2013年4月29日
理化学研究所
ゲノム解読から明らかになったカメの進化
-カメはトカゲに近い動物ではなく、ワニ・トリ・恐竜の親戚だった-
ポイント
- カメの祖先はワニ・トリ・恐竜のグループと約2億5千万年前に分かれ進化
- 特異な形態を持つカメも脊椎動物の「基本設計」を守りながら進化
- 爬虫類で初めて哺乳類に匹敵する数の匂い受容体を発見、陸上動物最多クラス
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、カメ類2種(スッポンとアオウミガメ)のゲノム解読を行った結果、カメの進化の起源と甲羅の進化に関して遺伝子レベルの知見を得ることに成功しました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態進化研究グループの倉谷滋グループディレクターと入江直樹研究員、中国ゲノム研究機関BGI、英国ウェルカムトラストサンガー研究所、欧州バイオインフォマティクス研究所らをはじめとする国際共同研究グループによる成果です。
爬虫(はちゅう)類であるカメは、甲羅をはじめ肩甲骨の位置や頭部骨格などにユニークな特徴を持つため、その進化の起源や甲羅の進化については諸説あり、謎が多い動物です。共同研究グループは、これらの謎の解明を目指して2011年に国際カメゲノムコンソーシアム[1]を設立、超並列シーケンサー[2]や大型計算機といった先端機器を駆使してゲノム解読を進めました。カメ類に属するスッポンとアオウミガメのゲノムを解読した結果、カメがワニ・トリ・恐竜に近い進化的起源を持ち、約2億5000万年前の生物大量絶滅期(P-T境界[3])前後に独自の進化の道を歩み始めたことを突き止めました。これは、カメがトカゲやヘビに近いなどの諸説を覆し、長年の論争に決着をつけるものです。これまで、爬虫類のゲノム解読はトカゲとワニに限られており、今回の成果は恐竜を含めた陸上脊椎動物の進化を理解する上で基礎的な知見となります。
さらに、カメのように特異な形態を獲得した動物でも、脊椎動物に共通な構造を形作る基本設計(ファイロタイプ[4])は発生過程において極めてよく保存されており、ファイロタイプを作りあげた後に、甲羅などの特殊な構造を作り出している様子が明らかになりました。これは、脊椎動物の進化がこの保守的な発生段階によって制限されているという可能性を示すもので、動物がどんな進化をする可能性を持っているのかを理解する上で極めて重要です。また、1,000個以上の嗅覚受容体[5]をコードする遺伝子をゲノム内に発見し、爬虫類の仲間にも哺乳類に匹敵するほどの嗅覚能力を持つ動物が存在しうることが初めて明らかになりました。
本研究は、科学研究費補助金新学術研究領域「複合適応形質進化の遺伝子基盤解明(領域代表者:長谷部 光泰)」の一部助成によって得られたもので、科学雑誌『Nature Genetics』オンライン版(4月28日付け:日本時間4月29日)に掲載されます。
背景
アルマジロ、ワニ、カメはどれも鎧(よろい)をまとった陸上脊椎動物ですが、カメの甲羅は肋骨や背骨を癒合させて作りあげた特別なものです(図1)。しかも、カメの肩甲骨はヒトと違って甲羅(すなわち肋骨)の内側にあったり、爬虫類に共通してみられる頭蓋骨の孔(側頭窓)が存在しなかったりと、脊椎動物の中でも特異な形態を持っています。
こうした形態的特徴のため、カメがどういう進化的な起源を持つのか、その形態的特徴をどう進化させてきたのか、に関する論争は長年続いてきました。理研の研究グループは、動物の進化を分子レベルで理解するため、マウスやカエル、サメ、ヌタウナギなど多様な動物を対象に研究を行ってきました。中でも、特別な進化を遂げたことがうかがえるカメのゲノム(全遺伝情報)を世界に先駆けて解読することで、カメの進化の謎を解明しようと取り組みました。
研究手法と成果
(1)カメのゲノム解読とその進化的起源
カメの起源に関してはこれまで3つの説がありました(図2)。共同研究グループはこの論争に決着をつけるため、2011年に理研が主導して設立した国際カメゲノムコンソーシアムを中心にカメ類のゲノム解読を進めました。カメと他の動物のゲノムを比較することで、各動物が進化的にどのような位置づけにあるかが分かります。共同研究グループは、超並列シーケンサーと呼ばれる塩基配列解読装置や大型計算機などの先端技術を駆使したショットガンシーケンス法[6]を用いて、アオウミガメとスッポン(図3)のゲノム解読に成功しました。ゲノムサイズはいずれも約22億塩基対でヒトゲノムの3分の2の大きさ、遺伝子の数はいずれも約1万9000個でヒトとほぼ同等な数でした。さらに、ヒト、ニワトリ、メダカ、ワニなど他の脊椎動物10種とカメを1,113遺伝子について比較・解析したところ、カメが主竜類といわれるワニ・トリ・恐竜に近い起源を持つことを突き止めました(図4)。興味深いのは、カメが約2億5,000万年前に主竜類から分岐したという解析結果で、これはカメの祖先が生物大量絶滅期(P-T境界)前後に出現したことを示しています。さらに、ゲノムの中にアオウミガメで254個、スッポンで1,137個の嗅覚受容体をコードする遺伝子を発見しました。これほどの数の嗅覚受容体が哺乳類以外の脊椎動物で発見されるのは初めてです。これはカメ、特にスッポンはイヌ(811個の嗅覚受容体)より潜在的に高い嗅ぎ分け能力を持つ可能性を示しています(図5)。
(2)カメも守っていた脊椎動物の基本設計と、その後の特殊化
カメの祖先がワニ・トリ・恐竜などの主竜類系統と分かれた後の進化過程の概要を理解するため、カメとニワトリ(鳥類)の胚発生過程における遺伝子発現を網羅的に比較解析しました。その結果、発生の初期では両者で多少異なるものの、遺伝子発現レベルで最も似通った時期が発生の中頃、特に咽頭胚期[7]に現れ、その後、両者は独自の発生過程を経るということが分かりました(図6)。これは、脊椎動物が脊椎動物の基本設計(ファイロタイプ)をなるべく変化させずに進化してきた、とする進化の「発生砂時計モデル[8]」を支持する結果です。つまり、形態学的には極めて特殊化したカメも、ファイロタイプを示す時期にいったん脊椎動物の基本的な解剖学的特徴を成立させ、そのあとで特殊化する様子が明らかになりました。さらに、カメ独自の発生過程の中で、甲羅の縁となる構造(甲陵)を形成するときには、他の陸上脊椎動物の四肢(手と足)の形成に関わる遺伝子群の一部を使い回していることも突き止めました(図7)。つまり、甲羅は手足形成に関わる遺伝子を利用して進化してきた可能性が高いことを示します。
今後の期待
これまでワニとトカゲに限られていた爬虫類のゲノム情報に、新たにカメが追加されたことで、爬虫類の進化の理解が深まると考えられます。一方で、太古の地球に起きた大量絶滅期とカメの祖先出現にどのような関係があるのか?手足を作る分子メカニズムをどのように使い回し、カメは甲羅を進化させてきたのか?といった新たな謎も生まれました。
また、今回の成果は、カメの進化を理解する以外にも意義があります。カメほど特殊化した動物でも、発生過程で現れる脊椎動物のファイロタイプは非常に保守的にしか進化させてこなかったことも明らかにしました。これは、ファイロタイプが脊椎動物の進化に制約を課している可能性も考えられます。私達の遠い祖先や親戚が、共通の発生プログラムを踏襲しつつも、その一部を改変あるいは再利用することで進化的に大きな形態変化を生み出してきた仕組みに注目が集まります。
原論文情報
- Zhuo et al. "The draft genomes of soft-shell turtle and green sea turtle yield insights into the development and evolution of the turtle-specific body plan". Nature Genetics, 2013, doi:10.1038/ng.2615
発表者
理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター 形態進化研究グループ
グループディレクター 倉谷 滋 (くらたに しげる)
研究員 入江 直樹 (いりえ なおき)
お問い合わせ先
発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室
泉 奈都子(いずみ なつこ)
Tel: 078-306-3310 / Fax: 078-306-3090
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.国際カメゲノムコンソーシアム
理研発生・再生科学総合研究センターの入江直樹研究員がリーダーとして主導し設立した国際コンソーシアム。世界4カ国、11の研究機関から34名の研究者が参加。中国 BGIと基礎生物学研究所と理研がゲノムとmRNAの配列決定・アセンブルを行い、英国ウェルカムトラストサンガー研究所と欧州バイオインフォマティクス研究所が得られた塩基配列情報に基づいて遺伝子配列の同定を主導した。詳細な解析にあたっては、理研主導のもと、これら研究機関に加えてデンマークのコペンハーゲン大学や東京医科歯科大学などの複数機関が取り組んだ。 - 2.超並列シーケンサー
数億分子という非常に多数のDNAを同時並列で読める塩基配列解読装置で、ヒトゲノム30億塩基対の数百倍のDNAを一度に読むことができる。近年急速に発展を遂げており、基礎生物学のみならず医療や農業分野でも幅広く使われ始めている。 - 3.P-T境界
約2億5000万年前の古生代最後のペルム紀と中生代最初の三畳紀の境目の時期。生物の大量絶滅が起こった時期で、脊椎動物では80%以上の科が絶滅するほどだったと考えられている。 - 4.ファイロタイプ
脊椎動物の発生途中(咽頭胚期)に共通して現れる、脊椎動物の基本設計の源となる胚の形態。このファイロタイプが現れる時期をファイロティピック段階と呼ぶ。 - 5.嗅覚受容体
匂い分子と結合する受容体。匂い分子が結合すると、その情報が神経を介して脳に伝えられ、匂いを感じることができる。多くの種類の嗅覚受容体を持つほど、さまざまな匂い分子を嗅ぎ分けることができる。 - 6.ショットガンシーケンス法
ゲノムなど非常に長いDNAの配列を決定する方法。ショットガンシーケンス法では、長いDNA配列を多数の断片にして配列を決定し、それらのデータを計算機上でつなぎ合わせることで、もとの配列を決定する方法。 - 7.咽頭胚期
中期胚の咽頭弓という構造が見られる胚発生期のこと。 - 8.発生砂時計モデル
脊椎動物の発生がどのように進化するのかについて、その一般的傾向を説明した理論。発生の初期段階と後期の段階は、違った動物種間において形態が多様化しているが、発生の途中段階(咽頭胚期)の基本設計(ファイロタイプ)はおおよそ共通しており、脊椎動物に共通した解剖学的特徴をもたらす原因になっていると考えられている。
図1 特異な進化を遂げてきたカメ類(スッポン)の骨格
カメ類の背側の甲羅(青色)は背骨や肋骨が癒合してできたもので、脱ぐことはできない。また、カメ類は甲羅の中に腕を隠すが、それはちょうど肋骨の内側、いわばヒトの体の中に相当する場所に肩甲骨(赤色)と腕を隠しているような位置になる。
図2 カメの起源に関する3つの仮説
- (1)
原始的爬虫類説
カメは爬虫類進化の初期に分岐したグループで、原始的な爬虫類であるとする説 - (2)
トカゲ近縁説
カメはトカゲやヘビなどの鱗竜類に近いグループであるとする説 - (3)
ワニ・トリ近縁説
カメはワニ・トリ・恐竜(3つをまとめて主竜類と呼ぶ)に近縁であるとする説。
今回の研究で(3)の説が正しいことが明らかとなった。
図3 ゲノム解読の対象となった2種のカメ
図4 推定されたカメの出現時期
脊椎動物12種(ニワトリ、キンカチョウ、ワニ2種、アオウミガメ、スッポン、アノールトカゲ、イヌ、ヒト、カモノハシ、ニシツメガエル、メダカのゲノム比較)が持つ1,113遺伝子の配列情報と化石情報をもとに予測したカメの祖先の分岐年代。楕円は誤差範囲(95%信頼区間)を示し、カメ類(赤)は2億6800万年前から2億4800万年前と推測できた。恐竜は今回の解析データには含まれていないが、トリと近い関係にあることが分かっている。
図5 哺乳類に匹敵する嗅覚受容体を持っていたカメ
ゲノムから予測した嗅覚受容体をコードする遺伝子の数。哺乳類に匹敵する数の嗅覚受容体が爬虫類で見つかったのは初めてで、水に溶けやすい匂い物質を検出するとされるαタイプ(青色)の嗅覚受容体が特に多く(532個)、脊椎動物の中で最多クラスの遺伝子数だった。数が多いほどさまざまな物質を嗅ぎ分けることができると考えられる。機能がよくわかって分かっていないβタイプ(赤色)や、水に溶けにくい物質を検出するとされるγタイプ(緑色)の嗅覚受容体を足し合わせると、スッポンはイヌよりもさまざまな物質の嗅ぎ分け能力を秘めていることになる。
図6 特異な進化を遂げたカメも従う「発生砂時計モデル」
発生と進化の関係性を定式化した「発生砂時計モデル」と呼ばれる理論(右)。動物は適応放散しながら進化するうちにその発生過程も多様化するが、発生の中頃(咽頭胚期)は多様化があまり進まず、そこがボトルネックになっているとする考え。カメもこの理論に従うことが今回分かり、一度脊椎動物の基本設計(ファイロタイプ)を成立させてからカメ独自の特殊な構造を作り出していく様子が明らかになった。
図7 遺伝子情報解析から浮かび上がった極めて保守的な発生段階
ニワトリの胚発生(左)とカメ類(スッポン)の胚発生(右)。カメとトリは2億5000万年もの進化的な隔たりがあるにもかかわらず、遺伝子発現でも形態的にも非常に似通った咽頭胚期があり、極めて保守的に進化した基本設計(ファイロタイプ)に相当することが判明した。これは、カメも脊椎動物の基本設計を構築してから、甲羅の形成などの特殊な構造を作っていくことを意味している。また、甲羅の縁になる構造に、四肢の形成に関わる遺伝子プログラムを使い回していることも明らかになった。