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2011年7月4日

独立行政法人 理化学研究所

植物ホルモン「サイトカイニン」に新たな機能を発見

―乾燥・塩ストレス応答を制御する植物ホルモンの相互メカニズムが存在―

ポイント

  • サイトカイニン(CK)はストレス応答を負に制御するネガティブレギュレーター
  • CKとアブシジン酸(ABA)の相互メカニズムがストレス応答を制御
  • 生育阻害を伴わないストレス耐性植物の開発に応用可能

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物ホルモンである「サイトカイニン(CK)※1」と「アブシジン酸(ABA)※2」の相互作用が、植物の乾燥・塩ストレス応答を制御するメカニズムを発見しました。これは理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)発現調節研究ユニットのチャン・ファン・ラムーソンユニットリーダーと西山りゑ研究員、生産機能研究グループの榊原均グループディレクター、国際農林水産業研究センターの篠崎和子グループリーダーらによる共同研究グループの成果です。

植物が乾燥や高塩濃度などの環境ストレスにさらされると、植物細胞内ではストレス応答を制御するホルモンの1つABAが合成され、気孔の閉鎖や防御物質の合成といったストレス防御反応を起こします。一方、細胞分裂の促進や老化の抑制など、植物の成長を制御するホルモンの1つCKは、ABAとは逆にストレスに応答して減少します。そのため、CKは植物の成長だけでなくストレス応答に対しても重要な役割を担っていると考えられていましたが、その機能については不明のままでした。

研究グループは、シロイヌナズナでCKの合成を阻害した低CK植物体が、乾燥と高塩濃度のストレスに強い耐性を示すことから、CKがストレス応答を負に制御するネガティブレギュレーター※3であることを見いだしました。また、通常CKはストレス応答遺伝子の発現を阻害しますが、植物がストレスを受けると細胞内でCKが減少し、ストレス応答を促進させることが分かりました。さらに、CKとABAは相互に量をコントロールするメカニズムがあり、CKとABA量のバランスがストレス応答に重要であることを発見しました。

これまでのストレス耐性植物の開発では、ABAの合成量を増加させるなどの手法が検討されてきましたが、生育の悪化や収量の減少を伴うという副作用が問題となっていました。研究グループは、ABAの合成量自体は一定に保ち、CKとABA量のバランスを変化させることで、生育阻害を伴わないストレス耐性植物を作り出すことができることを明らかにしました。今後、新たな育種方法の開発への応用が期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『The Plant Cell』オンライン版に近く掲載されます。

背景

地球温暖化に伴う干ばつや塩害により、植物が生きられる場所は年々減少しています。こうした環境変化に適応できるストレス耐性植物の開発は、食料問題や環境問題だけでなく、バイオエネルギー問題も解決することができるため、国際的に非常に注目されています。

植物ホルモンの1つであるアブシジン酸(ABA)は、乾燥や高塩濃度などのストレスに応答して植物細胞内で合成され、ストレス応答する遺伝子の発現を通じてストレス防御反応(気孔の閉鎖、防御物質の蓄積など)を起こします。そのためこれまでは、ABAの合成量やストレス応答する遺伝子の発現を高めることで、ストレス耐性植物を作り出す研究が数多くなされてきました。しかし、この擬似的なストレス状態は生育の悪化や収量の減少といった副作用を引き起こすため、実用化するにはストレス応答と植物の生育のバランスを考える必要がありました。

一方これまでの研究から、細胞分裂の促進や老化の抑制など、植物の成長を制御するホルモンの1つサイトカイニン(CK)は、ABAとは逆にストレスに応答して減少することや、CK受容体遺伝子の変異体(ahk2/3)はストレス耐性を示すことが分かっていました。しかし、ストレス応答におけるCKの機能の詳細はよく分かっていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、さまざまなタイプのCKを別々に測定できるUPLC-ESI-qMS/MSという質量分析装置を用いて、乾燥・塩ストレスにさらされたシロイヌナズナのCK量を測定しました。その結果、数あるCKのタイプの中でも、tZタイプのCKは乾燥・塩ストレスの両方で減少し、iPタイプのCKは塩ストレスのみで減少、cZタイプのCKは乾燥・塩ストレスの両方で変化しないことが分かりました(図1)

次に、tZタイプとiPタイプのCK量を、野生型植物と比較して10~70%に減少させた遺伝子変異体(低CK植物体)を用いて、乾燥ストレスと塩ストレスの耐性テストを行ったところ、低CK植物は両方に強い耐性を示すことが分かりました(図2)。つまり、CKが少ないとストレス耐性になることから、CKがストレス応答を負に制御するネガティブレギュレーターであることが分かりました。

次に、CKがネガティブレギュレーターとして働くメカニズムを解明するために、ストレス応答に関わることが知られているABAとの関連を調べました。低CK植物に過剰なABAを与えると、野生型植物に比べてより生育や発芽率が悪くなること(図3A、B)から、低CK植物はABAに対する感受性が高いことが分かりました。また、ストレスがない状態の低CK植物では、細胞内のABA濃度が野生型に比べ50%以下に減少していること(図3C)から、このときの低CK植物は、ABAによる副作用を避けるためにABA濃度を低く保っていると考えられ、実際に、ABA濃度が高くなると引き起こされる気孔の閉鎖は見られませんでした。一方、乾燥・塩ストレス状態の低CK植物は、野生型植物と同じかやや低いレベルまでABA濃度が上昇し、ストレス応答遺伝子の発現量も野生型植物より高くなっていることを見いだしました。

これらの結果をもとに、CKがストレス応答を負に制御するメカニズムをモデル図で表しました(図4)。環境ストレスがないと、CKはシグナル伝達経路を通じてストレス応答遺伝子の発現を阻害しますが、ストレスにさらされると、ABA濃度は増加しCK濃度は減少します。その結果、CKによるストレス応答遺伝子の発現阻害が軽減され(図4の逆T字点線)、ストレス応答が起こります。このように、CKとABAは相互に量をコントロールする機能があり、そのバランスがストレス応答に重要であることが分かりました。

今後の期待

今回の成果は、ABAの合成量自体は一定に保ち、CKとABA量のバランスを変化させることで、生育阻害を伴わないストレス耐性植物を作り出すという新たな育種方法の開発に応用可能です。例えば、CK分解酵素遺伝子の発現を根だけで増加させれば、根のCK量だけが減少し、そのストレス耐性が強化されます。さらに、CKは根の発達を阻害する性質もあるので、根のCK量を減らしてその発達を促進させることも期待できます。

研究グループでは、シロイヌナズナと近年全ゲノムが解明された大豆を用いて、CKとABAによるストレス応答経路の解明を目指しています。これらCKシグナル伝達経路の解明は、食糧問題、環境問題、エネルギー問題の解決へと貢献することが期待されます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 発現調節研究ユニット
ユニットリーダー Lam-Son Phan Tran(チャン・ファン・ラム-ソン)
Tel: 045-503-9593 / Fax: 045-503-9591
研究員 西山 りゑ(にしやま りえ)
Tel: 045-503-9572 / Fax: 045-503-9591

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-506-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.サイトカイニン(CK)
    植物ホルモンとは、植物体内で合成され発芽や成長などの生理過程を調節する化合物で、サイトカイニン(CK)やアブシジン酸(ABA)はそれらの一種。CKはよく似た構造を持つ複数の化合物の総称で、細胞分裂の促進や老化の抑制、側芽の成長促進などに関与している。また茎や葉の成長を促進し、根の成長を阻害する性質を利用して、植物の無菌培養の制御物質として使用されている。
  • 2.アブシジン酸(ABA)
    ABAは種子の成熟や休眠、落葉などに関与している。その他に、気孔の閉鎖を誘導し水分の蒸散を抑える、細胞の水分状態を保つ働きを持つ防御物質の蓄積を促進するなどの作用があることから、植物の乾燥耐性を向上させる働きがあると考えられている。しかし、過剰なABAは植物の生育を阻害したり、果実や種子の収量の低下を引き起こしたりする。
  • 3.ネガティブレギュレーター
    生物体内の制御システムのなかで、何らかの経路の進行を妨げる働きをする因子。
乾燥・塩ストレス処理した野生型植物のCK濃度の図

図1 乾燥・塩ストレス処理した野生型植物のCK濃度

  • tZタイプ:乾燥・塩ストレスの両方で減少。
  • iPタイプ:塩ストレスのみで減少し、乾燥では変化なし。
  • cZタイプ:乾燥・塩ストレスの両方で変化なし。
低CK植物の塩及び乾燥ストレス処理の図

図2 低CK植物の塩及び乾燥ストレス処理

  • A. 低CK植物の塩耐性テスト。塩培地(200mM NaCl)上で野生型植物は死んで白化するのに対し、低CK植物は生き延びる。
  • B. 低CK植物の乾燥耐性テスト。土壌で育った植物の水遣りを止めて乾燥させると、野生型植物のほとんどは枯死するが、低CK植物は生き延びる。
  • C. 塩・乾燥ストレス処理での生存率。野生型(10%以下)に比べ、低CK植物は高い生存率を示す。
低CK植物のABA感受性及びABA量の図

図3 低CK植物のABA感受性及びABA量

  • (A) ABAを含む培地上での生体重の変化
  • (B) ABAを含む培地上での発芽率の変化
  • (C) 野生型及び低CK植物のABA量

外部から過剰なABAを与えたとき、野生型植物に比べ低CK植物は生育や発芽率がより悪くなる。また、野生型植物に比べ低CK植物はABA濃度が低い(50%以下)ことが分かる。

CKとABAを介したストレス応答経路のモデル図の画像

図4 CKとABAを介したストレス応答経路のモデル図

ストレスがない状況では、CKはシグナル伝達経路を通じてストレス応答遺伝子の発現を阻害している。植物がストレスにさらされると、ABA濃度は増加し、逆にCK濃度は減少する。そのため、CKによるストレス応答遺伝子の発現阻害が軽減され(逆T字点線)、ストレス応答が起こる。

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