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2010年5月12日

独立行政法人 理化学研究所

川崎病の発症に遺伝子「CASP3」がかかわることを発見

CASP3遺伝子のSNPは日本人、白人に共通して川崎病の罹患のしやすさに強く関連-

ポイント

  • CASP3遺伝子のSNPで川崎病の発症リスクが約1.4倍に
  • 発見したSNPはCASP3遺伝子のエクソン1の5´側非翻訳領域に存在
  • SNPは転写因子NFATの結合を阻害し、CASP3遺伝子の発現量が低下する

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、CASP3(カスパーゼ3)遺伝子の一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)が川崎病に強く関連することを発見しました。理研ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)循環器疾患研究チームの田中敏博チームリーダー、尾内善広上級研究員を中心とする多施設共同研究※1による成果です。

川崎病は、1才前後の乳幼児を中心に好発する原因不明の発熱性疾患で、1967年に日本赤十字社医療センター小児科医の川崎富作博士(現 日本川崎病研究センター理事長)によって初めて報告されました。自然の経過で治癒しますが、心臓の冠動脈瘤(りゅう)※2などの合併症が生じることがあり、先進国における小児の後天性心疾患の最大の原因でもあります。

川崎病は東アジア人に多いことや、家族内での発症が多いことなどから、その原因に遺伝的要因が関与していると考えられています。研究グループは、川崎病を発症しやすい体質に関連する遺伝子を探す研究を続け、2007年にはITPKC遺伝子を同定しました。

今回の研究では、川崎病との連鎖の傾向を示す領域のうち、4番染色体上の遺伝子に着目して解析しました。その結果、CASP3遺伝子のSNPが川崎病発症に関与していることを新たに発見し、このSNPを持つと、川崎病を発症するリスクが約1.4倍に高まることが分かりました。また、このSNPによる川崎病の罹患(りかん)のしやすさは、日本人と白人の両方で強く関連を示すことを明らかにしました。さらに、このSNPによりCASP3遺伝子のエンハンサー領域※3に対する転写因子NFATの結合が阻害され、CASP3遺伝子の発現量が低下することも突き止めました。

今後、CASP3遺伝子や転写因子NFATと川崎病の病態との関係を調べていくことにより、川崎病の謎の解明や、治療法の開発が進むことが期待されます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Human Molecular Genetics』に近く掲載されます。

背景

川崎病は、①5日以上続く発熱、②両側眼球結膜の充血、③口唇紅潮、咽頭粘膜の発赤、④不定型発疹、⑤四肢末端の変化、⑥頚部リンパ節腫脹を主要症状とする疾患で、1才前後を中心に、4才以下の乳幼児が主に罹患します。血液検査では、好中球の増加や炎症を示す血中タンパク質のCRP※4の高値、赤沈(赤血球沈降速度)※5の亢進など強い炎症反応が見られ、これらの症状や検査データは、体内で起きている過剰な免疫応答の結果であると考えられています。過去に全国規模の大流行が起こったことなどから、川崎病にはある種の感染症が関連していると考えられていますが、いまだ原因となる菌やウイルスを特定するには至っていません。

川崎病は、無治療で経過すると、20~25%の患者に心臓の冠動脈瘤を代表とする合併症が生じます。治療には、ガンマグロブリン大量静注療法(IVIG)※6が導入され、この合併症の発生率が5%以下に抑えられるようになりました。しかし現在でも、川崎病は、先進国における小児の後天性心疾患の原因としてトップに位置しています。特に日本人に多く、発症患者数は年間約10,000人にも達しています(出典:第20回川崎病全国調査成績)。台湾、韓国でも、日本に次いで罹患率が高いことや、海外に移り住んだ日系人の罹患率が現地の人々に比べて高いこと、さらに、同胞発症や親子発症が多いことから、その背景に遺伝的要素が関係すると考えられています。

研究グループは、これまでに連鎖解析※7による全ゲノムスキャン※8を行い、川崎病と連鎖の傾向を示す、すなわち川崎病の感受性遺伝子が存在する可能性のある領域を合計10カ所見つけています。そのうちの1つ、19番染色体の候補領域からは、ケース・コントロール相関解析※9により、川崎病の罹患のしやすさと重症化に関連するITPKC遺伝子のSNPが見つかっています(2007年12月17日プレスリリース)。

研究成果と手法

連鎖の傾向を示した10ヵ所の領域のうち、4番染色体上の領域にあるCASP3遺伝子上のSNPについて、日本人の川崎病患者約900人と川崎病に罹患したことのない約1,400人との間で、ケース・コントロール相関解析を行いました。その結果、川崎病発症のリスク(オッズ比)が1.4倍という強い関連を示すSNPを見つけました(表1)。このSNPについて、米国白人の川崎病患者約250人とその両親との間で伝達不平衡試験※10を行ったところ、川崎病に関連する型(A型:アデニン型)は、約1.5倍高い確率で親から患者へと伝わっていました(表2)。このことは、このSNPが、異なる人種間で共通した川崎病のリスクファクターであることを意味します。

発見したSNPは、CASP3遺伝子のエクソン※111の5´側非翻訳領域の中にあります。このSNPがA型の場合、CASP3遺伝子の発現量は、川崎病に関連しない型(G型:グアニン型)の場合よりも低下しますが、その原因はA型のDNAに転写因子NFATが結合しにくくなり、CASP3遺伝子のRNAへの転写量が減少するためであると分かりました(図1)

CASP3遺伝子は、細胞がアポトーシス※12を起こす際に重要な役割を担っていることが知られています。今回、CASP3遺伝子A型では、免疫応答に関与する末梢血単核球において、G型よりも発現量が30%減少することが分かりました(図2)。川崎病の急性期には、好中球やリンパ球などのアポトーシスが遅延するという報告があります。CASP3遺伝子の発現が減少することが、免疫担当細胞のアポトーシスの遅延を引き起こし、川崎病の発症に関与している可能性が示されました。

今後の期待

今回の発見により、免疫担当細胞における転写因子NFATを介したCASP3遺伝子の発現誘導が、川崎病の病態に非常に重要であることが分かりました。今後、CASP3遺伝子や転写因子NFATと、川崎病の病態との関係をより詳細に調べることにより、さらなる川崎病の感受性遺伝子の発見や、新しい川崎病の治療法の開発が加速することが期待されます。

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター循環器疾患研究チーム
チームリーダー 田中 敏博(たなか としひろ)
上級研究員 尾内 善広(おのうち よしひろ)
Tel: 045-503-9347 / Fax: 045-503-9289

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.多施設共同研究
    今回の研究は、東京大学、千葉大学、東京女子医科大学、和歌山県立医科大学、国保旭中央病院、東邦大学、藤田保健衛生大学、獨協医科大学、国際医療福祉大学、川崎医科大学、総合太田病院、自治医科大学、信州大学、成育医療センター、日本川崎病研究センター、カリフォルニア大学、ボストン小児病院、ノースウェスタン大学らと共同で実施。
  • 2.冠動脈瘤(りゅう)
    心筋に酸素や栄養を供給する冠(状)動脈に生じた動脈瘤。
  • 3.エンハンサー領域
    遺伝子の発現を調節するようなDNA領域。この領域に転写因子などのタンパク質が結合することで、遺伝子の発現が調節される。遺伝子の転写開始点から近い転写調節DNA領域がプロモーター領域で、転写開始点からは隔たっている転写調節DNA領域がエンハンサー領域。
  • 4.CRP
    体内で炎症や組織破壊が起きた際に、血液中に増えるタンパク質。血液検査で血液中の濃度を測定し、炎症の強さを判断するのに用いられる。
  • 5.赤沈(赤血球沈降速度)
    試験管内で赤血球が重みにより沈んでいく速度。貧血、感染症、膠原病、悪性腫瘍そのほかの疾患で亢進する。
  • 6.ガンマグロブリンの大量静注療法(IVIG)
    血漿(しょう)由来の完全分子型ガンマグロブリン製剤を、大量に静脈内に点滴投与する治療法。2g/kg/日を単回で、もしくは1g/kg/日を単回あるいは2日間で2回投与する方法が、高い効果を得られるとされている。
  • 7.連鎖解析
    疾患の原因遺伝子が存在する染色体上の位置を、マーカー対立遺伝子が家系内で伝達する際の組み換えの情報を基に絞り込む手法。患者が同じマーカー対立遺伝子を高い確率で持っていると、そのマーカーの近傍に疾患原因遺伝子の位置が存在することになる。遺伝子マーカーに近いほど組み換えの確率は低く、遠いほど組み換えの確率は高い。マーカーとの距離を求めることで、疾患原因遺伝子の位置が推定できる。
  • 8.全ゲノムスキャン
    染色体全域にわたって、疾患との連鎖や相関の有無を調べる方法。
  • 9.ケース・コントロール相関解析
    遺伝子多型と疾患感受性の関連を見いだす研究手法。ある疾患の患者群(ケース)と非患者群(コントロール)の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。検定の結果得られた P値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。
  • 10.伝達不平衡試験
    遺伝子多型と疾患感受性の関連を見いだす研究手法。ある遺伝子多型の対立遺伝子が患者である子に対し、その両親から「伝わった」か「伝わらなかった」かの比の偏りを統計的に検定して調べる。
  • 11.エクソン
    遺伝子は、複数のエクソンとその間に挟まれるイントロンとからなる。遺伝子はDNAからRNAに転写されるが、エクソン部分にのみタンパク質をコードする情報が含まれ、イントロンの部分がスプライシング反応で除去されたのち翻訳され、タンパク質がつくられる。エクソン1とは、先頭のエクソンを指す。
  • 12.アポトーシス
    自らががん化して排除される必要が生じた場合や、組織の中で役目を終え不要になった場合などに作動する細胞内の細胞死プログラム。この細胞が自殺する機構をアポトーシスという。
日本人集団における川崎病とCASP3遺伝子のSNP(rs72689236)との相関の表画像

表1 日本人集団における川崎病とCASP3遺伝子のSNP(rs72689236)との相関

米国白人集団における川崎病とCASP3遺伝子のSNP(rs72689236)との相関の表画像

表2 米国白人集団における川崎病とCASP3遺伝子のSNP(rs72689236)との相関

CASP3遺伝子のSNP(rs72689236)と遺伝子の発現との関係の図

図1 CASP3遺伝子のSNP(rs72689236)と遺伝子の発現との関係

川崎病に罹患しやすいタイプのA型では、転写因子NFATとDNAの結合が弱くなるためCASP3遺伝子のRNAへの転写量が低下する。

CASP3遺伝子のSNP(rs72689236)と転写量との関係の図

図2 CASP3遺伝子のSNP(rs72689236)と転写量との関係

rs72689236の遺伝子型がヘテロ(G/A)である被験者について、抹消血単核球中に発現したG型とA型のCASP3遺伝子の量(cDNA)を比較すると、A型がG型よりも約30%少ない。

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