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2011年2月17日

独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 筑波大学

メタボロミクスで遺伝子組換え作物を客観的に評価

-高性能質量分析装置と新規統計解析からなる評価法を確立-

ポイント

  • 3種類の高性能質量分析装置の組み合わせで、測定代謝物群の網羅性を向上
  • 遺伝子組換えトマトは92%の代謝物で類似、アミノ酸など一部で微小相違
  • あらゆる遺伝子組換え作物のメタボローム評価にも、直ちに応用可能

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人筑波大学(山田信博学長)は、メタボローム解析技術と新たに開発した統計解析手法を組み合わせて、遺伝子組換え作物の代謝の変化などを正確に知ることができる総成分評価法を確立することに成功しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)メタボローム研究推進部門(斉藤和季部門長)の草野都研究員、ヘニング・レデスティグ(Henning Redestig)特別研究員らと筑波大学遺伝子実験センター(鎌田博センター長)形質転換植物デザイン研究拠点の江面浩教授(生命環境科学研究科)、平井正良研究員らによる共同研究の成果です。

遺伝子組換え作物は、食用に用いられている作物に有用遺伝子を導入して、目的とする特定の機能を付加した作物です。有用遺伝子導入の結果、組換えた成分以外の成分変化が、従来の育種で作られた品種と比べてどの程度異なるのかを評価するためには、(1)測定可能な代謝物の網羅性の向上(2)取得したメタボローム(代謝物の総体)データを基にした適切な統計法の確立が必要です。メタボロームは遺伝子発現の最終生産物であるだけでなく、その生物の表現型変化を良く反映していることが知られています。このため、研究グループはメタボロームの変化に着目し、遺伝子組換え作物の成分比較に関する評価法の開発に取り組みました。具体的には、酸味を甘みに変える作用を持つ糖タンパク質「ミラクリン※1」を作る遺伝子を導入した遺伝子組換えトマト(ミラクリントマト)について検討しました。

研究グループは、「ガスクロマトグラフ-飛行時間型」、「超高速液体クロマトグラフ-四重極-飛行時間型」及び「キャピラリー電気泳動-飛行時間型」という3種類の高性能質量分析装置を用いて、代謝物群の測定を行いました。これらを組み合わせることで、トマトで検出可能な代謝物ピークの種類と数を格段に向上させ、トマトメタボロームの網羅性が86%に達していることを見いだしました。メタボローム変化を客観的に評価するためには、ミラクリントマトが同じ遺伝型背景の非組換え体栽培品種(マネーメーカー)とどの程度似ているのか(類似性)、検出した違いがどの程度か(相違性)について調べることが重要です。ミラクリントマト及び5種類のトマト品種とマネーメーカーとの類似性を、今回新たに開発した統計的手法を用いて解析した結果、ミラクリントマトとマネーメーカーでは92%以上の類似性を示すことが分かりました。さらに、両品種間にある非常に小さな差に着目して相違性を評価すると、栽培条件によらずミラクリントマトで変化する代謝物群(一部のアミノ酸など)を特定することに成功しました。この科学的、客観的な手法は他の遺伝子組換え作物の評価に直ちに応用でき、将来的に遺伝子組換え作物の安全性評価への活用が期待できます。

本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』(2月16日付け:日本時間2月17日)に掲載されます。

背景

遺伝子組換え作物は、食用に用いられている作物に有用な遺伝子を導入し、目的とする特定の機能を付加した作物です。現在、植物がこれまでに獲得してきた能力をさらに向上させた遺伝子組換え作物(例.乾燥ストレスに強いイネ)、植物がこれまで持っていなかった遺伝子を導入し、新たな物質生産能力を持つ遺伝子組換え作物(例.BTトウモロコシ※2)が作られています。従来の育種法は、非常に長い年月をかけて目的とする機能を持った新品種を開発するのに対し、遺伝子導入による作物の機能改変は短期間で行うことができます。その反面、遺伝子組換え作物の安全性評価法は、世界各国の政府がガイドラインを発表するなど、多くの議論がされてきました。遺伝子組換え作物の安全性評価のためには、実質的同等性※3を考慮したプロセスによって比較対象物を決定後、「組換え体」と「比較対象物」の多様な成分等の質的・量的な比較を行い、比較対象物と同じ程度に食品としての安全性が確保されているかどうかを判断する必要があります。適切な判断のためには、(1)測定可能な転写物や代謝物の対象成分の網羅性の向上(2)遺伝子組換え作物の安全性評価の入り口となる適切な統計法の確立が求められていました。

研究手法と成果

代謝物は、遺伝子発現の最終生産物であるだけでなく、これらの量的変化が見た目の表現型変化に非常に近いことが知られています。このため研究グループは、メタボローム(代謝物の総体)の変化に着目し、遺伝子組換え作物の実質的同等性を評価する手法の開発に取り組みました(図1)。評価する遺伝子組換え作物として、酸味を甘みに変える作用を持つ糖タンパク質ミラクリンを作る遺伝子を導入したトマト(ミラクリントマト)の実を使用しました。ミラクリントマトの実は、緑色、赤色の時期があり、いずれの時期も遺伝型背景であるマネーメーカーと比較して見た目の表現型に差がないが(図3A)、実の中ではミラクリンタンパク質を生産しています。

研究グループは、「ガスクロマトグラフ-飛行時間型質量分析計(GC-TOF-MS)」、「超高速液体クロマトグラフ(UPLC)-四重極(q)-TOF-MS」及び「キャピラリー電気泳動(CE)-TOF-MS」という3種類の高性能質量分析装置を用いて、代謝物群の測定を行いました。GC-TOF-MSはアミノ酸や糖類、脂肪酸といった一次代謝物群を、UPLC-q-TOF-MSはフラボノイド類などの極性二次代謝物群を検出することができ、CE-TOF-MSは化合物の持つイオン半径と電荷の大きさを利用してイオン性物質※4の分離を行うことができます。これら3種類の質量分析装置から得たデータ行列を、独自に開発したデータ統合手法MetMask(Redestigら、BMC Bioinformatics, 2010)で、自動的に統合しました(図1A)

このうち、同定した代謝物は、それぞれの代謝物が持つ物理化学的性質を利用することで、代謝物ピークの網羅性がどの程度なのかを評価できます。 化合物データベースChemSpider(英語)から得た18種類の物理化学的性質(図2A)について、今回同定した代謝物群とトマトの代謝物データベースLycoCyc(英語)に登録されている代謝物群を主成分分析法※5により比較したところ、その網羅性が86%に達していることを明らかにすることができました(図1B、図2B棒グラフ)。また、統合データを用いた場合、従来の単一分離技術を用いた場合と比較して、トマトで同定可能な代謝物ピークの種類と数が10~20%向上しました(図2B棒グラフ)

遺伝子組換え作物を客観的に評価するためには、ミラクリントマトが同一の遺伝型背景であるマネーメーカーとどの程度似ているのか(類似性)、検出した違いがどの程度か(相違性)、という2点について調べることが重要です(図1C)。このミラクリントマトとマネーメーカーの類似性を調べるため、マネーメーカーとミラクリントマト及び5種類のトマト品種の代謝プロファイルを、新たに開発した統計的手法「類似性探索法」を用いて解析・比較しました。その結果、ミラクリントマトの代謝プロファイルが、マネーメーカーのそれらと92%以上の類似性を示している一方で、マネーメーカーと5種類のトマト品種間における類似度はより低いことが分かりました(図3B)。次に、ミラクリントマトとマネーメーカーの間にある非常に小さな差に着目しました。多変量解析※6で相違性を評価すると、水耕栽培・土壌栽培条件の両方に共通して、ミラクリントマトではアミノ酸の一種であるプロリン(Pro)などの代謝物群が増加する一方、イノシトール1リン酸※7(MI-P)や窒素輸送アミノ酸類※8(アスパラギン酸:Asp、アルギニン:Arg)が減少していることが判明しました(図3C)

今後の期待

今回研究グループが開発した評価法は、高度なメタボローム解析技術によって代謝物網羅性を格段に向上させ、比較対象物として既存の栽培品種を測定対象に加えることで、遺伝子組換え作物を客観的に評価することができます。また、遺伝子発現の最終生産物である代謝物の変化に着目しているため、遺伝子組換え生物種固有の遺伝情報は不要であり、直ちに他の生物種の遺伝子組換え作物にも適用できます。作物の安全性評価は時間も費用もかかります。本手法は、遺伝子組換え生物の安全性評価の入り口として、汎用性が高い客観的な手法であるといえます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター メタボローム研究推進部門
部門長 斉藤 和季(さいとう かずき)
Tel: 045-503-9488 / Fax: 045-503-9489
植物科学研究センター メタボローム機能研究グループ
研究員 草野 都(くさの みやこ)
Tel: 045-503-9442 / Fax: 045-503-9489

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

国立大学法人筑波大学
遺伝子実験センター 形質転換植物デザイン研究拠点
教授 江面 浩(えづら ひろし)
Tel: 029-853-7263 / Fax: 029-853-7723

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ミラクリン
    西アフリカ原産のアカテツ科の植物「ミラクルフルーツ」が作る糖タンパク質の一種。ミラクリンが舌の味蕾に結合することで、酸味を甘味に変える作用を持つ。
  • 2.BTトウモロコシ
    昆虫病原菌の一種Bacillus thuringiensis(BT)が作るタンパク質の1つであるBTタンパク質(δ-エンドトキシン)は、特定の昆虫にだけ殺虫性を示す。遺伝子組換え技術によりBTタンパク質を作る遺伝子を導入し、害虫抵抗性を持たせた遺伝子組換えトウモロコシをBTトウモロコシと呼ぶ。
  • 3.実質的同等性
    経済協力開発機構(OECD)によって提唱された「これまで食べてきた経験のある現在の作物・食品を基準にして、遺伝子組換え作物の安全性を評価する」という基本概念のこと。現在までの食経験をもとに相対的に遺伝子組換え食品を評価する。
  • 4.イオン性物質
    溶媒中に溶解した際に、陽イオンと陰イオンに電離する物質のこと。電解質と同義。
  • 5.主成分分析法
    多変量情報を要約して、少量の総合特性値でデータを表現する解析法。変数を再編成して新しい総合特性値を作ることで、できるだけ少ない情報の損失で少数個の無相関な合成変数にデータを縮約する。
  • 6.多変量解析
    多次元情報を分類・整理する統計学解析法。互いに関係のある多変量(多種類の特性値)のデータが持つ特徴を要約しながら、目的に応じて総合する。
  • 7.イノシトール1リン酸
    水溶性ビタミンであるビタミンB群の一種イノシトールの構造内の1位に、リン酸基が1つ結合した物質。
  • 8.窒素輸送アミノ酸類
    植物のソース器官からシンク組織へ窒素を輸送する輸送体として使用されるアミノ酸類。グルタミン酸、グルタミン、アスパラギン酸(Asp)、アルギニン(Arg)が挙げられる。
遺伝子組換え作物の評価のためのメタボローム解析技術と統計解析の流れの図

図1 遺伝子組換え作物の評価のためのメタボローム解析技術と統計解析の流れ

  • (A) メタボロームデータ統合プログラムMetMaskを用い、異なる分析技術からのデータを統合する。
  • (B) Aで得たデータ行列(data matrix)のうち、同定した代謝物群の物理化学的性質の情報を使って、既存の代謝データベースに登録されているものと比較し、網羅性を評価する。
  • (C) 類似性を評価するために開発した「類似性探索法」を用いて、遺伝子組換え作物と既存の栽培品種との「類似性」を、「多変量解析」を用いて「相違性」を評価する。
トマトの実で同定した代謝物群の網羅性評価法の図

図2 トマトの実で同定した代謝物群の網羅性評価法

代謝物が持つ物理化学的性質を使って、今回のメタボローム分析で同定した代謝物群とトマト代謝物データベースLycoCycにある代謝物群の分布を主成分分析法により視覚化した。

  • (A) 化合物データベースChemSpiderから得た18種類の物理化学的性質を表す。第1次主成分(PC1)が分子サイズに関連する性質、第2次主成分(PC2)が代謝物の溶けやすさに関連する性質がプロットされている。
    LgPVap:Log変換後の蒸気圧、LgP:オクタノール:水分分配係数、LgD-7:pH7.4の時の水分配係数、BCF-7:pH7.4の時の生物濃縮係数、KOC-7:pH7.4の時の吸収係数、MVol:分子体積、MR:分子屈性度、MW:分子量、Rot:自由回転結合度、Tb:沸点、Tf:引火点、HVap:蒸発エンタルピー、PArea:極性表面積、HDon/HAcc:水素結合受容・供給数、SrfTen:表面張力、D:密度、IoR:屈折率
  • (B) プロットは、同定した代謝物群とデータベースに含まれる代謝物群の分布を表す。3種類の質量分析装置(CE:CE-TOF-MS、GC:GC-TOF-MS、LC:UPLC-TOF-MS)から得たデータを統合して、トマトに含まれるとされる代謝物群の網羅性が86%であることが分かった(棒グラフ)。
遺伝子組換え作物と既存の栽培品種との「類似性」及び「相違性」に基づく評価法

図3 遺伝子組換え作物と既存の栽培品種との「類似性」及び「相違性」に基づく評価法

  • (A) 水耕栽培条件で育てたトマトの実の見た目の表現型。
    左から、ミラクリントマトの遺伝型背景マネーメーカー品種(Moneymaker, MM)、ミラクリントマト(56B及び7C)及び5種類のトマト在来品種。
  • (B) ミラクリントマト及び5種類のトマト在来品種とマネーメーカーとの類似性検索。
    マネーメーカーと比較して、見た目の表現型が異なるMicro-Tom(マイクロトム)は代謝プロファイルから判定しても類似性が67%程度と低い(青で囲った部分)。一方、ミラクリントマトは緑色・赤色トマトの両方で92%以上の類似性を示すことが分かる(オレンジで囲った部分)。
  • (C) 水耕栽培、土壌栽培という異なる2つの栽培条件下で栽培したときのマネーメーカー(MM)とミラクリントマト(7C)株間における代謝物の重複関係を示す散布図。
    水耕栽培で育てた際に同定した代謝物ピークの増減を縦軸に、土壌栽培で育てた場合の増減を横軸にとり、代謝物相関を計算した(相関係数値 |r| ≤1)。

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