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2011年9月12日

独立行政法人 理化学研究所

滲出(しんしゅつ)性加齢黄斑変性発症に関わる新たな遺伝子を発見

-発症リスクが約1.4倍に高まる遺伝子多型を同定-

ポイント

  • 日本人の滲出性加齢黄斑変性患者1,528人を対象に解析
  • 網膜色素上皮で多く発現するTNFRSF10A遺伝子のSNPが関与
  • 発症メカニズムの解明や、新たな診断法・治療法の開発に貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、加齢黄班変性(AMD: Age-related macular degeneration)の中でもアジア人に多くみられる滲出(しんしゅつ)性加齢黄斑変性(滲出性AMD)※1に関連する新たな遺伝子を発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)多型解析技術開発チームの久保充明チームリーダー、九州大学大学院医学研究院眼科学分野の石橋達朗教授、埼玉医科大学眼科学教室の森圭介准教授、神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学の根木昭教授、横浜市立大学附属市民総合医療センターの門之園一明教授、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの中村祐輔センター長らによる共同研究の成果です。

AMDは、欧米では失明原因の第1位であり、日本でも高齢化と生活様式の欧米化で近年著しく増加し、第4位になっています(出典:Arch Ophthalmol 2004;122:477-85. 厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班2005年度報告書)。特にアジアでは、異常な血管が侵入して網膜が障害を受ける滲出性AMDの割合が欧米に比べ高く、対策が急がれています。しかし、その発症メカニズムについては十分に解明されていません。

研究グループは、日本人の滲出性AMD患者1,528人について、ヒトゲノム全体に分布する約46万個の一塩基多型(SNP :Single Nucleotide Polymorphism)※2を対象に、ゲノムワイド関連解析※3という研究手法を用いて解析を行いました。その結果、ヒトの8番染色体短腕上に存在するTNFRSF10A遺伝子※4遺伝子多型※2が、滲出性AMDの発症と関連していることを発見しました。この多型を持っていると、滲出性AMDの発症リスクが持たない場合に比べて約1.4倍に高まることも明らかにしました。

日本人の滲出性AMD発症に関わる新たな遺伝子の同定により、今後、発症メカニズム解明や、新たな診断法、治療法の開発につながると期待されます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(9月11日付け:日本時間9月12日)に掲載されました。

背景

加齢黄斑変性(AMD: Age-related macular degeneration)は、光を感じる網膜の中心にあって、大きさが1.5mm~2mm程度の、視力に最も影響を及ぼす黄斑に異常が起こり、視力が低下する疾患です。欧米では成人の失明原因の第1位であり、日本でも第4位となっています(出典:Arch Ophthalmol 2004;122:477-85. 厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班2005年度報告書)。網膜の下には網膜色素上皮という一層の細胞が有り、その下には脈絡膜という膜が存在します。AMDには、アジア人に多い滲出(しんしゅつ)性と欧米人に多い萎縮性がありますが、滲出性AMDでは、加齢による老廃物の蓄積で、脈絡膜に発生した新生血管が、網膜色素上皮の下、または網膜と網膜色素上皮との間に侵入し、視力を著しく低下させます。過去のゲノムワイド関連解析では、欧米人の萎縮性に関連する遺伝子は報告されていますが、アジア人の滲出性での報告はありませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、高速大量タイピングシステム※5を用いて、日本人の滲出性AMD患者827人と対照者3,323人を対象に、ヒトゲノム全体に分布する約46万個のSNPについて疾患の感受性遺伝子を調べました。その結果、滲出性AMD発症に強い関連を示すSNPが、ヒトの8番染色体短腕上に存在するTNFRSF10A遺伝子上にあることを発見しました(図1)。さらに、別の滲出性AMD患者701人と対照者15,565人を用いて、このSNPと滲出性AMD発症との追試研究を実施し、両者の間に強い関連があることを確認しました(表1)。このSNPは過去の論文の発現解析により、TNFRSF10A遺伝子の転写量を調節する領域(プロモーター領域)に存在する事が確認されており、今回の詳細な解析の結果、この多型が滲出性AMDの発症に関連していることを初めて明らかにしました。今回発見したTNFRSF10A遺伝子のSNPがもたらすAMD発症リスクの大きさは、オッズ比※6で1.37、つまり、このリスクとなるSNPを持つ人は持たない人に比べて滲出性AMDを発症する可能性が約1.4倍に高まることが分かりました。

TNFRSF10A遺伝子は、TRAILレセプター1(TRAILR1)というタンパク質をコードする遺伝子です。TRAILR1は、網膜色素上皮を含む多くの組織に発現しています。このレセプターにTRAILタンパク質が結合すると、アポトーシスや炎症性サイトカインの産生を誘導すると考えられています。滲出性AMDの発症では、網膜色素上皮と脈絡膜間の炎症や、視細胞および網膜色素上皮細胞のアポトーシスが重要な役割を担っている可能性があるため、TRAILR1の発現量は、今回発見したSNPにより変化し、滲出性AMDの発症に影響を与えていると示唆されます。

今後の期待

今回、TNFRSF10A遺伝子の個人差が、日本人の滲出性AMDの発症しやすさに関連することを明らかにしました。TNFRSF10A遺伝子の同定は、発症メカニズムの解明に役立つだけでなく、この遺伝子多型を調べると、個人個人の滲出性AMD発症リスクを予測できるようになると期待できます。

原論文情報

  • Satoshi Arakawa, Atsushi Takahashi, Kyota Ashikawa, Naoya Hosono, Tomomi Aoi, Miho Yasuda, Yuji Oshima, Shigeo Yoshida, Hiroshi Enaida, Takashi Tsuchihashi, Keisuke Mori, Shigeru Honda, Akira Negi, Akira Arakawa, Kazuaki Kadonosono, Yutaka Kiyohara, Naoyuki Kamatani, Yusuke Nakamura, Tatsuro Ishibashi & Michiaki Kubo. “Genome-wide association study identifies two susceptibility loci for exudative age-related macular degeneration in the Japanese population.”Nature Genetics,2011,doi: 10.1038/ng.938

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 多型解析技術開発チーム
チームリーダー 久保 充明(くぼ みちあき)
Tel: 045-503-9607 / Fax: 045-503-9606

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.滲出(しんしゅつ)性加齢黄班変性(滲出性AMD)
    滲出性AMDは、欧米に比べアジアでの発症率が高く、異常な血管(脈絡膜新生血管)が脈絡膜から網膜色素上皮の下あるいは網膜と網膜色素上皮の間に侵入して網膜に障害が起こる病気。異常な血管は、血液の成分を漏出させたり、破れたりする。血液成分が漏出すると網膜が腫れたり(網膜浮腫)、網膜下に液体が溜まり(網膜下液)、網膜が正常に働かなくなり視力が低下する。血管が破れると出血し、網膜に障害を引き起こす。
  • 2.一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)、遺伝子多型
    ヒトゲノムは約30億の塩基対から構成されるが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがあり、集団内での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。遺伝子多型のうち、最も多いのが1つの塩基が他の塩基に変わる一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)である。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、その違いにより病気のかかりやすさや医薬品への反応にも違いが生じる。
  • 3.ゲノムワイド関連解析
    遺伝子多型を用いて疾患の感受性遺伝子を見つける方法の1つ。ヒトゲノム全体を網羅する数十万カ所のSNPを用いて、疾患を持つ群と持たない群との間で遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に評価し、その疾患に関連する領域・遺伝子を同定する手法。
  • 4.TNFRSF10A遺伝子
    TNFレセプタースーパーファミリーの1つ。リガンドであるTNFSF10A(別名DR4,TRAIL)と結合すると、カスパーゼを介したアポトーシスの誘導経路やNF- κBを介した炎症性サイトカインの産生を誘導すると報告されている。
  • 5.高速大量タイピングシステム
    各SNPの遺伝子型の決定を、高速かつ大量に行うシステム。理研ゲノム医科学研究センターでは、米国・イルミナ社のインフィニウム法と理研が独自に開発したマルチプレックスPCRを併用したインベーダー法の2つのタイピングシステムを用いている。
  • 6.オッズ比
    リスクの大きさの指標。基準とするものに対して、発症するリスクが何倍に上がるかを表す。
TNFRSF10A遺伝子周囲のSNPと滲出性AMDとの関連の図

図1 TNFRSF10A遺伝子周囲のSNPと滲出性AMDとの関連

  • (上) 日本人滲出性AMD患者827人での解析結果。縦軸の値が大きいほど、疾患との相関が有ることを示す。滲出性AMDと最も強い関連があったのはTNFRSF10A遺伝子のSNP(rs13278062)でP=2.46×10-6であった。
  • (下) SNP連鎖不平衡解析結果。SNPどうしの関連性を計算し、SNP間の関連が強いほど赤く表示される。
TNFRSF10A遺伝子のSNPと滲出性AMDとの関連の表の画像

表1 TNFRSF10A遺伝子のSNPと滲出性AMDとの関連

滲出性AMDを発症した集団は、コントロールに比べて、危険対立遺伝子頻度が高くなっていた。ゲノムワイド関連解析と追試研究を統合した結果、rs13278062のSNPを持っていると、滲出性AMDの発症リスクが持たない場合に比べて約1.4倍に高まることが分かった。

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