.. Copyright 2009 American Chemical Society"

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