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2012年7月7日

独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 電気通信大学

輪郭を認識する脳の機能が成長につれどう変化するかをマウスで解明

-発達期の視覚野では経験した方位に反応するニューロンが増加-

ポイント

  • マウスの視覚機能は生後4週から7週の視覚経験でほぼ決定する
  • 学習機能のピークを過ぎたマウスにも視覚機能が発達する可能性
  • マウスに特定の方位を視覚経験させるために開発したメガネの有効性を実証

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)と電気通信大学(梶谷誠学長)は、マウス用に新たに開発した特定の方向しか見ることができないシリンダーレンズメガネ※1を用いて、形を知覚するための脳の情報抽出機能の成長変化を計測し、臨界期を明らかにしました。また、臨界期※2を過ぎた大人のマウスでも視覚機能が発達する可能性が残っていることも発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)行動遺伝学技術開発チームの吉田崇将研究員と、電気通信大学総合コミュニケーション科学推進室の田中繁特任教授(理研脳科学総合研究センター 客員研究員兼務)との共同研究の成果です。

視覚情報処理の初期段階に関わる第一次視覚野※3ニューロン※4は、視覚像の輪郭線の傾き(方位)に強く反応することが知られています。第一次視覚野にはさまざまな方位に選択的に反応するニューロンが多数存在し、どのような輪郭線も知覚できると考えられています。この視覚野のニューロンが「経験に依存してどう方位選択性を変化させるか」との問いには、これまでに、縦縞や横縞が描かれた環境でネコを育てると、経験した縞の方位に選択的に反応するニューロンが増加する、という報告がありました。しかし、その後の追試研究により再現性が乏しいことが示されました。また、ネコでは技術的な問題から、視覚野の学習機能を制御する分子メカニズムまで探究することはほぼ不可能です。

そこで研究グループは、遺伝子操作が可能なマウスに注目し、一定の方位に限定できるシリンダーレンズメガネを開発しました。これをマウスに装着し、経験に依存した方位選択性の変化を安定して計測し、臨界期を明らかにしました。また、大人のマウスでも視覚機能が発達する可能性があることが分かり、臨界期後でも視覚野の発達不全による弱視患者が視覚機能を回復する可能性を示唆しました。

今後、本研究成果をもとに視覚機能が発達する時期に発現する遺伝子を同定し、その遺伝子改変マウスを用いることで、視覚野の発達の分子メカニズムの解明が期待できます。

本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』に(7月6日付け:日本時間7月7日)掲載されます。

背景

1970年に英国のブレークモア(Blakemore)とクーパー(Cooper)は、縦縞または横縞が内壁に描かれたドラム缶の中で、幼年期のネコを1日数時間過ごさせるというトレーニングを半年間繰り返しました。その後、電気生理学的にニューロンの活動を記録したところ、経験した縞の方位を見た時、その方位に対応するニューロンが有意に活動したと報告しています。しかし、その後ストライカー(Stryker)らによる追試では、その実験結果は再現されませんでした。これは、ドラム缶の中にネコを入れても、ネコが縞模様を見るとは限らないということです。また、技術的な問題から、ネコではどのようにして視覚野が発達しているのか、その分子メカニズムの解明には至りませんでした。

そこで研究グループは、成長速度が早く遺伝子操作が可能なマウスに注目しました。これまで、マウスの環境認識は、視覚よりも嗅覚や触覚に頼ると考えられていたため、マウスでの視覚野ニューロンの方位選択性の研究はあまりされていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、マウス用のシリンダーレンズメガネを開発し(図1)、幼年期のマウス(メガネ飼育群)に装着して、車輪などの遊具があるプラスチック製の箱の中で同腹のマウスと一緒に飼育しました。1週間メガネをかけて過ごした後に、ディスプレイに表示したさまざまな方位の縞模様を、メガネ飼育群に見せました。この時に、活性化した視覚野ニューロン集団を、内因性光学計測法※5を用いて2次元的に記録しました。また、二光子励起カルシウムイメージング※6を用いて同様の実験を行い、各ニューロンから発射される蛍光強度を2次元的に記録しました。内因性光学計測法の結果から得られた各方位に対して活動するニューロン集団が占める面積比は、二光子励起カルシウムイメージングによって得られた各方位に対して活動するニューロン数の比とよく一致していました。さらに、二光子励起イメージングの結果を詳細に解析したところ、視覚刺激に反応する全ニューロン数はほとんど一定でしたが、経験した方位に反応するニューロンは、メガネ飼育群のほうが正常飼育群に比べて2倍以上に増加していることが分かりました。つまり、視覚野は経験した方位を自動的に学習し、本来経験しない方位に反応するはずのニューロンの一部が、経験した方位に反応するようになったことを示しています。これまで、経験しなかった方位に反応するはずのニューロは機能せず、経験した方位に反応するニューロンが相対的に増加するという解釈が支持されていました。しかし、本研究はその解釈では説明ができないことを示しました。

メガネ飼育マウスの刺激に対する学習の度合いである感受性(ニューロンの反応性が経験に依存して変化する度合い)を週齢別に見ると、4週齢から増加し5週齢で最大に達し、この時期に学習機能が高いことが分かりました。10週齢では正常飼育群と区別ができないレベルまで減少することが分かりました。視覚像の輪郭線を検出する視覚機能は4週齢から7週齢の間でほぼ決定し、臨界期はこの時期であることが明らかになりました。マウス視覚野の方位選択性に関する感受性が、週齢とともにどのように変化するのかを示したのは今回が初めてです。さらに、マウスでは大人とみなされる12週齢からは、再び方位選択性に関する感受性は、臨界期における最大値の30%ほどに増大することが分かりました。つまり、臨界期後の大人のマウスでも視覚機能が発達する可能性があることが分かりました(図2)

今後の期待

今回、マウスにおいて視覚機能の発達が成長に依存することが、明らかになりました。今後、視覚機能に関与する遺伝子やその結果合成されるタンパク質を同定できる可能性があります。同定した遺伝子を改変したマウスを用いると、視覚野の発達のメカニズムの解明や、弱視の治療法開発への可能性が期待できます。また、本研究は視覚だけでなく、言語などの高次認知機能の発育における経験効果の理解にもつながることが期待できます。

原論文情報

  • Yoshida, T, Ozawa, K, Tanaka S. “Sensitivity profile for orientation selectivity in the visual cortex of goggle-reared mice” PLoS ONE,2012 doi:10.1371/journal.pone.0040630

発表者

国立大学法人電気通信大学
総合コミュニケーション科学推進室
特任教授 田中 繁(たなか しげる)
(理研脳科学総合研究センター 客員研究員兼務)

お問い合わせ先

脳科学研究推進部
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715

国立大学法人電気通信大学 総務課広報担当
Tel: 042-443-5019 / Fax: 042-443-5887

補足説明

  • 1.シリンダーレンズメガネ
    アクリル製の透明な円柱を削ってかまぼこ型のレンズを作り、それを黄銅のフレームに固定させたメガネ。このメガネを通して見る風景は、シリンダーの軸に直行する方向に極端に引き伸ばされるため、縞模様としてしか見ることができない。たとえば、このレンズを通して斜め縞を見たときには、幅の広がった縦縞が見える。
  • 2.臨界期
    知覚や認知の機能を獲得する時期は、その機能に関わる脳領域の神経回路がいつ変化しやすいかによって決まる。この変わり易さは、機能に応じて特定の期間に限定されていると考えられ、その期間を臨界期という。例えば、言語の基本的な能力の獲得は、生まれてから10歳前後までといわれている。ヒトの視覚機能の臨界期は7~9歳までとされており、生後2カ月から2歳頃までの感受性が最も強い。臨界期における眼球の異常が弱視の原因となりうる。
  • 3.第一次視覚野
    大脳の後部(後頭葉)に位置し、網膜からの信号を大脳の中で初めに受け取る領野。物体像から明るさのコントラストや色のコントラストの輪郭を検出し、左右の目からの像を統合する機能を果たす。第一次視覚野の情報は、いくつかの領野を経由して大脳のより奥の領野に伝えられ、最終的には下側頭連合野で物体の認識が、頭頂連合野で物体の運動に関する認識が行われる。これらの大脳連合野からの信号が再び第一次視覚野へフィードバック信号として戻され、「図」と「地」の分離や物体面の知覚などの複雑な機能に第一次視覚野も関与するとされている。
  • 4.ニューロン
    脳細胞のうち、枝を伸ばして他の細胞とつながり、電気的な信号の授受を行なって、情報処理に関わる神経細胞のこと。
  • 5.内因性光学計測
    ニューロンが活動するときに生じる代謝活動や形態のわずかな変化に反応して、照射した光の吸収スペクトルの変化や光の散乱が起こる。このような変化は、反射光をCCDカメラで撮像するとニューロンの活動として観察できる。色素などを脳内に注入しないので、こうした脳活動を反映した信号を内因性信号という。
  • 6.二光子励起カルシウムイメージング
    細胞内カルシウム濃度に比例して蛍光を発する色素でニューロンを染色し、生きた大脳皮質第一次視覚野のニューロンの活動をイメージングする方法。さまざまな方位のストライプ模様をディスプレイ上に呈示したときに、各ニューロンから発射され刺激に連動して変化する蛍光強度を2次元的に撮像し記録する。この計測法では、脳の一部の領域しか計測できないが、個々の細胞の反応の様子を同時に数10個程度計測することを可能にする。一度に1個のニューロンの活動を記録する電気生理学的方法と、一度に広い領域の集団的活動を記録できる内因性光学計測法の中間的な記録法である。
シリンダーレンズを通して見えるストライプパターンの図

図1 シリンダーレンズを通して見えるストライプパターン

ストライプパターンの中央に置かれたシリンダーレンズによって、レンズの中心部分では縦のストライプが見えるため、マウスはどの方向を向いても縦方向に長い像を見ることになる。

感受性の週齢依存性の図

図2 感受性の週齢依存性

感受性(ニューロンの反応性が経験に依存して変化する度合い)は4週齢から増加し5週齢で最大に達し、それ以降は減少して10週齢では正常飼育群と同レベルになる。このことから、輪郭線を検出する視覚機能は4週齢から7週齢に経験に依存して変化しやすく、この時期に視覚機能はほぼ完成すると考えられる。従って、視覚機能を獲得する臨界期はこの時期であることが明らかになった。
また、12週齢からは再び感受性が増加し、臨界期後のマウスでも視覚機能が発達する可能性があることを示す。

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