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2011年7月4日

独立行政法人 理化学研究所

C型慢性肝炎に起因する肝がん発症に深く関わる遺伝子を発見

-個人個人の肝がん発症リスクが予測可能に-

ポイント

  • 日本人のC型慢性肝炎患者3,312人を対象に解析
  • C型慢性肝炎からの肝がん発症リスクが約2倍に高まる遺伝子多型を同定
  • 肝がん発症の仕組みの解明や新たな治療法・診断法の開発につながる

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、C型慢性肝炎に起因する肝細胞がん(肝がん)の発症リスクが約2倍に達する重要な働きをする一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)※1DEPDC5遺伝子を発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)消化器疾患研究チームの茶山一彰チームリーダーと三木大樹特別研究員、広島大学病院消化器・代謝内科及び関連病院、虎の門病院肝臓内科(熊田博光分院長)、札幌厚生病院(豊田成司病院長)、東京大学医科学研究所(中村祐輔教授)、大日本住友製薬株式会社との共同研究の成果です。

肝がんは、世界的に見ても患者数、死亡者数がともに上位のがんです。日本でも年間死亡者数が3万人を超え、その約7割がC型慢性肝炎に起因しています。2011年現在、日本のC型肝炎ウイルス持続感染者数は150万人以上とも推定され、社会的にもその対策が急務となっています。しかし、これまでC型慢性肝炎から肝がん発症に至る仕組みは十分に解明されていませんでした。

研究グループは、ヒトゲノム全体に分布する約47万個のSNPを調べるゲノムワイド関連解析※2を用いて、肝がんを発症した212人と発症しなかった765人、計977人の日本人のC型慢性肝炎患者集団について調べた結果、DEPDC5遺伝子※3遺伝子多型※1が肝がんの発症と関連していることを発見しました。さらに、肝がんを発症した710人と発症しなかった1,625人、計2,335人の別の日本人のC型慢性肝炎患者集団についても同様に調べた結果、DEPDC5遺伝子多型と肝がん発症には強い関連があることが分かりました。また、肝がん発症リスクを高めるとされる男性、加齢、肝線維化※4の進展(血小板数の低下)といった要因を含めた多変量解析を行い、DEPDC5遺伝子多型を持っていることで、肝がんの発症のリスクが約2倍に高まることを、初めて明らかにしました。

今回、日本人のC型慢性肝炎に起因する肝がん発症に関与する遺伝子が同定できました。これによって、今後、肝がんの発症の仕組みの解明や、新たな治療法・診断法の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(7月3日付け:日本時間7月4日)に掲載される予定です。

背景

肝細胞がん(肝がん)は、世界全体で患者数が第7位、死亡者数が第3位と、がんの中で非常に深刻な位置を占めており、日本でも年間の死亡者数が3万人を超え(2010年厚生労働省人口動態統計)、その約7割がC型肝炎ウイルス(HCV: hepatitis C virus)の持続感染により引き起こされるC型慢性肝炎に起因しています。C型慢性肝炎に起因する肝がんの発症は50歳代以降で多く、1989年のHCV発見以来、ここ20年間はより高齢で発症が増える傾向にあります。2011年現在、日本のC型肝炎ウイルス持続感染者(HCVキャリア)数は150万人以上とも推定され(厚生労働省作成「C型肝炎について:一般的なQ&A」より)、社会的にもその対策が急務となっています。これまでC型慢性肝炎を起因とする肝がんの発症リスクは、男性、高齢者、肝線維化の進展した人で、より高くなる傾向が知られています。しかし、具体的な発症の仕組みについては十分に解明されていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、ヒトゲノム全体に分布する約47万個の一塩基多型(SNP)について、55歳以上の日本人のC型慢性肝炎患者集団977人を高速大量タイピングシステム※5により調べました。この977人のうち、肝がんを発症した212人と発症しなかった765人との間でゲノムワイド関連解析を行った結果、肝がんの発症に最も強い関連を示すSNPはDEPDC5遺伝子上に存在することを発見しました(図1)

さらに、先の集団とは別に、肝がんを発症した710人と発症しなかった1,625人、計2,335人の日本人のC型慢性肝炎患者集団についても、DEPDC5遺伝子多型と肝がんの発症との関連を調べました。その結果、この追試研究においても、両者の間に強い関連がありました。これらのことから、DEPDC5遺伝子多型がC型慢性肝炎を起因とする肝がんの発症に大きく関連していることを、世界で初めて明らかにしました。

従来の研究により、肝がん発症リスクとされている男性、加齢、肝線維化の進展(血小板数の低下)といった要因を同時に含めた多変量解析を行ったところ、今回発見したDEPDC5遺伝子多型のSNPがもたらす肝がん発症リスクはオッズ比※6が1.96(表1)でした。つまり、C型慢性肝炎患者のうち、DEPDC5遺伝子多型を持つ人は持たない人に比べて肝がんを発症する可能性が約2倍に高まることが分かりました。また、このリスクは男性、高齢者、肝線維化の進展した人でより高くなる傾向が分かりました(表1)。

DEPDC5遺伝子については詳細な機能がまだ明らかになっていませんが、今回調査した肝がんを発症したC型慢性肝炎患者43人の肝臓試料を調べた結果、DEPDC5遺伝子が、がん組織でより多く発現していることが分かりました(図2)

今後の期待

日本人のC型慢性肝炎患者ではDEPDC5遺伝子多型の個人差が、肝がんの発症しやすさに関連していることが分かり、これまで明らかになっていなかった肝がん発症の仕組みの解明に役立つことが期待されます。また、DEPDC5遺伝子多型を調べることで、個々人における肝がんの発症しやすさを予測できるようになること、さらにはDEPDC5及びその周辺の分子を標的とした新たな治療法の開発につながることが期待されます。

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 消化器疾患研究チーム
チームリーダー 茶山 一彰(ちゃやま かずあき)
Tel: 082-257-5955 / Fax: 082-257-1559

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)、遺伝子多型
    ヒトゲノムは約30億塩基対から構成されるが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがあり、集団内での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。遺伝子多型のうち、最も多いのが1つの塩基が他の塩基に変わる一塩基多型である。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、その違いにより病気のかかりやすさや医薬品への反応にも違いが生じる。
  • 2.ゲノムワイド関連解析
    一塩基(遺伝子)多型を用いて疾患の感受性遺伝子を見つける方法の1つ。ヒトゲノム全体を網羅する数十万カ所のSNPを用いて、疾患を持つ群と持たない群との間で遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に評価し、その疾患に関連する領域・遺伝子を同定する手法。
  • 3.DEPDC5遺伝子
    膀胱(ぼうこう)がんにおいて重要な役割が示されている DEPDC1遺伝子と相同性を持つファミリータンパク質をコードする遺伝子。その詳細な機能は不明である。
  • 4.肝線維化
    C型肝炎ウイルスの持続感染により引き起こされる肝臓の慢性炎症により、肝細胞の破壊と再生が繰り返されるうちに、肝臓内には線維が増加して硬くなっていき、最終的に肝硬変に至る。肝臓の線維化が進むにつれて、肝細胞がんの発症リスクが高くなっていく。また、肝線維化の進展に伴って、血液中の血小板数が減っていき、血小板10万/μl以下が肝硬変の目安となる。
  • 5.高速大量タイピングシステム
    各SNPの遺伝子型の決定を高速かつ大量に行うシステム。理研ゲノム医科学研究センターでは、イルミナ社のインフィニウム法と理研が独自に開発したマルチプレックスPCR併用のインベーダー法という2つのタイピングシステムを用いている。
  • 6.オッズ比
    リスクの大きさの指標。基準とするものに対して、発症するリスクが何倍に上がるかを表す。
C型慢性肝炎に起因する肝がんのゲノムワイド関連解析結果の図

図1 C型慢性肝炎に起因する肝がんのゲノムワイド関連解析結果

977人のC型慢性肝炎患者を対象に、肝がん発症の有無について行ったゲノムワイド関連解析の結果。横軸にヒトゲノム染色体上の位置、縦軸に各SNPのP値(偶然にもそのようなことが起こる確率)を示した。22番染色体上(DEPDC5遺伝子領域)に有意な関連(P値 < 1.07x10-7)を示すSNPを認めた。

各集団におけるDEPDC5遺伝子多型の肝がん発症リスクの表の画像

表1 各集団におけるDEPDC5遺伝子多型の肝がん発症リスク

男性、65歳以上、血小板10万/μl未満でそれぞれオッズ比が高くなっている。

肝組織中DEPDC5発現量の比較の図

図2 肝組織中DEPDC5発現量の比較

  • 左: 肝がんを発症したC型慢性肝炎患者43人の肝臓試料を調べた結果、DEPDC5遺伝子は非がん組織に比べて、がん組織でより多く発現していた。
  • 右: がん組織中のDEPDC5発現量が非がん組織に比べて5倍以上であった症例の割合は、リスク多型(TG+GG)を有する群で多かった。

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