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2013年5月13日

独立行政法人理化学研究所
慶應義塾大学医学部

思春期特発性側彎症(AIS)発症に関連する遺伝子「GPR126」を発見

-AISの発症機構の解明、新たな治療法の開発への突破口に-

ポイント

  • 複数の人種でAIS発症に関連する遺伝子「GPR126」を初めて同定
  • ゼブラフィッシュでGPR126の機能を阻害すると、骨化が遅延する
  • AISの遺伝子診断、予測法の開発に着手、発症や進行のリスク把握につながる

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と慶應義塾大学医学部整形外科脊椎外科研究グループ(松本守雄准教授ら)は、思春期特発性側彎症(AIS:Adolescent Idiopathic Scoliosis)の発症に関連する新たな遺伝子「GPR126」を発見しました。これは、理研 統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム 池川志郎チームリーダー、稲葉(黄)郁代研究員と、側彎症臨床学術研究グループ[1](松本守雄准教授ほか)、京都大学再生医科学研究所 生体分子設計学分野(開祐司教授、宿南知佐准教授)他との共同研究グループによる成果です。

側彎症(そくわんしょう)は背骨が横に曲がる疾患です。神経や筋肉の病気、脊椎の奇形などの既知の原因で起きるものもありますが、多くは原因が特定できない特発性側彎症というタイプです。特発性側彎症の中で最も発症の頻度が高いのが、思春期に起きるAISで、日本人の約2%にみられます。AISの発症には遺伝的要因が関与すると考えられ、世界中で原因遺伝子の探索が行われてきました。理研 骨関節疾患研究チームと慶應義塾大学医学部整形外科脊椎外科研究グループは、ゲノムワイド相関解析[2]を行い、AISの発症し易さ(疾患感受性)を決定する遺伝子「LBX1」を2011年に世界に先駆けて発見しました。今回、共同研究グループは患者数を増やして段階的な相関解析を行ない、新たなAIS感受性遺伝子GPR126の同定に成功しました。

稲葉研究員らは、まず日本人のAIS患者と対照者、約2,500人の集団について、ヒトのゲノム全体をカバーする55万個の一塩基多型(SNP)[3]を調べました。その結果、AISと強い相関を示したいくつかのSNPに対して、別の約25,000人の日本人集団を用いて相関解析を行いました。これらの結果、AISの発症と非常に強い相関を示すSNPが6番染色体上に見つかりました。このSNPとAISの相関は、中国人と欧米人の集団を用いた同様な相関解析でも確認できました。さらに、このSNPは、軟骨に強く発現するGPR126(G protein-coupled receptor 126)という遺伝子の領域内に存在し、この遺伝子の機能を阻害すると骨化が遅延することを発見しました。

本研究では、世界で初めて、複数の人種でAISに関連する遺伝子を発見しました。共同研究グループでは現在、AISのオーダーメイド医療に向けてゲノム情報を基にしたAISの診断、予測モデルの作成に着手しています。また、GPR126の機能とAIS発症の経路をさらに詳しく調べることで、分子レベルでAISの病態の理解が進み、新しいタイプの治療薬の開発が期待できます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(米国時間5月12日付:日本時間5月13日)に掲載されます。

背景

側彎(そくわん)とは、背骨が横に曲がった状態をいいます(図1)。ヒトの背骨は完全に真っ直ぐではありませんが、曲がりの角度が10度以上になると病的(側彎症)と考えられています。曲がりの角度が20度を超えると、装具の着用など何らかの治療をする必要が生じ、40度を超えると、多くの場合手術治療が必要となります。さらに重度になった場合は、肺機能が低下し、腰痛や背部痛の発症が増加するとされています。進行すると治療が困難になるので、早期発見が大切です。

側彎症を引き起こす原因はさまざまで、神経麻痺や筋ジストロフィーなど明らかな疾患に続いて起こることもありますが、多くは原因が特定できない特発性側彎症です。特発性側彎症は、発症時期などによりいくつかのタイプに分けられます。そのうち、最も発症頻度が高いのが、10歳以降に発症・進行する思春期特発性側彎症(Adolescent Idiopathic Scoliosis : AIS)で、全世界で人口の約2%にみられる発症頻度の非常に高い疾患です。日本では学校保健法により側彎の学校検診が義務付けられているほど、社会的に医療上重大な問題となっています。

過去の疫学研究などから、AISは遺伝的因子と環境的因子の相互作用により発症する多因子遺伝病であることが明らかになっています。これまで世界中の研究グループが連鎖解析や候補遺伝子アプローチによる相関解析など、さまざまな手法を用いてAISの原因遺伝子の探索を行ってきました。理研 統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム(池川志郎チームリーダー)と慶應義塾大学医学部整形外科脊椎外科研究グループは、2011年に世界に先駆けAIS発症に関連する遺伝子(疾患感受性遺伝子)LBX1を同定しました(2011年10月24日プレスリリース)。しかし、多因子遺伝病であるAISの原因や病態を解明するためには、さらなる遺伝子の同定が必要です。そこで、同研究チームは、慶應義塾大学医学部 整形外科の松本守雄准教授を中心とする側彎症の専門医集団で構成された臨床学術研究グループ(側彎症臨床学術研究グループ)から新たな患者サンプルとその臨床情報の提供を受け、LBX1に続く新たなAISの疾患感受性遺伝子の同定に挑みました。

研究手法と成果

理研 骨関節疾患研究チームは、側彎症臨床学術研究グループによる厳格な診断基準のもとに詳細な臨床情報とともに収集された日本人女性のAIS患者1,033人と対照者1,473人のDNAサンプルを用いて、ゲノムワイド相関解析(GWAS: Genome-Wide Association Study)を行いました。ヒトのゲノム全体をカバーする約55万個の一塩基多型(SNP)を調べたところ、AISと非常に強い相関を示すSNPを発見しました。すでに2011年に報告した10番染色体上の3つのSNP以外にも、6番染色体、4番染色体、X染色体の3カ所に高い相関を示すSNPが存在していました。

これらのSNPを、別のAIS患者786人と対照者24,466人からなる日本人集団について調べたところ、6番染色体上の1つのSNPでその相関が再現されました。2つの集団の結果を統合すると、最も強い相関を示すSNP(rs6570507)のP値[2](偶然にそのようなことが起こる確率)は2.25×10−10にもなり、日本人ではこのSNPを持つと発症のリスクが1.28倍高まることが分かりました(表1)。

さらにAIS患者743人と対照1,209人からなる中国人集団、およびAIS患者447人と対照737人からなる欧米人集団について調べたところ、どちらの集団でもこのSNPの相関が再現されました。したがって、このSNPが複数の人種においてAIS発症に関与することが分かりました。

ゲノム上のrs6570507の位置を調べてみると、GPR126という遺伝子のイントロン内に存在していました。さらに、GPR126遺伝子領域内を網羅的に解析したところ、rs6570507とほぼ完全連鎖[4]するSNPが18個存在し、rs6570507と同程度の強い相関を示すことが分かりました。つまり、rs6570507を含む19個のSNPがAISと関連している可能性が高いといえます。

さらに、同研究チームがAISの病変部であるヒトの軟骨や骨、椎間板でのGPR126の発現パターンを調べたところ、軟骨組織で高く発現していることが分かりました。GPR126はヒトの身長や体幹の長さにも関与する遺伝子として知られており、GPR126の機能を欠失させたマウスでは成長障害がみられることが報告されています。さらに、京都大学再生医学研究所 生体分子設計学分野(郭龍研究生、滝本晶研究員、宿南知佐準教授ほか)との共同研究により、GPR126はマウスの脊椎の成長軟骨板の増殖軟骨細胞層に発現すること、GPR126の発現を抑制させたゼブラフィッシュでは、椎骨の骨化が遅延し、体長が小さくなることが明らかになりました(図2)。よってGPR126の異常は、軟骨の形成の障害を通じてAIS発症に関与すると考えられます。

今後の期待

本研究は、世界で初めて、複数の人種でAISに関連する遺伝子を発見しました。今回の発見により、AISの原因や病態の解明、オーダーメイド医療に向けての新たな展開が急速に進展すると期待できます。稲葉研究員らは、前回報告したLBX1とともに相関解析によるゲノム情報と臨床情報を統合したAISの診断・予測モデルの作成に着手しています。これにより、AISの発症・進行のリスクが、より簡便、正確、かつ確実に予測できるようになります。

今回の結果は、GPR126の異常が軟骨の形成障害を引き起こし、それによってAISが発症することを示唆します。一方、GPR126は神経細胞の軸索を覆う髄鞘(ずいしょう)の形成にも重要であることが知られており、神経系がAIS発症に関連する可能性もあります。今後、GPR126の機能解析やAIS発症に関わる新たな経路をさらに詳しく調べることで、分子レベルにおいてAISの病態の理解が進み、新しいタイプのAIS治療薬の開発が可能になることが期待できます。

原論文情報

  • Ikuyo Kou, Yohei Takahashi, Todd A Johnson, Atsushi Takahashi, Long Guo, Jin Dai, Xusheng Qiu, Swarkar Sharma, Aki Takimoto, Yoji Ogura, Hua Jiang, Huang Yan, Katsuki Kono, Noriaki Kawakami, Koki Uno, Manabu Ito, Shohei Minami, Haruhisa Yanagida, Hiroshi Taneichi, Naoya Hosono, Taichi Tsuji, Teppei Suzuki, Hideki Sudo, Toshiaki Kotani, Ikuho Yonezawa, Douglas Londono, Derek Gordon, John A. Herring, Kota Watanabe, Kazuhiro Chiba, Naoyuki Kamatani, Qing Jiang, Yuji Hiraki, Michiaki Kubo, Yoshiaki Toyama, Tatsuhiko Tsunoda, Carol A. Wise, Yong Qiu, Chisa Shukunami, Morio Matsumoto, and Shiro Ikegawa.
    "Genetic variants in GPR126 are associated with adolescent idiopathic scoliosis"
    Nature Genetics (2013)

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム
チームリーダー 池川 志郎 (いけがわ しろう)

慶應義塾大学医学部 整形外科学教室 准教授
松本 守雄(まつもと もりお)

お問い合わせ先

統合生命医科学研究推進室 後藤 浩予(ごとう ひろよ)
Tel: 045-503-9121 / Fax: 045-503-9113

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課 冨田
Tel: 03-5363-3611 / Fax: 03-5363-3612

補足説明

  • 1.側彎症臨床学術研究グループ
    慶應義塾大学医学部整形外科学教室松本守雄准教授を中心とする側彎症の専門医集団で構成された臨床学術研究グループ。日本整形外科学会の後援を受けている。主なメンバーは以下の通り。
    慶應義塾大学病院(松本守雄准教授、高橋洋平助教、小倉洋二助教、渡邉航太特任講師)、北里研究所病院(千葉一裕 教授)、北海道大学病院(伊東学特任教授、須藤英毅特任講師)、獨協医科大学病院(種市洋准教授)、東京都済生会中央病院(河野克己医師)、聖隷佐倉市民病院(南昌平医師、小谷俊明医師)、名城病院(川上紀明医師、辻太一医師)、神戸医療センター(宇野耕吉医師、鈴木哲平医師)、福岡市立こども病院(柳田晴久医師)、順天堂大学医学部附属順天堂医院(米澤郁穂准教授)。
  • 2.ゲノムワイド相関解析/P値
    疾患の感受性遺伝子を見つける方法の1つ。ヒトのゲノム全体をカバーする遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に比較する解析方法。思春期特発性側彎症検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。
  • 3.一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)
    ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるとされているが、個々人を比較するとそのうちの0.1%の塩基配列の違いがあると見られており、これを遺伝子多型という。遺伝子多型のうち1つの塩基が、他の塩基に変わるものを一塩基多型(SNP)と称する。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、その多くはSNPである。そのタイプにより遺伝子をもとに体内で作られる酵素などのタンパク質の働きが微妙に変化し、病気のかかりやすさや医薬品への反応に変化が生じる。
  • 4.完全連鎖
    2つのSNPがゲノム上で極度に近接していると、その間での組換え確率は低くなり、見かけ上2つのSNPが常に一組となって遺伝する状態。
側彎症の図

図1 側彎症

左:側彎症患者の外観。右:脊椎X線画像(背面図)。背骨が大きく弯曲している。

思春期特発性側彎症の段階的相関解析で発見された6番染色体上のSNP(rs6570507)の相関表の画像

表1 思春期特発性側彎症の段階的相関解析で発見された6番染色体上のSNP(rs6570507)の相関

  • P値:相関の強さの指標。Cochran-Armitage trend testによる。P値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。
  • オッズ比:相関の大きさ、リスク多型の影響力の指標。リスク多型を1つ持つごとにAIS発症リスクが1.27倍に高まる。
  • 統合:GWASと再現解析の結果をMantel-Haenzel 法によるメタ解析で統合したもの。
GPR126の発現を抑制させた(ノックダウン)ゼブラフィッシュの骨化の遅延と成長障害の図

図2 GPR126の発現を抑制させた(ノックダウン)ゼブラフィッシュの骨化の遅延と成長障害

  • 左:アリザリンレッド染色による石灰化(赤色)の評価。石灰化とは、カルシウムが沈着して正常な骨ができていることを示す。コントロール(正常)に比べてGPR126の発現を抑制させたゼブラフィッシュでは、石灰化が非常に少ない。
  • 右上:石灰化した椎骨の数。
  • 右下:平均体長。GPR126の発現を抑制させたゼブラフィッシュでは明らかな椎骨の骨化の遅延(染色性の低下)と成長障害がみられる。

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