ポイント
- アルツハイマー病発症時に分子シャペロン「PFD」が増加することをマウスで確認
- ヒト型PFDにより低毒性の可溶性オリゴマーが形成
- 低毒性と高毒性可溶性オリゴマーは抗体認識が異なり、表面構造の差異が毒性に重要
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、タンパク質の折り畳みを助ける分子シャペロン[1]の1つ「ヒト型プレフォルディン(PFD)[2]」が、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβ[3]の凝集を抑制し、低毒性化していることをマウスを用いた実験で発見しました。これは、理研の基幹研究所(当時)前田バイオ工学研究室のカリン ソルヤードゥ(Karin Sörgjerd)国際特別研究員(現 理研脳科学総合研究センター 神経蛋白制御研究チーム研究員)、座古保専任研究員、前田瑞夫主任研究員、理研脳科学総合研究センター疾患メカニズムコア神経蛋白制御研究チームの西道隆臣シニアチームリーダーと、カナダ・サイモンフレーザー大学のミシェル ルー(Michel Leroux)教授らの共同研究グループによる成果です。
アルツハイマー病発症の原因は、アミロイドβが脳内で凝集・蓄積することにあるとされ、アミロイドβの凝集抑制が有効な治療法になると考えられています。一方、分子シャペロンは、細胞にとって有害なタンパク質の凝集を抑制する働きがあるとされています。これまで研究グループは、分子シャペロン「PFD」の分子機構解明に取り組んできましたが、ヒト型PFDがアミロイドβ凝集に対してどのような働きをするのかは不明でした。
共同研究グループは、アルツハイマー病モデルマウス[4]を用いて、脳内でのPFDの発現を調べたところ、通常マウスより多くのPFDを発現していることを確認しました。次に、試験管内でヒト型PFDをアミロイドβと培養したところ、アミロイドβ凝集を抑制して可溶性オリゴマー[5]が形成されることを見いだしました。また、この可溶性オリゴマーの細胞に対する毒性を調べると、低毒性であることも分かりました。近年のアルツハイマー病研究では、可溶性オリゴマーの毒性が高い場合と低い場合の報告があり、この毒性が何に由来するのか不明でした。そこで、今回の低毒性の可溶性オリゴマーと、過去に報告されていた高毒性の可溶性オリゴマーを比較した結果、抗体による認識が異なることが分かりました。これは、それぞれの可溶性オリゴマーの表面構造が異なることを示し、可溶性オリゴマーの表面構造が毒性の鍵である可能性があります。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Biochemistry』に近日掲載されます。
背景
アルツハイマー病は、発症すると記憶障害や学習障害など生活に支障をきたし、重症になると寝たきりになってしまいます。発症の主な原因は、アミロイドβというタンパク質の脳内での凝集・蓄積が考えられています。従って、アミロイドβの凝集・蓄積を抑制することが、アルツハイマー病の有効な治療法になると予想されています。一方、タンパク質の構造形成に重要な役割を持つ分子シャペロンというタンパク質は、変性し構造が壊れたタンパク質の凝集を抑制する働きを持つことが知られています。
研究グループは、分子シャペロンの1種である「プレフォルディン(PFD)」が、何らかの原因で変性したタンパク質の凝集を抑制する機能が特に強いことに注目し、これまでPFDの分子機構を解析してきました。PFDはアミロイドβのような病因となる凝集性タンパク質にも作用することが予想されますが、ヒト型PFDがアミロイドβの凝集に対してどのような働きをするかについては不明のままでした。
研究手法と成果
まず共同研究グループは、アルツハイマー病とPFDの関係を調べるために、アルツハイマー病モデルマウスの脳内でのPFD発現を調べました。その結果、通常マウスより多くのPFDが発現していることを見いだしました(図1)。これは、PFDがアルツハイマー病に関係していることを示しています。
次に、PFDがアミロイドβへ及ぼす影響を調べるために、大腸菌で作製したヒト型PFDとアミロイドβを試験管内で培養しました。すると、アミロイドβの凝集は抑制され、可溶性オリゴマーが形成されることを発見しました(図2)。また、この可溶性オリゴマーの細胞に対する毒性をMTT法[6]で評価したところ、通常見られるアミロイドβ線維凝集体より毒性が低いことが分かりました(図3)。これらの結果から、PFDは、アミロイドβ凝集の抑制や毒性の低減で重要な役割を果たしていると分かりました。近年のアルツハイマー病研究では、アミロイドβが形成する可溶性オリゴマーの高い毒性が病因になるとされる一方で、毒性の低い場合も見つかっており、可溶性オリゴマーの毒性の由来は謎でした。そこで、今回見いだした毒性が低い可溶性オリゴマーと、毒性が高く分子量はほぼ同じ可溶性オリゴマーとを比較したところ、抗体による認識のされ方が異なっていました。この結果は表面構造が異なることを示唆しており、オリゴマーの表面構造が毒性の鍵である可能性が高いことも分かりました。
今後の期待
共同研究グループは、PFDがアルツハイマー病の原因とされるアミロイドβの凝集抑制や低毒化に有効に働いていることを発見しました。
今後、生体内でのPFDの働きをさらに詳しく解明できると、アルツハイマー病の新しい治療法開発が期待できます。
原論文情報
- Karin Margareta Sörgjerd, Tamotsu Zako, Masafumi Sakono, Peter C. Stirling, Michel R. Leroux, Takashi Saito, Per Nilsson, Misaki Sekimoto, Takaomi C. Saido, Mizuo Maeda. "Human prefoldin inhibits Aβ fibrillation and contributes to formation of non-toxic Aβ aggregates". Biochemsitry,2013,doi: 10.1021/bi301705c
発表者
理化学研究所
主任研究員研究室 前田バイオ工学研究室
専任研究員 座古 保(ざこ たもつ)
(元 基幹研究所 前田バイオ工学研究室)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.分子シャペロン
タンパク質が正常に働くためには正しく折り畳まれる必要がある。これを助ける一群のタンパク質を分子シャペロンと呼ぶ。タンパク質の凝集を防ぎ、活性制御にも関与する。 - 2.プレフォルディン(PFD)
クラゲのような特徴的な構造を有する分子シャペロン。古細菌や真核生物に存在し、新生タンパク質・変性タンパク質に結合して凝集を防ぐとともに、他の分子シャペロンであるシャペロニンに基質タンパク質を受け渡し、協調的にタンパク質が正しく立体構造に折り畳まれることを助ける役割を有する。ヒト型PFDは異なるアミノ酸配列を持つ6つのサブユニットから構成される。 - 3.アミロイドβ
アルツハイマー病患者に特徴的な脳内老人班の構成成分である約40残基からなるペプチド断片であり、アルツハイマー病の主要病因物質と考えられている。凝集しやすく、不溶性のアミロイド線維を形成するほか、可溶性オリゴマー(重合体)を形成する。 - 4.アルツハイマー病モデルマウス
アミロイド前駆体タンパク質(APP)遺伝子を染色体上の不特定部位に挿入し、マウス脳内でAPPを過剰に発現させることで、結果的にアミロイドβを蓄積するようになった遺伝子改変マウス。加齢とともに学習・記憶能力などの認知機能に障害を示すようになる。アルツハイマー病モデルマウスとして世界中で使用されている。 - 5.可溶性オリゴマー
超遠心により沈殿せず、電気泳動ゲル内で分析可能なサイズ(約1000kDa以下)の重合体。近年の研究から、アルツハイマー病でアミロイドβが形成する毒性の高い可溶性オリゴマーが病気の主因といわれつつある。 - 6.MTT法
3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド(MTT)を用いた細胞の生死判定法。MTTは黄色であるが、細胞が生きていればミトコンドリアでの還元反応によりMTTは還元され、紫色の色素に変わる。生じた色素量を550nmの吸光度により定量し、細胞の生存率を決定する。細胞毒性の評価によく用いられる。
図1 アルツハイマー病モデルマウスと通常マウスにおけるPFD発現量の比較
- 左: マウス脳切片(大脳皮質と海馬)の抗体染色像。緑はPFD、青は細胞核を示す。アルツハイマー病モデルマウス(左)、通常マウス(右)共にPFDを確認した。
- 右: ウェスタンブロッティング法で、脳抽出物のPFD発現量を比較した。通常マウスを100%とした相対量を示す。
図2 ヒト型PFDにより形成したアミロイドβの可溶性オリゴマーの分子量評価
さまざまな濃度のヒト型PFDとアミロイドβを培養したサンプルから、電気泳動で可溶性オリゴマーを大きさ別に分離した。その後、ウェスタンブロット法でアミロイドβを染色して分子量を調べた結果、高分子量(300~700kDa)の可溶性オリゴマーを検出した。
図3 ヒト型PFDにより形成された可溶性オリゴマーの細胞毒性の評価
さまざまな濃度のヒト型PFDとアミロイドβを培養したサンプルから形成された可溶性オリゴマーの細胞毒性をMTT法で評価した。その結果、ヒト型PFD量が多いほど細胞生存率が高くなった。つまり、ヒト型PFDによりアミロイドβから毒性が低い可溶性オリゴマーが形成されることが分かった。