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2011年5月6日

独立行政法人 理化学研究所

ミトコンドリアに細胞を形作る「骨格」機能を発見

-細胞内小器官が精子形態の進化を促進する重要な役割-

ポイント

  • ショウジョウバエ精細胞の体外培養とライブイメージングで、精子尾部の伸長を初観察
  • 巨大ミトコンドリアは、微小管の編成を制御し、精子尾部の伸長を促す
  • ミトコンドリアと微小管の相互作用で、精細胞が200倍の長さに伸長

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、精子の形成過程をキイロショウジョウバエの精細胞※1の体外培養法とライブイメージング※2で詳細に検討し、細胞内小器官のミトコンドリアが精子尾部の伸長を促して細胞の形を決定することを発見しました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態形成シグナル研究グループの野口立彦研究員、林 茂生グループディレクターらの成果です。

細胞内小器官の1つであるミトコンドリアは、呼吸によるエネルギー生産を担う細胞の「発電機」として働くことが知られています。研究グループは、キイロショウジョウバエの精細胞を培養して、精子尾部の伸長には精細胞内に存在する巨大ミトコンドリアと微小管※3が必要であることを見いだしました。この巨大ミトコンドリアは、その表面で微小管の成長を促進し、微小管は滑り運動と架橋反応を繰り返しながら、球形の巨大ミトコンドリアを取り囲み、その結果、形態的に安定した巨大ミトコンドリアが細長く伸長して極端に長い精子尾部を形成することが分かりました。すなわち、細胞内小器官のミトコンドリアは、「発電機」としての役割だけでなく、細胞を内部から押し伸ばすことで精子の尾部を伸長させる「骨格」としての役割も担っていました。

ショウジョウバエでは、精子の長さが受精率を高めることが知られており、進化的により長い精子が選択されてきました。従って、ミトコンドリアは細胞を伸長させる新たな役割を獲得することで、進化の競争や種の分化に関わってきたと考えられます。今回の研究では、細胞内小器官のミトコンドリアが細胞の形を決め、子孫繁栄の鍵を握る精子形態の進化を促進する役割を担っていることを初めて実証しました。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Current Biology』(5月24日号)に掲載されます。

背景

雄の孔雀の華麗な装いに見られるように、限られた数の生殖パートナーを競う生殖競争では、極端な形質を選択する例が数多く知られています。ショウジョウバエのある仲間では、雄(体長2mm程度)の精子が、最大6cmにもなる長大な尾部を発達させます。これは、限られた数の卵子に対して、複数の雄由来の精子が受精の機会を競う生殖競争の中で、より長い、受精能の高い精子を雌が選択してきた結果だと考えられています(Miller & Pitnick、Science、2002年)。

キイロショウジョウバエの場合、精子は精細胞の200倍の長さまで伸長します。精子は、球形の精細胞と比べて細胞の体積がほとんど変化しないことから、精子尾部の伸長は精細胞を細長く変形することが原因だと考えられていました。しかし、一般に分化中の生殖細胞はデリケートで、精子の成熟過程を試験管内で再現することは困難だったため、この極端に長い細胞を作り出す仕組みはこれまで不明のままでした。

研究手法と成果

研究グループは、キイロショウジョウバエの小さな精巣を、極細いガラス針の先端で短時間に切開することで、ダメージ少なく精細胞を取り出す手法を考案し、ガラスシャーレで培養することに成功しました。さらに、精細胞を培養しながら尾部の伸長反応をライブイメージングで観察する実験系を確立しました(図1)

この実験系を用い、精子鞭(べん)毛を動かす鞭毛軸糸※4を完全に失った変異体、ミトコンドリアが小型化する変異体、そしてミトコンドリアと微小管をつなぎ止める分子の変異体で、精子尾部の伸長の様子を詳しく解析しました。その結果、鞭毛軸糸を失ったキイロショウジョウバエの変異体では精子尾部は伸長しましたが、ミトコンドリアが小型化する変異体、ミトコンドリアと微小管をつなぎ止める分子の変異体では精子尾部の伸長が途中でストップしました。この結果は、精子尾部の伸長には巨大ミトコンドリア、ミトコンドリアと微小管の相互作用が必須である一方で、精子運動に必須とされる鞭毛軸糸は必ずしも必須でないことを示しています。

また、巨大ミトコンドリアと微小管の相互作用を詳しく調べるために、同じ実験系で、正常なキイロショウジョウバエの精細胞を観察した結果、巨大ミトコンドリアの表面上で微小管が形成し、平行に滑り運動を行いながら架橋していく様子をとらえました。巨大ミトコンドリアは、架橋した微小管に取り囲まれることで形態的に安定し、球形の形から徐々に細長く伸長することが可能になります。これらの結果から、ミトコンドリアが精子尾部の伸長で「骨格」としての役割を果たすと考えられました(図2)

今後の期待

今回、キイロショウジョウバエの精子の形成過程において、ミトコンドリアが精子尾部の伸長に積極的に関わることを明らかにしました。ショウジョウバエでは、精子尾部の長さが受精率を高めることが知られており、進化的に長い精子が選択されてきました。従って、ミトコンドリアは、細胞の形を決める新たな役割を獲得することで、進化の競争や種の分化に関わってきたものと考えられます。ミトコンドリアと微小管の相互作用を担う分子を探索し、種間の比較解析を行うことで、精子尾部の伸長を促した生殖競争の実像を分子レベルで解明することができると期待されます。

発表者

理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループ
グループディレクター 林 茂生(はやし しげお)

お問い合わせ先

神戸研究推進部 広報・国際化室
Tel: 078-306-3092 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.精細胞
    減数分裂を終えた後の精子に分化する途中段階の細胞。鞭毛が伸びるなど、精子特有の形に変化する時期の細胞を指す。ほかの細胞に比べて巨大なミトコンドリアを持つ。ショウジョウバエの精巣の中で、精細胞は10μmから2mmまで伸長する。精巣も同様に長く、ぐるぐる巻きになってショウジョウバエの腹に収められている。
  • 2.ライブイメージング
    生きた細胞のさまざまな活動を経時観察すること。緑色蛍光タンパク質(GFP)などのマーカーを使った顕微鏡観察が有効。
  • 3.微小管
    細胞質に存在する主要な細胞骨格の1つ。チューブリンと呼ばれるタンパク質が重合して管状構造を形成している。
  • 4.鞭毛軸糸
    旋回運動を行う精子などの運動装置。微小管で構成されるが、細胞質の微小管とは構造と働きが異なる。
伸長するショウジョウバエ精細胞の図

図1 伸長するショウジョウバエ精細胞

ショウジョウバエの精巣から取り出した精細胞は、ガラスシャーレの中で一定速度で伸長し続ける。

巨大ミトコンドリアの伸長の図

図2 巨大ミトコンドリアの伸長

生きた細胞のミトコンドリアだけを赤く染色する色素で染めた巨大ミトコンドリアの蛍光顕微鏡像。伸長する前の巨大ミトコンドリアは一番左のように球形をしているが、細胞の伸長とともに徐々に細長く引き延ばされる。

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